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コンプレックスメガネ君とおてんばお嬢様「亀の鳴く声」

自分が少女マンガを読むときってだいたい「ああこの子かわいいなー」と女の子を見るんですが、西炯子先生の作品はどうしても男の子…いや、男の人に目が行くから困りものです。
なんせね、とにかく男の人たちがコンプレックスの塊で、なんだか一歩踏み出せないのが多いんですよ。
それでいて生真面目で、一生懸命。うそなんてつく余裕がぜんぜんないの。
ああ、かわいいよこいつは!
 
そんなわけで、「亀の鳴く声」より、応援したくてしかたなくなるような魅力的なメガネ君についてちょっと書いてみます。
 

●超オトメン

主人公の中川信さんは、市役所職員の27歳(←ポイント)。
独身。どころじゃない。
女の子と手もつないだことのない、マジメで少女漫画が大好きで仕方ない男性です。
今話題のマンガ 「乙男(オトメン)」をこじらせたまま20代を迎えて、マンガを描くことに没入するとこうなります、というのが彼だと思って間違いないです。
もうとことんまで少女漫画を夢見る男子なのですよ彼は。実生活も。

んー、それは少女漫画で少女が言うセリフです。
 
が、かわいすぎなんですよ彼。
変なしがらみにとらわれず、裏も表もなく少女漫画が好きでせこせこ書いてるわけです。そして日中はまじめな市役所の公務員。どうしようもないバカまじめで、浮ついた遊びなんてしたことないでしょう。
そして言葉遣いも徹頭徹尾丁寧語です。最後のページの最後のコマまで、誰に対しても「ですます調」です。
だけどなのか、だからこそなのか。彼はものすごいコンプレックスの塊でもあります。
 

●僕は男だから。●

とはいえ、頭の中までハッピーではないんです。
彼もそれを見られたらどう感じられるのかはわかっているんです。自分も一生懸命打ち込んで少女マンガを描くのですが、それが見られることにどうしようもないくらいの恐怖感も持っています。

確かに実際そうそう簡単にはいかないですよね。
自分は確かに少女漫画が好きで描いているけれど、ぼくなんてだめです。ぼくは男だからだめなんです。
 
本当に見ていてイライラするくらい、ウジウジしているんです。
なんですが、そこがかわいくて仕方ない。
丁寧にこの作品は彼の必死さを描きます。だから笑えないのですよ、彼の空回りと逃げ腰を。
 
西先生が描く男女は、コンプレックスを抱えていることが非常に多いです。
それに立ち向かってかなわなかったり、時に逃げたりするのですが、西先生はそれを「それでいいんじゃない?」とやさしく描きます。
彼もきっと、このままだったら逃げ続けたでしょう。それもまたよいでしょう。
しかし彼の元に一人の破天荒な娘がやってくることで、話は一気に面白くなるんだこれが。さあ逃げられないぞー。
 

●取りあえず踏み出しなさいよ!●


偶然であった人形のような美少女、高月くれはさん。16歳(←ポイント)。秋葉原ではフィギュアを間違えられるほどです。いやいやほんとに。
そんな可憐な姿の彼女ですが、やることなすこと破天荒。
中川さんの原稿に感動したと言って、学校を投げ出して彼を東京の編集社に連れて行きます。もっとも中川さんもなし崩し的に役所をサボる羽目になります。
もう本当にムチャなんですが、不思議と読んでいて違和感がない彼女の行動。実はそのへん理由があるのですが…これは実際に読んでみてください。単純思考なわけじゃないのです。
 
加えて彼女がムチャクチャなのに、そうは見えないのには読者側の意識もからんできます。

とにかく中川さんはコンプレックスをぱんぱんに腫らしているので、いろいろ面倒なのです。面倒とはいえとてもその気持ちに共感もできるのです。このへんは自分が男性だからかもしれませんが、女性はどっち視点になるんでしょうね?
自分としてはもういたたまれないくらい、中川さんのオドオドが伝わってくるのですが、同時にどこかで背中を押してほしい気持ちも感じるんです。
だからこそ彼女が無茶苦茶な勢いで彼の背中を押すのが、ものっすごく気持ちいいんです。こっちの望んでいる展開を切り開く彼女の行動がとても爽快なのです。
だって、コンプレックスがあるってことは、それだけのパワーがどこかに眠っているという意味でもあるんですもの。それを引き出してほしい、引き出してあげたい。
 

●コンプレックスとマンガ●

この作品実はとてつもない数のキャラが出てきて、全員もらさずとても丁寧に描かれています。
そんな中でも面白い一人が、編集井上さん。またなかなか人間の痛いところを付く人で、いろいろモヤモヤを抱えた人間の一人です。

「引っ込み思案で地味な感じの子が多いじゃないですか」
少女漫画を読む人描く人への、思い込みが悪意なく出しちゃう彼女。いやいやそれはあかんて言うたらあかんて。とはいえ「そういう思い込み」をしているのはうそではないので、頭から否定もできないでしょう。それに実際、描いていた当の本人は引っ込み思案だったわけですし。
でもそれは作品とは別の問題ですし、言っても誰かが傷つくだけのことです。
実際は彼女もそのあと、中川さんとは違うベクトルでコンプレックスを抱えて悩むのですが、少なくとも「マンガ」に対しての思いは別物でしょう。
 
この編集さん、中川さん、くれは、後もう一人ホテル従業員の高田さんというキャラがいるのですが、みんなそれぞれ「マンガ」をいろいろな角度から見ているのもまた面白いところです。一点だけじゃなくて、すごくばらばらなのです。
それぞれコンプレックスだったり悩みだったりを心に抱えて、マンガの周りをうろうろします。どのキャラに感情移入するかは読み手それぞれですが、答えはひとつではないよ、と囁いてくるかのようです。
それはここでは語りつくせないので、もう一度中川さん視点に戻ってみましょう。
 

●亀って鳴くんだよ●

ここで、改めて題名を考えて見ます。
「亀の鳴く声」。とても意味がわからないです最初は。
しかし、よく考えてみたら…亀って鳴いたっけ?
 
いわば、中川さんは亀です。
普段はゆったり確実に歩みを進めて、冒険はしない。そして自分の欲求については黙して語らず。
でもそれでいいの?

先ほども書いたように、くれははどんどん背中を押してくれます。ものすごい勢いで。
でも、自力でやらないと伝わらないことはたくさんあるのです。
いつもいつもは鳴かなくてもいい、でも一度は、鳴かなければいけないときもあるかもしれないよ?
 

とはいえ、やはりなんだか弱弱しくて生真面目すぎる彼と、暴走超特急なくれはのコンビは見ていて最高にデコボコで楽しいです。
一生こうだったら楽しいですね。
そんなマンガなんです。そう、亀でいいじゃん。なんだか読んでいて、厳しいんだけどとてもほっとしますよ。
 

亀なのは中川さんだけじゃないです。高月くれはの離散寸前の家族一人一人が亀ですし、先ほども書いた高田さんも亀です。みんなみんな亀です。
幸せになる人もいれば、ならない人もいます。だけど西先生は見捨てることはしません。一人一人を丁寧に描きます。
最後がダメかもしれなくても、ちゃんと描きます。それぞれのキャラの視線で、何度も読める作品です。
にしても、中川さんのかわいらしさよ。くれはも相当かわいいのですが、この作品においては気弱なメガネ男性を存分に楽しむのがいいのですよー。
 

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西先生のマンガ本当に、テンポが自分の波長にあっている気がして、好きで仕方ないです。