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「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」コミック版の、少女バランス

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない 上 (単行本コミックス)砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない 下 (2)
コミック版の「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」が一気に発売されました。
桜庭一樹先生が直木賞をとって本当によかったなあと思える日々です。だって彼女の傑作がこんなにも簡単に入手できるんだもの。ありがたい、本当にありがたい。
 
今回のコミカライズ、非常に見事だと思います。少なくとも原作をすすめられて読んで、その少女観にドはまりした自分にとってはたまらないくらい、見事な少女描写の作品だと思います。
今回はストーリーはとりあえずおいておいて、どのくらい「少女」しているのか。ちょっと簡単に、海野藻屑を中心に簡単にまとめてみます。
 

●1、浮世離れした空気と、すぐそばにいそうな空気の真ん中●

一応、海野藻屑という子がどういう子なのかだけ簡単に書きとめておきます。
細くてキレイで、色々な人の目を引く子。だけど彼女の言う事はいつもどこかリアリティがなくて、自分を人魚だと言っていつもふざけているみたい。気が付けば彼女の周りには誰もいなくなって。なぜか彼女は私の後ろを付いてきて…。
 
透き通るほどにキレイな上に、いつも不安定な言動の橋をふらふら歩いて綱渡りしている女の子。それが彼女です。
しかしそこにフェアリーを描いてほしいわけじゃないんです。ものすごく不安定に飛び回る子だけれども、誰よりも生々しくてすぐ側に座っていそうな存在感を湛えているのが彼女の魅力。

コミック版の魅力は、そんな彼女のアンバランスな魅力を描こうとする姿勢なんです。藻屑を見る主人公山田なぎさの視点から見た彼女の、危なっかしくて仕方ない様がとてもいい距離感で描かれています。
なんだか目を離すと今にも消えてしまいそうなんです。気づいたら壊れてしまいそうなんです。
ものすごく細いんです。服装もなんだかふんわりしているんです。「女の子」の感覚を寄せ集めたような姿なんです。
だけど妙に生々しいショートの黒髪。ちょっとだけ血流悪くて冷たそうな腕。

いつもなぎさの左にいるんです。先ほどは「消えてしまいそう」と書きましたが、同時に「気づいたら側にいそう」なのも藻屑なんです。
その彼女の存在感を描こうとする杉基先生の愛情がすげーいいんだ。
 
お菓子で出来たような不思議さと、弱くて生臭いような息遣いの両方があってはじめて生まれるこのキャラクター。
それを「かわいい」とか「かわいそう」とかの言葉の枠を飛び出して、少女性成分たっぷりしみこませた彼女の顔を見るだけでなんだかいてもたってもいられなくなります。落ち着いて座ってられないよ。不安で。
 

●2、少女の言葉の説得力●

最も信用ならず、最も曖昧模糊とした言葉を吐くのが「少女」っつう生き物ですが、藻屑はまさにそれにどんぴしゃ。どこから信用すればいいっつうくらいいい加減です。
しかし、それが妙に説得力があって世界を揺るがしそうな気分にさせられるのが桜庭作品の魅力の一つ。

小説読んでいる時点でも、どうしようもないくらい信用できないくせにどうしようもないくらい押し切られそうな藻屑のセリフの数々に、彼女の視線が乗る事でこんなにも追いやられるだなんて!
またこの藻屑のセリフを、なぎさが見聞きしているのがいいんですよ。いつも彼女が何か言う時に、マンガの視線はなぎさからの物になります。
なぎさがなぜこの藻屑に振り回されて、どんどん惹かれていくのかが小説でも面白いところなんですが、マンガの力はすごい。杉基先生の藻屑への視線はすごい。
きっと、読者も作者もなぎさも、みんな藻屑の言葉に魅了されているんだと思うのです。それがマンガの中でうまいこと融合して、みんなが藻屑に見られている。
 

●3、少女はどんどん壊れていく●

しかし、どんなに少女がそれっぽい弾丸をガンガン撃ちまくっても、全然届かない。世界は非情でみるみる少女を飲み込んでいくのが、この作品の残酷な美しさでした。

最初に出てくる藻屑は、絶世の美女といわんばかりの勢いなんですが、どんどん側に寄ってきて、気づけば顔も体もどんどん「汚染」されていくんです。ああ、絵にするとこんなにも痛々しいのか、と苦しくなるほど。それでいて笑顔しか見せないんだものなあ。ずるいよなあ。
少しずつ「汚染」される彼女がどうなるかは、小説かマンガを読んで。読んで。
 
今回藻屑の話ばかり書きましたが、なぎさの少女漫画的な「どこにでもいる」感もまた見事なんです。ごく普通の格好をして、ごく普通に暮らして、ちょっと世界を達観していて、という彼女の目線がとてもうまいこと描き出されています。髪の毛が白と黒で対比されているのもうまい。
原作を読んだ人だと藻屑のイメージが違う人もいるかもしれませんが、そんなの一気に吹き飛ばします。どんぴしゃのイメージの人は今すぐ読んで損はないです。
原作を知らない人は、マンガから入ってもいいと思います。
そして、そこから桜庭作品の少女を楽しもうよ。
 
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