たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

絶望が気持ちいいんじゃない、絶望を見ないと耐えられないんだ。

●残酷な・・・テーゼ●

残酷なニートのテーゼ

ニコニコのコメントと合わせて必見。でもテンション下がり気味で、「ニート」とか「人生」とかに過敏に反応する人は見ないほうがいいかもです。
なんとも自虐的、なんとも絶望的。いっぺんの光もない。
内容に対して正しい突込みをするならば、いろいろな人が「働け」と言うかもしれませんが、多分この替え歌に関しては、みんなで一緒になって途方もない絶望感に暮れて楽しむ方が正解な気がします。
以前もこういう「イタい作品」がなぜ面白いのかを書きました。
「イタいマンガ」が魅力なのはどうしてだろう。
コメディタッチで楽しむのも、「痛いなコイツwww」と楽しむのも、また一つの楽しみ方。また、かつての経験と照らし合わせて「あいたた、気持ちイイ」とノスタルジック的な痛みを楽しむのもまた一興。
しかしながら、先ほどの「残酷な〜」が痛すぎて見るに耐えない、という声があるのもまた一つの意見。
このへん、例えば「N・H・Kにようこそ!」や「ヨイコノミライ」あたりを「楽しめる人」と「キツい人」で分かれるのと絡んできそうです。
 

●「イタい作品」と「救いのない作品」●

ピューと吹く!ジャガー」や「さよなら絶望先生」は、いわゆるギャグマンガカテゴリーです。その痛々しさを楽しむタイプのマンガです。
これも楽しみ方は大きく二つに分けられると思うんです。
一つは「指をさして笑う」楽しみ方。上から下を見る形です。歪んだ愛情表現ではあるんですが、「こいつバカだ!」というのはギャグマンガの一つのパターンです、十分ありかと。のび太を笑うのも基本的に「こいつバカだなあー」と言うのはあると思いますしネ。
しかし。ハマーや糸色望の行動って、変にリアルで本当になんだか「痛い」こと多いんですよ。そしてまた、ネガティブで、社会的に痛めつけられる。やってることは基本のび太と同じといえばまあ、同じ方向かもしれませんが、根っこにある心理が痛々しすぎて「読めない」という方は結構多いようです。正直、自分もハマーはたまに見ていられなくなります。
 
二つ目はそのようなイタさを「過去の自分と照らして懐かしむ」楽しみ方。中2病だった自分を思い出して「イテエw」と思う楽しみ方です。「N・H・Kにようこそ!」や「げんしけん」なんかはそのへんを抑えられる人にとって、楽しめる要素大きい気がします。あるある、的な楽しみ方。
 
しかし、現在進行形で辛い思いが心に眠っている場合、これらの作品は痛くて辛くて読んでられない、ってこともあるんですよね。いわば、傷口に塩を塗りこむようなものです。痛いのではなく、フラッシュバック的な「嫌悪感」すら催すことも。
まだ上記の作品なんかは、「イタくても救いがある」と読んでいて爽快感もあるのですが、本当に救いの無い作品群は読んでいて耐え切れないこともあります。いわゆる「鬱作品」。小説や映画やマンガだと、もう行き場がないくらい絶望的で、これでもかというくらい観客に攻撃的な作品ってありますよね。音楽でもあるかな。
 

●本当に心が沈んだときには、時として本当に行き場のないものを求める。●

しかし、さらに度が進んで、本当に鬱気分な時、明るいものや希望のあるものを見るのすら辛くなることもあるから困りもの。そうすると、救いが無くて絶望的で、光が見えない陰鬱な作品を読むことで不思議な安息感を得られることもまた、あるんですよ。
ある種の精神的なリスカ擬似体験かもしれません。
ちょっと今回はマンガの中から、自分がキた作品をいくつか例として挙げて見ます。
 

●自分は無価値なゴミ虫以下の存在です。●


福満しげゆき「カワイコちゃんを2度見る」より。
福満先生の作品はどれもこれも、始まる前から主人公に希望の光が刺しておらず、すでにクタクタです。常に伏目がちで、自分の価値を見いだすことが出来ず、いいことが起きてもすべて失います。その行き場のない絶望感たるや。泣けてくるというレベルではないです。あまりにも自分が無価値すぎて、どこに目を向ければいいのかすらわからないし、答えも与えてくれません。ただひたすらに「君は絶望するしかないんだよ」とささやきかけてきます。

そして、それすらも「周りが自分のために慈悲をかけてくれるんだ」と思い込まざるを得ないやりきれなさ。読むと、自分の価値を失える作品です。どうにも指をさして笑えなさすぎるのです。そこがイイ。どうせ落ち込むなら、とことんまで。
 

華倫変「高速回線は光うさぎの夢を見るか?」より
ネットに自殺予告、というのはなんとも今の時代に合いすぎていて恐ろしいものがあるのですが、そこまでしてもスルーされてしまい、自分の価値を見出せないのが本当にやりきれない作品。そして、絶望をはるかに超えて、視線があさっての方向に向いてしまっているにもかかわらず、なぜか作品に出てくるヒロインの女性達はこっちを見てくるから本当に滅入ります。頼むから奈落の底の闇の中から、こっちを見ないでくれ、という気持ちにさせられる、稀有な作品を描く作家だと思います。*1
が、あまりにも特殊すぎて、自分も買っておいてなんですが、読める日と読めない日がある困ったマンガです。それだけすごい。
 

あびゅうきょ「絶望期の終り」より。
「影男煉獄廻りシリーズ」と呼ばれるあびゅうきょ先生のこの一連の作品、主役は無職で独身の影男です。ガチャポン遊びが趣味の彼を、出てくる美少女達が「お前は無価値な人間だね」と罵倒し続ける、なんともマゾヒスティックな作品。もちろん影男視点=読者視点なので、じっくり読めば読むほど少女達に罵倒される気分満載になれます。最終的な結論として「そんな役に立たない命ならお国のために投げ出しなさい」となるので、ちょっと好みは分かれると思いますが、この罵倒されっぷりと異常なまでの絵の描きこみっぷりは必見。必見とは言っても、読みすぎて美少女達に洗脳されてしまっても責任は持てません。

オタク的思考と絡まっているのもまた面白い。ゴミ虫以下の価値の人間は「死んだ方がいい」どころか「死ぬのも手間がかかるからお金を払いなさいよ」という、ただ死ぬことすら許されない絶望の煉獄の連続なのです。
ちょっと心が弱っている時に読むとへこむこと間違いなしなのですが、本当にへこんでいるときは「いっそ罵倒してくれ」という気分で開き直って読めるので、なかなか面白い作品です。
あびゅうきょ先生の作品はあまりにも深すぎて、さまざまな読み方が出来るので、また別の機会になんらかの形で書いて見たいところです。
 

●性への嫌悪感と絶望の闇●

絶望感や果てしないイタみは、時として「性」から生まれるのも人間のサガ。
性がらみの絶望的作品は本当にたくさんありますが、自分の大好きなのをちょっと挙げて見ます。

町田ひらく「幻覚小節」より。
町田ひらく先生作品の描く少女セックスはどれもこれも、性だったり人間の心だったりの歪みの極地。それが限りなく、少女への憧憬で美しくもあるのですが、同時に訪れるのは光のない破滅。このバランスの切なさがたまらなくいいんですよネ。哀しいくらいに少女という性をむさぼるゆえに、手をのばしたら飛んでいってしまう小さな光。後に見えるのは闇ばかり。
性に困惑したときに読むと、もれなく陰鬱な気分と、失ったものの切なさにひたれる作品を描ける芸術的なマンガ家だと思います。ああ、好きすぎてどこから話せばいいか本当にわからないです。
 

遠藤浩輝遠藤浩輝短編集1 きっとかわいい女の子だから」より
遠藤先生の短編は本当に人間の心理的にイタいものばかり。その中でも、寝たきり老人が夢精するシーンからはいるこの短編はアフタヌーンで読んだとき衝撃でした。少女の中に眠る性への嫌悪感。それを抜けて自分を保つためにはバランスを崩すしかない、という視野の狭まり方と逃げ場のなさが本当にたまらなく愛しく感じられます。どんどん追い詰められて、ちょっと視点を変えれば気づくことも価値観を変えて読者に襲い掛かってきます。
時折自分の性に対してすら嫌悪感を感じる人は多いと思います。特に若い頃は。そのような感覚を感じた人にオススメしたいのですが、下手にその時期に読んでしまうと価値観が狂ったまま戻らなくなりそうなのであんまりオススメできません。大人になって落ち着いたときに読もう。
 

●絶望を欲するココロ。●

小説にこのような作品は数多くあると思いますが、やはりマンガが絵を用いて絶望を表現してくれるのは本当に強烈。特にココロ弱っている時に、インパクトとして目に飛び込んでくるそれらのマンガは強烈にトラウマっぽいなにかを刻んでくれます。
と、こんな書き方をすると「じゃあ読むな」となりますが、うん、そうなんですよね。本当はココロ弱っているときは、同じような絶望的な中身の作品でも、文章を時間をかけて読むほうが、「心が落ち着きを取り戻す時間」を得ることが出来るのでプラスに作用する、というのを何かの本で読みました。北方謙三先生も「落ち込んだら本を100冊読め、そして太宰も読め。ただし続けて読むな」とおっしゃっていましたし。そういう点で、マンガの強烈さは身をゆだねるにはいいのですが、帰ってこれない可能性も秘めた諸刃の剣です。だから10代の子が落ち込んでいるときに、上記の自分が好きな絶望マンガは見せられないなあ、と小ずるい大人な自分は思ってしまいます。割と本気で。
それでも、そこまで分かっていても自虐的だったり絶望的だったりするマンガを読んでしまうのは、ただひたすらにそれを欲する瞬間があるから。それはテンションが高い時に冷静に人生を考えるきっかけかもしれませんし、落ち込んでいる時にとことんまで追い詰めて精神安定を図る試みなのかもしれません。
 
遠藤浩輝短編集(1) (アフタヌーンKC) 絶望期の終り―あびゅうきょ作品集3 (バーズコミックススペシャル) カワイコちゃんを2度見る
 
 
余談。
ずらっと大好きな作品群をあげてみましたが、一つ一つについては好きすぎてほんとどこから語ればいいのか分かりません。でも真剣に読み込むとまた「もってかれる」から困り者。いや、そこがいいんだけど。でもそのうち自分なりに色々感想書いてみたいナア・・・。
 

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*1:残念なことに、2003年に28歳で心不全で亡くなっています。