たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

たくさんのアリス達〜「アリス」という語が広げた、いくつかの視点〜

All Things Alice: The Wit, Wisdom and Wonderland of Lewis Carroll
Lewis Carroll Linda Sunshine
Clarkson Potter
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これを友人にプレゼントでもらったのですが。
いやーすっごいよ。352ページアリスでびっちり!

軽く鈍器です。
この量は何かというと、じつはテニエルとキャロルが描いたアリス絵だけではなく、世界中のありとあらゆる「アリス」を題材にした絵や絵画や写真のボリュームです。日本ももちろん入っています。ごっそり載せているから読み応え満点。
アリスコレクターならここから調べてそれぞれの本を集めるのに最適です。すっごいおすすめ。
 
はて、「アリス」という用語は世界中…特に日本ではものすごく特殊な扱いをされています。
またイメージとしての「アリス」は世界中で色々変幻自在に蠢いています。
いわば、アリスという名のモンスターが世界中にいるといっていいほど。
原作のアリスから離れ、肥大化していくアリス像。ひとつひとつをあげていくときりがないほど多様なのですが、今回はちょっとおおざっぱにその形態を、この本には載っていないオタク文化なども含めながら書いてみます。
 

●1、自分と同一化する少女としての「アリス」●

一般的に「アリス」と言われるとイメージされるのは、ディズニーのアニメ作品でしょう。
自分も重度なアリスマニアで、若い頃は「あんなのはアリスじゃない!」とかとんがっていたのですが、いやはやどうしてさすがというか、面白いよね。

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この作風の面白いところは、原作よりもはるかにアリスが身近な存在になっていること。かわいいんですよ。そして原作にあるようなわがままっぽさや気まぐれさも薄れていて、とても親しみやすい。観客の等身大にあるアリスです。
 
少女像を見る時に「全く手の届かない存在」にするか「身近な存在」にするかは大きな分かれ目ですが、特にアリスはその両方を持ち合わせた面白い存在です。幼い子供たちや女性が見て「かわいい!」と感じる要素がいっぱいあるんですよね。
水色の服にエプロンスカートのアリススタイルもすっかり定着。かわいらしい服の代名詞の一つになっています
 
世界中で描かれるアリスは、このアリススタイルに金髪がデフォルトのようになっていますが、もちろんその地方によって色々なアリスが描かれます。絵本だと黒髪のアリスも結構あります。
日本の場合は金髪のイメージが、海外文化へのあこがれとあいまって相当定着している感が強いですが、やはりそこにいるのは「等身大の少女」です。
ちょっとオタク文化の方に目を向けます。
ハートの国のアリス
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いきなり乙女ゲーですが。
プレイヤーはアリスになって、不思議の国をモチーフにした男性キャラたちとアドベンチャーを繰り広げます。
ただ、なにげに根っこの部分のアリス像は、ディズニーのそれと同じではないかと思うんです。というのも、世界を楽しむために自分をアリスに同一化させる仕組みになっているからです。
そもそも原作のアリス自体が、アリス・リデルにキャロルが聞かせたお話なわけで、観客がプレイヤーとなって世界を楽しむアリス像は極めて自然だと言えます。
 

●2、耽美と幻想のダークアリス●

おそらくオタク文化圏で猛烈に広がっているのはここだと思います。
日本でいうと多分金子国義の描いたアリスがその発端ではないかと思います。

金子国義アリスの画廊
金子 国義
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次に書く3にもかかわってきますが、非常にセクシャルなシーンが多く、かつなんだか影のある「笑わないアリス」を描きました。
同一化するアリスは世界を「楽しむ」のですが、こちらのアリスは世界を皮肉ります。
 
キャロルのアリスもその両面を持っていて、時々ひどくつまらないというようなことを語るシーンがあったりします。飽きっぽくて、気まぐれで、悪い言い方をすると幼くて高慢。この部分を濃縮していくと、とても「少女」の中の残虐性が引き立ってきます。
そうなると、不思議の国はどんどんスラップスティックで、見ていて気持ちの悪い物に早変わり。いらだちとヒステリックあふれる落ち着かない世界になります。
 
そこに世界中の人が目をつけました。
少女の中のアンヴィヴァレンツ(死と生・清純と汚濁・性と無機…)と、カオスあふれる世界観は、まさに「心」の表現にうってつけ。元来キャロルが描いていた世界にもその要素はあったのでしょうが、加速させてどんどん混沌を極めていきます。海外だと分かりやすいのはこのゲームかなと。日本の落ち着いた耽美感はないですが、ゴシックの中のエログロナンセンスが強い、ホラーゲームです。
実際プレイしてみると、確かにキャロルのアリスもこうなんじゃないかと感じるような引力を持ち合わせています。やはり「アリス」像の中には、不思議に心地よい残虐さが眠っているのは間違いないです。
 
歪みの国のアリス
こちらはケータイゲームかな?やったことないのですが、黒と赤の対比が魅力的なアリスワールドです。
アリス世界とホラーは相性がよいようで、特にゲームでは数多く登場しています。
女神転生シリーズでもほぼ毎回「アリス」は登場していますが、これはかわいい少女というよりも「恐ろしく哀しい少女」の印象が強め。そして敵に回すと恐怖、というのも特徴的です。
 
アリスそのものが持っていた残虐性が、「少女」という語が持つ独特の怖さと相乗効果を生み、死のにおい漂うアリスがモンスターのようにふくれあがっていきます。
シュールレアリズムな表現としても、アリスは秀逸な器でした。あの独特な世界観と、アリスの大人びた行動が、時にはグロテスクな心理描写をそのまま浮き彫りにしてくれます。
ヤン・シュヴァンクマイエルのアリスはその代表ですが、他にもアリスの名を冠して少女と暗い世界を描いた映画は数多くあります。
またアリスは人形の題材としても多く使われます。かわいらしいものも多いですが、こちらを貫くような強烈な視線を持つアリスもいます。
KATAN DOLL/カタンドール
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天野可淡のアリスはまるで、心をえぐって世界を憎むような目をしています。なのになぜか、見ていてほっとするのは、そのアリスが神経に棲んでいるから。
 
それにあわせて、耽美型のゴス文化でアリスファッションは広がります。特に「ゴスロリ」となるとアリスのイメージはどんぴしゃです。
ちょっと不機嫌で、色々なものが嫌いな「アリス」は、人の中のゆがんだ心を表現するのにもってこいの器です。
 

●3、セクシャルなイメージとしてのアリス●

さきほどの金子国義のアリスですが、金子氏が描いている数多くのアリスが、実は子供に見せられないくらいセクシャル。スカートをめくりあげると何もはいていない状態のアリスが、股をがばりと広げて女性器をあらわにしていたりします。日本でのアリスのセクシャルなイメージは、やはりこの人の影響が大きそうです。
昔から「アリス」の語にはセクシャルなイメージがつきまとっていました。ナボコフの「ロリータ」の語がロリコンという語を生んだように、「アリス」の語は少女性愛の匂いと強く結びつきます。有名なところだと「アリスくらぶ」「アリスの城」なんかはどんぴしゃですね。今でも「アリス」の語で検索すると、アダルト物がばんばん引っかかります。ロリータに続く、少女性イメージの代名詞になっているのです。
あとは沢渡朔氏の「少女アリス」

沢渡朔"少女アリス"1973(夜想「少女」より))
これが今手に入らないのはもったいなさすぎるくらいの美しく幻想的な、少女像をとことんまで追求した写真集です。
この作品が「少女美」と「少女エロス」を「アリス」の語と決定的に結びつけたと言ってもいいかもしれません。数多くの作家さん・漫画家さんに影響を与え、アリスの語感に強烈なセクシャルさを植え付け、発展させていきます。
エロマンガだと有名なのは、中村みずも先生。
黒のアリス
サイト名もアリス。とことんまでアリス像の持つダークさとエロティシズムを追求して描く作家さんです。個人的には同人誌の方のアリスをオススメ。
 
キャロルの撮った写真の微妙な後ろ暗さとエロティックさが、世界の人の心を刺激したのも確かです。

別にいやらしい意図だけで撮った写真では全然ないんですが(0とは言わないですが)、女の子達が不機嫌そうに横たわってる様子がやたらとエロティックなんです。
というのは、カメラのせい。長時間かかるカメラのため、被写体の少女達が飽きてしまうわけです。そのため不機嫌な顔になるんですが、それが功を奏して他に類のない「暗めで不機嫌な少女写真」が完成しました。
ほとんどが焼却されたというヌード写真のことなどを考えても、なんとなく「後ろめたい空気」がアリス世界に漂うのも当然…むしろ「その後ろめたさがいい」わけです。
 
ポルノ作品での「アリス」の語の扱いも多種多様ですが、「気が強くて手に負えないはねっかえり少女」として描かれる場合もあれば、「神聖不可侵にして手の届かない美しさをたたえた少女」になる場合もあります。それを「蹂躙する」こともあれば「蹂躙される」こともあります。
いずれにしても、成人男性とアリス…キャロルとアリスの関係は、本来そうではなかったはずでも、後世の視点では性的イメージが付与されがちなのは事実です。下世話ですねー。でも連想しちゃったものは仕方ない。
 

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その他にも「ひたすらにかわいいものとしてのぬいぐるみ少女」のイメージや、「サディスティックな少女」としてのイメージも付与されるアリス。100人いたら100通りのアリスがあるといっても過言ではないです。
そして今日も、世界中のアリスを求めて自分は旅に出ます。自分のアリスを探すために。
 

不思議の国のアリス・オリジナル(全2巻)
ルイス・キャロル 高橋 宏 Lewis Carroll
書籍情報社
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意外と「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」を読んだことがない人多いと思うので、大人になった今こそぜひ。
でもアリスは絵など、好きなところからはいっていい媒体だとも思います。魅力が多すぎるのよね。
 
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「少女」が形作るイメージに振り回されるのか、それを使って自己表現しているのか時々分からなくなります。
どちらでもいいとも、いっそ振り回してくれ。
あと、世界中のアリスが見たい人は、Hugo Strikes Back!さんを見るといいかもです。ものすごいアリスコレクターです。エログロ多め注意。
「黒博物館スプリンガルド」異聞に見る、19世紀少女写真の光と闇のジレンマ
コメント欄で言われて思い出したので追加。キャロルが美として撮ったヌード写真を焼き捨てたのにも色々な思惑があるのでしょうね。