たまごまごごはん

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少女達への変わらない憧憬〜広がり行く今後の百合のカタチ〜

これでいいのか百合漫画(月曜日発日曜日往き)
これは非常に面白いエントリ。百合について真剣に書いていらっしゃいます。刺激を受けたので、自分もちょっと百合についてまた考えてみようと思います。
百合作品は一時期低迷していたものの、また最近じわじわ伸びつつあるジャンル。はて、確かに輪郭がぼんやりとした部分で、似たように見える作品も多い感覚はありますが、今後どう伸びていくんだろう?
 

●百合は分化しつつある。●

ここしばらくでかなり潤いはじめている百合作品群。「百合姫」を出している一迅社の頑張りが最近カタチとして浮かび上がってきているのが眼につきます。
その一迅社も、最初は相当あちこちをウロウロしてはいたと思います。どこに向かえばいいんだろう?という苦しみはあったはず。やはり、百合作品というジャンル自体は元からあったものの、漠然としすぎていた上に、女性視点・男性視点がごっちゃまぜになっていたから。
百合姉妹」初期の特集記事はそのへんでのもがきを感じます。
男女が見る百合への視線を、「百合姫」シリーズから考えてみる。
ちょっと以前の記事からピックアップ。

・少女への憧憬や瞬間を切り取る、少女漫画的な作品。
・男性視点での萌えを含んだ、ファンタジー的な作品。
・エロや性的な視点を強調した作品

百合姫シリーズはうまいこと分化したなあと思います。
やはりこれをミックスしたままだと、伸びないんですよね。たとえば「ストロベリーパニック」を、ああいう世界なんだと理解して大いに楽しむ人もいれば、男性から観た妄想的で受け入れられない、という人も多くいます。それならきっぱり分けた方が、いい。そして、自重しないでばんばんやったらさらに進化するはず。
エロに関しても、「少女セクト」などでかなり門戸は開けたものの、百合に関しては極端に性的な描写を嫌う人もいます。それもすっごい分かるんです。あくまでも少し離れて眺めていたい場合、イチャイチャわいわいは見ていたいだけ、憧れの手の届かない存在のままでいてほしい、という気持ちもマレにわきますもの。
だからといってじゃあ生々しいエロが百合にあるとだめか?と言われるとそんなことはなくて、ライトに一緒に寝ちゃう関係もあれば、ディープにはまりこんでしまう女性たちの愛の模様を描く作品もありますし、それも存分に面白い。でもガチのビアン物じゃなくて、「あ、これは百合かな?」と感じさせるバランス感のすぐれた作家さんが増えつつあると思います。
 
余談。エロも個人的には大好きなんですが、自分が一番すきなのは、その描写がないけれども、何かほのめかせる描き方をする作家さん。いいよね!
 
話を戻して。
20代、30代が主人公の百合作品も結構あります。このへんはどこを「百合」と感じるかで線引きが大きく異なってくるので一概には言えないですが、心のつながりや関係性を重視する人なら、結構アンテナがびびっとくる作品が多いのではないかと思います。多少フィルターも必要な場合もありますが、そこは読者の愛です。愛。
たとえば、森島明子先生はそのへんの、20代の女性の関係性を描くのがうまいですよね。
楽園の条件 (IDコミックス 百合姫コミックス)
「教艦ASTRO」や「みそララ」のような、厳密には百合ではないかもしれないけれども「百合を感じるゼ、このアンテナは!」という作品も多いです。というか、作者はきっとわかって描いていると思います。ニクイ!もっとやって!
教艦ASTRO 1 (まんがタイムKRコミックス) みそララ 1 (まんがタイムコミックス)
   

●少女への憧憬は、温められていく●

しかし、月曜日発日曜日往きさんがおっしゃっていた「お約束というか記号的」というのは、自分もいくらか感じるところがあります。
やはり「マリみて」的な作品は数多いです。これはパクり、ではなくて、女子校のような閉鎖空間での青い感情が描かれる作品が魅力的なものが多い、ということ。
実際、女子校の少女たちの関係は、そりゃもう憧れですよ。ぼくは乃梨子になって、瞳子と手をつなぎながら、彼女と祐巳の関係を見守りたいですよ。ええそりゃもう。
そこで、ふと気づくわけです。
自分をそこに重ね合わせる女性たち、手が届かないけれど猛烈に憧れる男性たち。どちらも確かに、少女性を持ち合わせています。そして、少女たちの様々な形のドラマを「シンクロする」方法と「ながめる」方法で堪能したくてたまらないわけです。
自分は、とにかく乃梨子が好きで乃梨子になりたいので、シンクロ派です。多分その状況の当事者ながらも、ちょっと離れた位置にいられるのが好きなんだと思います(んでちゃっかり志摩子さんとはラブいし。)。
乃梨子志摩子の関係は、まさに典型的な黒髪と茶髪のコントラスト。ここはむしろ、変えて欲しくない、と思う自分がいます。
 
百合作品のよさは、新しい少女たちの関係を描く、という広がり方にもあるんですが、同時に「変わらない憧れ」をゆっくり温めてくれることにもあると思います。
いくつになってもご飯がおいしいように、変わらない百合の、なかばパターン化しているような関係がたまらなく愛しいんです。
そして、それはパターン化のように見えて、心の機微を本当に繊細に描くことが要求されるため、非常に高度に研ぎ澄まされていきます。本当においしい白米ご飯を炊くのが難しいように。
 
時には時代劇調で年齢差カップル、なんていう炊き込みご飯もいいでしょう。大人のアダルティーなのを描いたパエリアもいいでしょう。
だけれども、学生時代の少女の感覚を描いた、本当においしい白米ご飯のような百合に戻りたい時も、やはりあります。それを生き急ぐように放出するのではなくて、ゆっくりゆっくり、作家さんが温めて描いてくれる。そんなペースが百合のよさだと思うのです。
そういう面で自分が好きなのは、乙ひより先生。まさにスローなノリを丁寧に描く様子は、心の支えであり癒しです。
かわいいあなた (IDコミックス 百合姫コミックス)
加えて。思い切り変化球だとしても、そこにある少女性をいかに追求し、磨くかは永遠のテーマです。いつまでも手が届かないかもしれないけれど、百合作家さんたちにはぜひとも手を伸ばし続けて欲しいんです!
 
はて。じゃあ消費的な百合がないかというと、そんなことはやはりないです。いわゆるジャンクフードのような扱いの百合も、やっぱりあります。
でもそれはそれで、おいしいからいいんですけれども。むしろ特化して、かつ男性の萌えを極限まで詰め込んで、全く別の百合のベクトルとして進化していった時に、これまたすさまじい作品が出来るのではないかと期待しています。
 
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「マーメイドライン〜あゆみとあいか〜」に見る、百合の形。
自分の大好きな、超変化球型百合作品を二本。百合の追求する少女性の可能性は本当に無限なんだなあ、手が届かないなあと感服させられる作品です。
乙女ケーキ (IDコミックス 百合姫コミックス)
「百合的作品」群から見た少女幻想と、ネバーランド住人たち。
百合的作品群のテーマには、「少女性を描く」というものがあります。20でも30でも50でも、少女性を持っているんです。
古典時代から求められる永遠のテーマ。シチュエーションの変化や、男女の視点の差、環境や時代の差を越えた、憧れです。
ただ、このへんは個々の「少女同士の関係性」の感覚で大きく異なってくるので、ある人には百合と見え、ある人にはそうは見えないかもしれません。加えて、そこの男性が入ることの可と不可の感覚も。
このへんどうですか、ソウルブラザーのLITさん。と振って見る。
 
あと、12月26日にマリア様がみてる キラキラまわるが出るよ!
マリア様がみてる―キラキラまわる (コバルト文庫)