たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

中2病だったあの頃、覚えてますか。「少年少女漂流記」

●ああ、封印しかけの中2病●

クラスに好きな女の子・男の子がいたとします。
その子と今日、目が合いました。
「ひょっとして、こっちのこと見てた!?意識されてる?!だって目すぐそらしたし、もしかしてチラチラ見てて照れた?!」
その子から印刷された年賀状がきました。
「この一言コメント…これって気があるよね!?ほら、この文字の書き方とか。筆跡鑑定のテレビ見た時のと似てるよね。」
 
エターナルフォースブリザード発動!そのあと死ぬ。
 
伊集院光が広めた「中ニ病」という言葉、余りにも完成度が高すぎて、いつ聞いても面白いですね。ほとんどの人は何らかの「中二病」を経験済みだとは思います(もちろん経験してない人もいるけど)。
ただ、それってなかなか「マンガ」という媒体でやるとコメディタッチな面白い人になるか、痛い電波っぽい人になるかのどちらかになりますよね。たとえば「N・H・Kにようこそ!」なんかだとコメディ+痛い感じ、「ヨイコノミライ」だと電波気味、「ラブやん」「ドスペラード」だとコメディ、でしょうか。
ただ、中2病の「イメージの中身」まではなかなか描けません。マンガでそれ描いちゃうとそっちに全部もってかれちゃってテーマ見えなくなりやすいですしね。
 

●中2病真っ只中の、少年少女の見る景色●

乙一古屋兎丸の「少年少女漂流記」は、その中2病を、外から内から、ぎっちりを描きこんだ高濃度のマンガです。
一見するとサブカル臭ぷんぷんのマンガなので避けがちかもしれませんネ。ただこの組み合わせが実現しただけでもすごいことです。
この作品はオムニバス形式です。それぞれの章で中2病で見る、いわゆる邪気眼的な様々なものを、決して指差して笑うことをせず、ストレートにカタチにして盛り込んでいます。そのカタチは時には、物体として描かれます。
ただ、「本人の内面」の幻想そのものを描きむだけではなく、外側の冷静な評価もきちんと把握して描かれているんですよネ。
そんな、真正面に中2病の悩み悲しみから眼をそむけないこのマンガから、中2病真っ只中の少年少女の心と、向かう先を考えて見ます。
 

●暴走と、逃避。世界の苦しみはこうだから仕方ないんだ。●


オムニバスの一編、「アリのせかい」より。
暴走列車型中ニ病です。この子は自分に気があるんじゃないか、と思い込んで、自分の趣味の蟻のウンチクを語る少年。クラスの凍りついた雰囲気と、本人の止まらなくなってしまった思いのギャップが、流れるように対比されています。この場に居合わせるのがつらくて仕方ない!エターナルフォースブリザードエターナルフォースブリザード!(気を紛らわせている
しかし、そこで「こいつ痛いネ」という大人の叩きつけるような視線で締めくくるような、冷淡な仕打ちをこのマンガはしません。

中2病時代には、中2病時代なりの苦しみがあります。そのとめどない妄想のループでみんな苦しんでいるのです。最初は暴走列車型だった彼の妄想も、厳しい現実からの逃避型へと姿を変えていきます。自分が大好きだった、蟻が実は世界を作っているんだ、だからつらい事があっても、相手も蟻だから仕方ないんだよ、所詮みんな蟻なんだよ。
古屋兎丸先生節炸裂、といったところですが、その彼の逃避へと至る心理が蟻の動きで表現されている手法は見事。
苦しみからの逃避のために、何らかの別世界の設定をするのは若い頃にはよくあること。いや、大人になってもありますね。そのテーマは他の短編でも描かれています。
 

●だから仕方ないんです。●



オムニバス「魔女っ子サキちゃん」より。
普通なら「ねーよ!」で笑い飛ばすコマですが、このマンガは決して彼らを笑い飛ばしません。どんなにクラスが冷たい視線を向け、画面の空気が凍てつこうとも、決して彼らを見捨てない。
いわゆる邪気眼(自分には未知の力があると信じている)。世の中に何かがあるのは、自分に特殊な力があるから。自分は人とは違う。だから何かつらい事があっても、仕方ないんだ。
はたから見ていると面白さん不思議さんなんですが、そうなるにはやはり何らかの理由があるんですよね。そんな本人から見える世界と、客観的に彼女を見る世界。
邪気眼系は本当に「描きずらい」と思います。鼻につくやら電波にしか見えないやら。しかしこの子は、「電波」じゃないんですよ。マンガであるがゆえに「幼少の頃のリアル」と「今の現実のリアル」がうまく交錯しています。
実際、邪気眼状態の妄想をする子って、その視線から見えるものは電波ではなくて「リアル」だったりする場合もあるんですよね。リアルから離れすぎないファンタジーなリアル。そのさじ加減が、親友がいることでうまく調節されています。
実際、邪気眼状態の頃のことってほとんど思い出せないこと多いですが、その頃はそう見えていたんですよね。その何かが。
 

●中2病だったあの頃を少しだけ離れて見られたときに●

重苦しい鬱気味な中2病の話も多いですが、ポジティブな中2病のマンガもしっかり盛り込まれています。

モンスターエンジン」より。
これは小2病、と言ったほうが正しいでしょうか。カッコイイものを考えて「スゲー!スゲー!」って喜んでいたあの頃。今となってはその頃描いたイラストとかなんて恥ずかしくて見れやしないのですが、この少年二人はその時の思い出を中2になっても忘れていませんでした。
一人は、尾崎型中2病へと進み、暴走族のヘッドになりました。そしてもう一人は、このときの「カッコイー」を忘れず、マンガ家を目指しています。
そんな二人で描いていた、子供っぽい「モンスターエンジン」がね。

ちゃんと、描かれるんですよこのマンガは。
絶対バカにしないんですよ。
なんかほんと、泣きそうになりました。自分とシンクロして。
 
中2病的な妄想や言動は、ちょっと離れて見られるようになったとき、恥ずかしいのと同時にとてもいとしい存在にもなります。だから、以前のエントリでも書きましたが、経験した方がいいんですよ。ただ、「人に笑われる」という恐怖からはなかなか抜け切れませんが。
しかしそれをちゃんとしたカタチで、中2病のイメージをそのままに、そこにあるものとして描かれているから、とても切なくなります。
そうなんだよ、それが痛いこともあるけど、思い出の一つだったりするんだよネ。
それを「大切な思い出の一つ」と思えたときに、中2病は昇華されて、その人の「夢」にもなりうる。
なかなかテーマとして描かれない中2病の「いい部分」を、しっかり描いてくれているから、このマンガの視線は厳しいながらも、とてもやさしいんです。
 

●抜け出せない妄想は、広がり、収束していく●

その他にも、黒いタイルしか踏めない強迫観念型、世界は水没してしてしまい、好きなものだけ残っていればいいという現実否定型、自分の食欲は敵と戦うためだと理由付ける責任転嫁型、特別な王子様的なものがいると信じている受身邪気眼などありとあらゆる中2病が出てきます。どれもこれもなさそうでありそうなギリギリのライン。そして、ちょっと置き換えれば「確かにあるなあ」というラインです。
鬱的に泥沼にはまりこむ子もいれば、それをポジティブ思考に切り替える子もいます。
ただ言えるのは「誰もそれを否定しない」こと。
作者も、あらゆるキャラすべて、決して笑いません。絶対否定しません。
だから、バラバラにキャラは歩いていきます。これで終わりでも十二分に面白いんですよ、このマンガは。
しかしそこから、急激に収束に向かっていくからすごい。
 

最後に「中2病オブジイヤー」といわんばかりの強烈なキャラが出てきます。
この子のイタさは尋常じゃないです。そのへんはぜひとも読んでほしいのであまり書きませんが、何から何までイタイ。自分のセリフも、相手から向けられるセリフも、悲しくなるくらいにイタイ。
しかしここで、すべてが収束に向かいます。ラスト3話の疾走感と、それでも決して捨てない中2病の感覚は是非読んでください。
 

●若い日の妄想を、ただ温かく抱きしめる●

その収束感と、中2病を肯定も否定もしない作者の視線と、現実なのか中2病妄想なのかまぜこぜになった空間は、全編に渡って賛否両論なのではないかと思います。「甘いんじゃないの?」という人もいれば「このキャラと同じキモチになったことあるよ」という人もいるでしょう。おそらくぱっくりと二極化するんじゃないかと思います。
この作品の価値は、そこにあると思うんですよ。ただイタくて笑いの対象だった中2病を、まっすぐに、経験者の視線から描いていること、そしてそれを温かく受け止めてくれること。
こういう作品が生まれたことそのものに、自分はとても価値を感じます。
自分自身が中2病を何度も経験しているから、ってのもあるんですけどね。だから「イタイ」マンガは大好きでいろいろ読んでますが、正直今回は「イタイ」のを両手で受け止められて、困惑すらしました。
 
人間は、大人になると、伊集院のラジオを聴いたり、中2病を笑ったり、遠巻きにあははと笑ったりできるようになります。
ん?伊集院は聴かないって?聴こうゼ!(←このへん中2病
だけどさ。大人になったからって「本当に正しいもの」ってあるんでしょうか?
実は自分らも、いまだなんかの中2病な妄想を見て、それを信じてたりするんじゃないでしょうか?
今ここにある現実も、他の人から見たら別の現実でだまされているのではないでしょうか?!?!?
…なんてね。確かなものなんて誰にもわかりません。
ただ、それでもいいんだよ、それでも何か見えるものもあるんだよ、とこのマンガは語りかけてくれます。
 
とにかくマンガの手法としては特殊なので読む人を選ぶマンガですが、心になにかがつっかかった経験のある人には是非読んでもらいたい作品なのです。乙一先生、古屋兎丸先生が好きなら文句なしにオススメ。
短編ごとの好みも個々にわかれると思いますが(自分は「モンスターエンジン」はストーリーも構図も全部通してすごい好きで、「お菓子帝国」のシメは不満がちょっと残る感じでした)、どこかしらで共感なり反感なりを感じられる作品だと思います。見るたびに新しい発見があるのもいいです。
 
ただし、読んでいて「あいたたた・・・」と古傷も、確かにちょっとうずきはします。でもね。それも…自分ですしね。
今も自分は中2病まっただなかです。
あー。モンスターエンジンに乗って、マジでかっとばしたい。ぬーすんだモンスターエンジンではーしりだすー。

少年少女漂流記

少年少女漂流記

 
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古屋兎丸(Wikipedhia)
古屋先生の独特な描き方はすごくブリューゲルに通じるものがある気がしてなりません。他の作品とも照らして色々見てみたいトコロ。