たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「こはるびより」に見る、自虐で楽しむオタライフ。

●不思議な趣味●

自分もオタクだと自認して早幾年になります。
もうそろそろ、アニメやマンガ好きも「サブカルチャー」といわれる時代ではないです。それが趣味な人も増えました。
が、このジャンルの趣味を持つ人には共通の不思議が一点。
他の趣味だとあまりない「自虐」です。
自らのオタク趣味を恥じたり、開き直っていても「キモくてごめん!」と言ったり。履歴の趣味の欄に「音楽鑑賞」「映画鑑賞」とは書けるけど、「アニメ鑑賞」と書くのはちょっと気が引ける。
おっかしいなあ。趣味に貴賎はないと悟ったはずなのに。
こと「萌え文化」に至っては、自分も隠れオタでした。今はオープンですが…会社とかじゃあいえない。
 

●痛いオタクを内側から見てみよう●

オタクを描写したドラマ・マンガが最近増えました。いずれもちょい痛が面白いものが多いです。
有名どころとして「げんしけん」は、多くの人の共感を呼びました。あるいは「オタクってのはなあ」という議論をも巻き起こしました。そのくらい影響力があったことがすごいよ。
その他にも数多くのオタク描写作品が数え切れないほどあるのですが、中でも異質なのがみづきたけひと先生のこはるびより

WEB拍手より

>フィギュア捨てるときってどうするんだ 
ゆいに頼めば良いじゃない。って『こはるびより』4巻痛過ぎ!
段々“萌え”から“自虐的なヲタ”ネタに移行してる気が。

こちらでも述べられているように、この作品「萌え」の追求としてはじまり、今も「萌え」を正面だけではなく斜めからも捕らえてコミカルに描いています。
そうするとなぜか自虐ネタも包括していくのが面白いんだなあ。
基本萌えマンガなんですが、「行き過ぎたオタ」を外側から見る視点と、もうどっぷりつかった内側から見た視点が並行しているので、ちょっと見直してみたいと思います。
 

●「萌え文化」の特殊性●

まず自分がこのマンガを買うようになったきっかけのコマを引用。

このコマ!
ヒロインのメイドロボ、ゆいが故障してパーツを変えるんですが、すごいんですよこのコマ。だってだって。

アホ毛ツインテールよりはるかに高い。
これを見て「だよねー」と思った人は絶対多いと思うのですよ。
ツインテールは量産化された、ある意味すでにパターンなわけです。パターンに萌えるのも十分大事です。
ですが萌え文化においてアホ毛は個性ですよ。それを差し込んだみづき先生はすごい。
 
もっとも、そんな特殊なことでときめくのは自分がオタクだなあと思っているからなワケで、それでニヤニヤする時点でワナにかかったのも同然。
共犯者を求めるように、「こはるびより」はどんどん「ムチャで極端な萌え」「空回りする痛々しさ」をポジティブに描いていきます。
 
まず、主人公村瀬さんはお金が有り余っていてそこそこ美形なんですが、萌え文化にしか興味がない、というのが痛快です。
すげーかわいい子が擦り寄ってきてもメイドロボを選ぶ。漢すぎます。
一方ゆいを含む周囲の女性達も、極端な萌え属性の宝庫になっています。なのに村瀬さんビジョンもあって、誰よりもヒロインゆいがかわいく見えるから不思議。
このへんが「萌えの伝道師」の異名を持つみづきたけひと先生のテクニック。「萌え」ではなく「萌え文化」を描くということは単にかわいいものを描くだけじゃ足りません。「何より一番だ」という感覚は最重要でありながら、「これはダメだ!」とニヤニヤさせる要素が必要です。
このなんだか後ろめたい「ニヤニヤ」がポイント。
 

●「やりすぎ」の面白さ●

このマンガ、村瀬さんが変なことをすればするほど面白くなります。

やりすぎです。
コレを見て「ばかだな!」と言えれば面白みが感じられてきます。むしろ「ばかだな!」って言わないと面白さ半減。
村瀬さん自体は本当に一途でマジメな青年ですが、それゆえに自分がバカやっていることに気づきません。それらはすべて、メイドロボのゆいが突っ込み担当になります。

この画像を見るとよくわかるんですが、すでにロボット三原則とか無視しまくっています。ここまで主人の意思と逆行するロボットは珍しいです。
だからこそ、読者はオタクの村瀬さん視点じゃなくてゆい視点になれます。
萌え対象のメイドロボに「ダメオタです!」と叱られちゃあねえ。身もフタもないです。
ここで「ゆいの言うことは正しいかもしれないが、そんなところにも萌えるな」とニヤついたとき、そしてそれで「ああ、オレ痛いな、実は村瀬さんと同じかよ!」と気づいた時には共犯者です。
 

●「あるある」と「痛々しさ」●

4巻からピックアップ。

ネタ的にもここだけ切り出すと本当に痛々しい。だけれども、痛々しいのが面白いんだな。
むしろもっと極端に村瀬さん、なんか変なことやっちゃえ!と思わせてくれるんだから困ったものです。
こはるびより」はこのように、「ものすごい萌えキャラ」の目を通して「ものすごい萌えオタ」の滑稽さを描写していくのですが、これはとてもピンポイントな「あるある」ネタだったりします。

たとえばコレ。オンラインゲームの何気ない出来事を脳内変換して勝手にストーリー仕立てで認識するシーン。
あーあるある。ちょっと座ったりエモーション出すだけで色々関係ないこと考えちゃいますね。女の子キャラ二人で座ってたら「百合だ!」とかね。痛いねどうもね。
あと最新の話題をつかったこんなネタ。

ディア●スティーニ。
ちょうど毎号集めるとロボットが出来る雑誌が出たころのネタだと思います。あるある。あれ完成させた人結構いるんじゃろうか。
こんな感じで、萌えオタじゃない人そっちのけの「あるある」がガンガン詰め込まれているのが痛快ですらあります。特に4巻はその傾向が強いです。
「あるある」ネタは単に現実にあるネタじゃあダメです。それだとらき☆すたのつかさの「みかんを食べると手が黄色くなる」レベルになっちゃうよ!
やはり、どこかしら「あるある、なんだか恥ずかしいなあもう」という羞恥心を刺激してほしいわけですよ。
  

●オタクは痛さも楽しんでこそ?●

こはるびより」はちょっと変わった作品です。というのもこのヒロイン「ゆいがかわいい」という人と「ゆいはちょっと苦手」という人にぱっくり分かれる傾向があるから。実際、メイドロボが「萌え対象」であることを考えると、苦手に思うのは当然なんですよね。飼い犬が手をかむ感覚と似ているかもしれません。

非常に象徴的なセリフ。
「まったくいつになったら大人になるんだか。」
フィギュアやアニメキャラと同列として作られた「萌える対象」が「萌えを子供っぽい」と否定する。なかなか挑戦的です。これがある意味試金石になっているかもしれません。
 
しかし「あなた痛いですから!」という彼女のこの指摘が、実は視点を変えれば「オタク内の自虐」なんですよね。
本当にもう自分が嫌いで自分の趣味が恥ずかしくて…だったらそうそうオタクは続けられません。やっぱりどこか「楽しさ」「いとしさ」「感動」「興奮」があるからオタクから抜け出せないわけです。
その「楽しさ」や「いとしさ」の結晶が、ゆい。
ゆいの「叱咤」も「歩みより」もかわいいと思えるならば、それは自虐を含めて今の自分の趣味を受け入れているのではないかと思うのです。
 
オタク趣味自体、「性的イメージ」から100%切り離すことの出来ないものになりつつありますし、中には「子供っぽいかな」という印象を払拭できていない人もいます。
だから自虐。「あなた痛いよ」と自分に言い聞かせます。
でもね、言い聞かせる自分すら愛しいんだな。それを好きでいる自分すら、楽しいんだな。
そこで歯止めをかけるか、突き進むか。そこが運命の、分かれ道。
果たして「もう一人の自分」でもある理想のメイドロボが家に来てオタク生活を恥ずかしいものだと言い放ったら、どう感じるでしょね?村瀬さんくらい強くあれるかなー?
 
こはるびより(1) (DC)こはるびより 2 (電撃コミックス)こはるびより 3 (電撃コミックス)こはるびより 4 (電撃コミックス)
こはるびより 1 [DVD]こはるびより 2 [DVD]こはるびより 3 [DVD]
こはるびより」はそんなオタクの心理を、糖衣状態のがっちがちな萌えコーティングにつつんで豪速球で差し出してきます。なので、ガッチガチなオタクの萌え感覚と、それを好きな自分を楽しめるかどうかで、面白さも大きく変わる珍しい作品です。「妄想戦士ヤマモト」のように苦しむことなく、恵まれまくった今風ポジティブオタライフなのが特徴的。
ちなみに村瀬さんには、名言が多いんだこれが。
「欲しいものがたいてい手に入る現在のオタク事情にオレは甘えていた!」
「好きなものを手に取ることに何を恥ずかしがることがあるんだ?」
「オレはテレることなく興味の対象を追求するぞっ!」

無駄にかっこいいデス。