たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「中野あずにゃんの憂鬱」と、ゆるさを維持する努力。

けいおん!第9話みたよー。
いやー、女子校っていいですよね。だって日常の光景で、

こんなに脚が見られるんだぜ!
なんてすばらしいんだろう・・・さわちゃんの気持ちが分かるぜ。
 
それはともかく、今回の展開、4コマ原作のゆるいノリを増幅させながら、一番見たかった物を描いてくれました。
 
ここの軽音部ってね、ゆるいじゃないですか。
バンド経験者なら「こんなで上手くならないよ!」と総突っ込みを入れるところですが、それを分かりながらこの作品を楽しんでいるわけですよ。そりゃ練習しないでだらだらすごして、上手くはならないですよ。ならないよ。
なのになぜ彼女らはそこそこ弾けるのかというと、裏で地味に練習をしているからに他なりません。あの唯でさえ・・・いや、唯こそ、毎日のように練習しているわけですよ。家でね。
 
音楽がテーマの作品では「努力」は重要な部分です。努力なくして成果は得られません。
しかし、本当にそうなのか?
唯は天才肌で、苦労を知らない子です。
しかしそれはただの甘えん坊というわけではありません。今までの8話を見てくればわかるように、彼女は努力を努力と思わない子なんですよね。
そして、黙々と練習するシーンはわざわざテレビに映す必要はない。それっぽいにおいが香っていればいい。
「楽しい」を維持する行動を、彼女たちは自然と取っているのです。
が。やっぱり最初に書いたように、「この部はだらしない」と見えるのは当然。実質だらしないです。外見上は。
 
新キャラの梓が投入されることにより、そのカウンターとして「楽しい」と「努力」と「なぜ演奏しているのか」を問うことになります。
 

あずにゃんの憂鬱●

今回の話、前半と後半で大きく視点が変わります。
梓が入ると言うことは、全員が「先輩」になるということ。
今までの「いじられ役の澪」とか「遊び人の唯」という構図が書き換わることでもあります。
前半は、梓視点でこの4人+さわちゃんを見る所から始まります。
 
梓は新歓の演奏に感動して入部しました。
なんて楽しそうな演奏をするんだろう。
なんて魅力的な演奏をするんだろう!
これから始まることへの興奮、演奏をこなす先輩達への憧れ、一緒に出来ることの喜び・・・。
そう。バンドを始める際の最初に興奮は、「これから何かが始まる!」という期待感です。
 
だがしかし。
その期待感と現実が異なるとき・・・たとえば「演奏の壁にあたってしまったとき」「お互いの興味がばらばらになってしまった時」「楽しさがドコにあるか分からなくなってしまった時」、バンド活動が生命を失うことはよくあること。そのまま自然消滅とかね。
「上手くなってライブやるんだ!」という上達の楽しみ。
「みんなで音楽やるのが楽しいんだよね!」という一体感の楽しみ。
「誰よりも売れたい、注目されたい」という野心的な楽しみ。
それぞれ、みんな大事なことです。
 
梓は、音楽がやりたくて入部しました。

みんなで練習して、一緒に演奏出来たら、どんなに楽しいんだろう!!
・・・って思っていたのに、現実に直面したのは「やる気のない部活」。
まあ実質、やる気はないように見えます。見えるよ。

舞台の上ではあんなに輝いていたけど、みんなだらだら遊んでばかり。
お菓子を食べて、遊びに出かけて、確かに楽しそうに仲良くしてるし、お菓子はおいしいけれども・・・、これは私のやりたいことなんだろうか?
 
逆に「毎日ぎりぎり必死になっているのが楽しいのか、大事なのか」と言われると彼女たちはそうは思っていないでしょう。
しかし「練習さぼって上手くならなくてもいいよ」と思っているかと言われたら、そんなことはありません。
つまり、「YES or NO」ではないんです。
 

●外に広がる希望?内に広がる楽しさ?●

前半は軽音部だらだらムードに梓があきれる、というギャグテンポですが、後半は一気に展開が変わります。
そりゃそうですよ。梓にとってみたら「だらだらした部活で3年間過ごしていいのか?」というのは彼女の一生に関わる問題ですらあります。そのくらい真剣なんです。
 
原作は・・・というかいわゆる「きらら空間」の作品は、内輪であることが多いです。外部に視線が広がりません。いえ、広げません。
それは中・高校生の視線だからです。大人の視線は外部と常に比較しながら見ていますが、中・高校生で大事なのは今この瞬間と、半径10mくらいの中にいる友人とのつながりなわけです。
しかし梓というキャラは、親がジャズバンドをやっている、という「外への視線」を知っているキャラなわけです。
つまり、唯の選択肢は「この軽音部」だけですが、梓の選択肢は無限にあるわけです。何も学校内でバンドやる必要なんてありません。年上の人と、もっと上手くて一生懸命な人とやればいい。
 
なにげにこのシーンは、自分はショックでした。
ショックを受けている自分にショックでした。
あんなに幸せでさ、楽しそうでさ、この空間を見ていたい、一緒にやりたい!と思っていたあの軽音部を、梓は否定しようとしたからです。
苦しんだり、悩んだりしながら。
そりゃそうです、練習しないんだもの、否定もします。
 
自分はこの軽音部を見ていたいです。この空間に浸っていたいです。でも音楽をやるなら別の所に行った方がいいのも分かってるし、澪や梓が掲示板に貼ってある連絡先に電話をかけて外バンする可能性があることだって・・・分かっているけど、それは、なぜだか、不安になって仕方ないじゃないですか。
でも梓は・・・小さい梓は、否定出来なかったんだよ。
 
梓は小さい。
背も小さいし、答えを求めようとする時の許容量も小さい。
ライブハウスでの彼女の姿は「希望」や「喜び」を見失い、「一体自分は何をしたかったのか分からない」という闇に戸惑う子羊でした。
一歩手を伸ばして、この大人の世界に踏み込んだら、きっと音楽は上手くなるだろう。
求めていた演奏に、出会えるだろう。
でも、自分はなぜ、どうして、つたないながらも楽しそうだったあの新歓ライブの演奏に惹かれたんだろう?

なんでこんなに、涙が出るんだろう。
 
先日もとりあげたこちらの記事がその解答の一つだと思います。
最近の「けいおん!」を見て思ったこととか - 好き好きほにゃらら超愛してる
この軽音部は、答えを一切出さないんですよね。
努力と根性、うん、いいかもね。
のんびりゆったり、うん、いいかもね。
だからといってどちらかにシフトしない。
 
軽音部は、細くて不安定で、でも確実に前につながっている一本の綱渡りをしています。
右に揺れて、努力の道に突き進むこともできる。左に揺れてのんびりの世界に墜ちることも出来る。
しかしそういう答えは求めません。
その綱の向こうにあるのは「みんなと楽しく演奏したい」という漠然としたものだけです。
梓が感じた「音楽の楽しさ」はそんな曖昧なものだったのではないかと思うのです。
 

●曖昧を保つ努力●

軽音部は、だらしないですが、ケンカや仲間割れをほとんどしません。
そもそも、本当にだらだら遊んでいるだけでワガママ放題だったら、逆にきしみが生まれることの方が多いです。
「仲良くまったり」と言うのは、想像以上に難しいんだなこれが。
 
彼女たちは「答えを出さない」ということ、そして「楽しい時間を保つ」ということのために、実は最大限の努力を払っています。
以前で言えば、学園祭の時の唯や律の、澪への気遣い。澪もあんなにいやがっていたのに人知れず練習をしていました。
 
梓はそれを知りません。でも感じてはいたのです。
なぜこの4人はこんなに仲良く、音を楽しんでいるんだろう、ということを。下手なのに、なんでこんなに生き生きした音になるんだろう、と。
求めていた物はそれ。でも「努力」の世界で残念ながら見いだせなかった。かといって本質の見えないこのダラダラ部で見いだせる自信もない。
彼女の涙は、それはもう・・・痛いほどわかるよ。
 
音楽ってとことん上手くなるためにはどうしても、ストイックに練習しなきゃいけないわけです。特に目標が「全国大会優勝」とかだったら、体育会系の勢いで怒声が飛び交います。
が、バンドってそもそも「なぜやるか?」と言えば、答えがあまりにもばらばら。楽しくやりたいの?プロ目指したいの?
答えってないんですよね。「バンドがやりたい」「音を楽しみたい」というすんごく曖昧なレクリエーションであることの方が多いでしょう。みんながプロになるわけじゃあない。
でも個々の考え方がバラバラなのは当然なので、ぶつかり合いは必ずうまれます。わかり合えないときは本当に辛いです。そして、解散を繰り返す・・・そんな苦い経験多いのではないでしょうか。
 
それが今回の梓ストームだったわけなんですが、・・・この子達は逆境に強いよね。
 
特にりっちゃん隊員。
彼女の器のでかさは半端じゃないよ!
どんな困難な事態があっても、彼女は最善の方向をいつも切り開いてくれる。いや!だらしないのも彼女なんですが、りっちゃんはしっかりと「みんなで楽しく音楽をやりたい」というビジョンを理解しているんですよ。
だから、梓の、下手したら生きるか死ぬかというくらいに悩んでいた苦しみも、一発で解決します。
彼女が何で苦しんでいるか分かっているから。
ほんと、君が部長で、よかった。
 
 
「答えがない」「内容がない」というのは、適当で出来ることではないです。逆にそれを維持するための影ながらの努力が必要になります。
律は特にそれを敏感に察知できる子です。唯は努力を努力と感じることなく、すべてを楽しむことが出来る子です。澪は軌道修正をしながら、ちゃんと甘えて息を抜くことも知っている子です。むぎは「これでいいのだ」とみんなに認識させてくれる子です。
本当にバランスいいですよね。一人でもかけたらだめだと思います。
 
梓は答えを見いだしたわけじゃありません。
そもそも「答え」なんてありません。
あるのは「この空間にいたいか、否か」です。
 

●先輩としての澪●

部長としてのりっちゃん隊員は先ほども書いたように、すごい重要なポイントで締めてくれました。
もう惚れるかと!
いや、惚れてるけど!
 
で、今回多大な成長を遂げたのは澪です。
今までは「歌うのやだ!」「恥ずかしい!」と逃げ腰キャラでしたが、今回は梓の気持ちを一番理解出来るお姉さんキャラになりました。
澪にとっても、梓の加入は大きいんですよね。自分がなぜこの部活にいるのかを再確認することとなったのではないかと。
 
いいなーと思ったのはこのカット。

澪が、梓の視線にあわせてさりげなく自分を合わせているところです。
唯は「楽しい友達ができた!」ですし、律は「先輩」という感触が強いのですが、澪はものすごく「理解してくれる人」の位置にいてくれるんですよね。
理解しようとしてくれている、というか。
 
二人がお互いを意識しているのが、ちょっとしたカットの合間に見え隠れするのが、なんだかうれしいです。
梓にとっても、澪のような先輩がいるのは心強いでしょう。澪にとっても、梓がいることで「自分のいる場所」を常に手ごたえを持ちながら歩くことになります。

流されることなく、梓のためにしっかり自分の意見を言えたのもよかった!
特にこのシーンは、澪にとって、梓にとって、重要だったと思います。二人の信頼関係を結んだ、大きな一歩です。
もう「寂しいから私も!」だけじゃないよ、今度は引っ張る立場だから!
 

 
夕日が逆光になっている音楽室。
この時間は永遠に続くわけじゃない。
でも、今この楽しい瞬間を、思う存分に楽しまないと!不安になっている暇なんて、ないよ。
 

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実は同じことは視聴者である自分達にも言えるわけで。
けいおん!」があと少しで終わる。
終わる日が必ず来る。
でもそんなこと悲しんでいる暇はないよ!
何が何でも、思う存分、毎週を楽しむよ!
・・・ってのがりっちゃん隊員や唯の維持している「楽しいを持続する力」へのリスペクトなんですが、ドウカナ?

だめだ・・・自分にはこのりっちゃん隊員ほどの思い切りっぷりが足りない!
りっちゃんのおでこなめたいです。