たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

子供達を守り続けた芸術家のおはなし。「非現実の王国で」

映画館で見られなかったので、DVDで。
基本の作りはドキュメンタリーですが、何はともあれヘンリー・ダーガーという人物に心惹かれた人向けの愛の歌であることには間違いないです。何も知らずに見るよりは、ほんのちょっとでもいいので基礎知識があったほうがよいです。
まあ、wikipedia読むレベルでもいいので。
 
ヘンリー・ダーガー
非現実の王国で
 
中には「引きこもりの狂人」と言い切ってしまう人もいるのですが、いや、そういう表現で語る人もいるかもしれないのですが、そう思っている人はまずその思いをいったん捨ててください。
壮絶なる長さの、自分に見せるためだけの一銭にもならない世界を描くために一生を費やした人間の物語が、派手な色合いでかけまわるヴィヴィアンガールズと共に描かれるのがこの作品です。
 

●「自分の好きな世界」●

とにかく細かく、1万5000枚に渡って書かれた長編の物語と、数百枚の大きな大きな挿絵。ぎっちりと描き込まれた少女たちと大人たちの戦いの様子。
この『非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子ども奴隷の反乱に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語』(長い!)という物語そのものは、一度絵を見たら二度と忘れられないようなインパクトを持っています。好き嫌い別にして、一生忘れない絵です。
そして、一度この絵が持つパワーに心とらえられたら、二度と離れることは出来ないでしょう。
 
物語自体は、ぶっちゃけ「分からない」です。難解ですし、長いですし、時には謎なのかつじつまがあわないのかすら分からない部分もあるからです。
それを読み解くことは、ダーガーの生活や心理状態を知ることで可能なのですが、完璧に読み解く意義はおそらくないでしょう。
ただ、ヴィヴィアンガールズというキュートでペニスを持った少女たちが、勇猛果敢に極彩色の世界を駆け回る様子を見つめているだけでいいのです。
 
なんかこう書いていくと「じゃあなんのために作ったの?」というしごく簡単な質問がわいてきます。
なぜ書くか。一番明快で、一番難しい質問です。ダーガーだけじゃなくて、すべての創作家にとってこんなに難しい質問はないよ!
 
この映画は、ダーガーが選んだその答えをはっきりと描きます。
誰に見せるわけでもない絵と物語。自分のお金や時間を投入し、現実以上に大切になった自分の非現実。当然評価もされないし、お金ももらえないわけですよ。
そう。「その世界が好きだから」
すっごい簡単なんだけど、すっごい最大に体力を要する道を彼は一生をかけて歩んできたわけです。その熱量たるや。
 

●逃避ではない非現実●

ダーガーは確かにいろいろ幼い頃問題を起こした人のようで、同時にいろいろなトラウマをかかえた人でもありました。
んで、病気かどうかというのは、結論としては「わかりません」が答え。映画内でも「クレイジーではなかった」という証言が出ています。
もっとも、彼が作品を作る上で病気かどうかというのはどっちでもいいんです。人付き合い自体は苦手というか、好きじゃなかったようですが、仕事はきちんとしていました。引きこもり、でもないんです。隣人たちに支えられていたりもします。一人きりではなかったのです。
 
むしろ一番大事なのは、彼がこの非現実の王国を作ったのが「現実逃避」ではなく「そこに住んでいるから」ということです。
とにかく愛して愛して、自分の中のあらゆる感情をこの非現実の王国に詰め込んでいった彼の純粋さが、映画の中でも描かれています。時にはそれが攻撃的だったり、奇異な行動にすらなるのですが、ちゃんと彼の人生と作品を追っていくと、それがたまらなく子供の幼さのような行動であることが分かります。
女の子ばっかり書くからロリコンのケもあるのかと思いきや、子供が大嫌いという面白い一面も垣間見えます。
とにかくこの「ヘンリー・ダーガー」という人物像が浮かび上がってくるごとに、どんどん人間として興味がわいてくる。そんな映像が続きます。
 

●ヴィヴィアンガールズの世界●

かつてからのヘンリー・ダーガーファンなら、動くヴィヴィアンガールズを見るだけでおなかいっぱい!
 
ヴィヴィアンガールズや他の少女たちがびっちりつまったダーガーの絵の世界は、コラージュやトレースを用いながら独自の色合いで(もちろん独学)構成されているのですが、その一枚の絵の情報量が半端じゃない。いろいろな角度から読めば読むほどおもしろみがまします。
それでいて、とても素朴で純粋な「楽しさ」「興奮」も入っていて、負と正のオーラがあふれまくり、びっちびちです。
時には内臓なども飛び出し、残虐なシーンも続きます。それが彼の攻撃なのか、トラウマなのかもわかりません。また、キリスト教に関する内容も多く、それが畏敬の念を抱く物であったり、時には呪ったりすらする不思議。
そんな二律背反な世界は、彼にとって「美しく」もあり「醜く」もあります。だからこそ、こよなく愛していたのだけは間違いありません。
彼は、写真を収集することで、絵を描きつづけることで、彼女たちを守ったのです。
 
この物語全部を読むことはたぶん無理でしょう。
ただ、これだけもう一つの世界を愛し、それを自分のためだけに一生涯かけて作った一人の男がいたことに、どうしようもない魅力を感じるのです。
 
にしても、彼が愛したもの、とだけとらえればいいものを、どうしても「なぜペニスがあるのか?」「なぜ残虐シーンがたくさんあるのか?」「ヴィヴィアンガールズは戦隊美少女なのか?」などの意味を求めてしまいたくなるのも、これまたどうしようもないこと。いくら考えても、答えはもう闇の中。いや、ヴィヴィアンガールズと永遠の旅にでたダーガーの中、ですね。
 
見終わったあと、ふと自分の存在と愛する物を問いたくなる、不思議でやさしいドキュメンタリー映画です。
ちょっとでも「ヘンリー・ダーガーってどんな人だろう?」「ヴィヴィアンガールズの世界に惹かれる」という人には、見やすいので超おすすめ。
 

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画集は高いけどおすすめ。
くわえて、映画のナレーションをやっているのがダコタ・ファニング嬢なんですが、これがまたキュートでね!
 
〜関連リンク〜
王国-誰にも知られず少女達の叙事詩を書き続けた画家