たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

マイノリティに対する「変」という言葉が、否定できないこともあるんだよ。「放浪息子 9巻」

志村貴子先生の、女装少年男装少女達の心の葛藤を描いた「放浪息子」も9巻まできました。
紆余曲折あってそりゃあもう一言で語り尽くせないので、興味のある方には「是非読んで!」と言いたい作品なのですが、今回9巻でちょっと気になった点だけ1ポイントピックアップしてみます。読んでない人でも何となく感じ取ってもらいたいなと。
 
オトコノコが女装する、というのは今となってはネタどころか萌え要素の一つと化して日本始まりすぎです。アイドルマスターDSの涼ちんちんのおかげでアイマスDS予約売り上げ順調に伸びてます!(ソース俺)。
しかし、女装少年がかわいい、というのはオタク文化圏や一部の人の趣味であって、実際には極めてマイノリティです。
学校に女装で通ったら、クラスメイトはどよめくでしょう。
校則をしっかり守っていたとしても、先生は困惑するでしょう。
「性差のない世界」とは言っても、性別は確実に存在するのです。
 

●「都合のいい世界」なんて●

主人公の二鳥君は、とてもきれいでかわいい顔をした少年です。
女の子になりたくて、女物の服に手を通します。かわいい姿になりたくて、女性の格好を真似ます。
それでちやほやされるわけでは決してありません。
「変」なのです。
 
まあ大人になれば気にしないでしょう。そういう人権も尊重しないとね、と分かるから。
親しい友人なら「なぜなのか」を考え、相手の気持ちを考え思いやるでしょう。

二鳥君の彼女?にあたるあんなちゃんが、どう接すればいいか分からず困惑するシーン。
いい子ですよ。だって色々悩みつつも、彼の趣味を尊重し、彼をどう守って助けてあげればいいか必死に考えているのですもの。
 
二鳥君はそういう意味では、非常に恵まれています。
まずきれいな容姿。同じ女装をしたいマコちゃんという少年は、そこまできれいな容姿ではないので二鳥君のようにはなれません。とても残酷ですがそうなのです。
次に、あんなちゃんや高槻君、佐々ちゃん、ちーちゃんなどのように、理解しようとしてくれる仲間がいること。これに関しては恵まれすぎと言っていい。
そして元男の美しい女性(あえて女性と言います)ユキさんとの出会い。
ケンカしつつもなんだなんだで客観的な怒りをぶつけてくれるお姉ちゃん。
二鳥君は極めて幸せです。
 
しかし、だからといって「女装っ子かわいいね最高だね」とはなりません。
かなりの度合いで許容されてはいるものの、はみ出している事には変わりないのです。
 

●女装は変ですか?●

女装が変なのかどうか。
大人は「変」とは言えないでしょう。それが相手を傷つけることを知っているならなおのこと。
自分も実際、その人がそれを望むのなら「変」だとは思いません。TPOを選ぶというのは男女ともども当たり前のことなので、それは選ばないと行けないですが、わきまえて望んで女装するのなら、むしろ勇気ある行動、自分の心に素直なすごい行動です。僕はチキンなので、女装じゃないけど「本当にしたいファッション」に挑めない弱虫です。
 
しかし子供ってのは残酷なもの。通常じゃないということは「変」なのです。

女装をした二鳥君を、遊びで教室から閉め出す男子。
女の子も「かわいそうでしょう!」ではないんですよね。「怒られても知らないよお」です。
二鳥君の女装趣味は変。無邪気にそう言い放っているのです。
 
二鳥君は強い子ですが、この後保健室登校をすることになります。
この下りがすごい淡々と描かれるのですが、あまりのことに読んでいて吐き気がします。
皆が避けて通る、女装をテーマにした作品に眠る現実は、こういうものなのでしょう。
マイノリティなものは、認められない。「変」なのです。
 
繰り返して書きますが、女装はTPOをわきまえ、その人がそれを望むなら「変」とか「悪」ではありません。
しかし子供達の世界においては、女装をする=普通ではない=変。
加えて、「変」な人は自分達より劣っているという見方をします。相対的に相手を低めることで、自分を高めます。
悪気はないんです。
ないけど、それは人の心を簡単に切り裂きます。
あいたた…(別の心の傷が開いたようです
 

●「変」だと言う子は酷い子なのか?●

上に引用した少年達の行為は「いじめ」と言っていいでしょう。少女が言うように、怒られるでしょう。
しかし志村貴子作品には「善悪」の線引きがほとんどありません。
「変だ」と言う子達は本当の意味での悪ではないのです。
 
これが端的に出ているのが、白井桃子、通称モモという癖っ毛の女の子です。
二鳥君の周りは基本的にいい子ばかり。みんな優しく二鳥君のことを理解しようとしてくれます。
しかしモモは、ちーちゃんという少女が好きな故に、二鳥君を断罪します。

「この人といっしょにいると、ちーちゃんまでへんな人みたく思われる」

デリカシーの欠片もない、二鳥君としては心臓がつぶれてしまいそうなくらい、きっつい言葉です。
基本的に自分の視点で、異性装をする二鳥君と高槻君を断罪するため、おそらくこのキャラに対して嫌悪感を抱く人も多いかもしれません。
仕方ないです。二鳥君視点だと「言い返しようがない」ことばかりを言ってきて、ただただ苦しいからです。
 
しかし、モモの言動って極めて「生」なんですよね。
気を遣ってのおべっかじゃない。相手のために自分の気持ちを押し殺さない。
誰よりも実は正直な子だったりします。
モモはちーちゃんが好きでしかたないわけですよ。だから「ちーちゃんが嫌な思いをするのがいやだ。」「女装をするあの子はなんだか変だと周りが言っているから、巻き込まれたくない。」とい、そのまま言っているだけです。

これは高槻君(女)が本気でモモに怒るシーンです。コマとセリフの位置が絶妙なので1Pまるまる引用。
彼女がこうやって本音を言えるのは、実は逆に考えればモモが正直にぶつかってくるからです。

「だからってなんでおまえなんかに責められなきゃならないんだよ」

高槻君の言うことはもっともです。
モモの存在は「おまえなんか」程度です。異性装する子たちの葛藤を描く作品だからそれでいいでしょう。
しかし、モモのような存在がいなければ、彼女たちの葛藤は希薄になったはず。むしろ先ほどのふざけてドアを閉めていじめる子達のようにからっと陰湿で、深く心に傷を負わせるさらにひどい事態になったはずです。
だからと言ってモモのセリフが完全に正しいとは言いませんが、彼女は彼女なりに一生懸命なのです。
 

●みんないっぱいいっぱいなんだよ●

モモは、嫌われ役でしょう。
読者は二鳥君や高槻君に感情移入するように描かれるのですから、当然です。かなり酷いこともばんばん言いますし。
しかし、モモだって必死なんです。

親友で慕いまくっているちーちゃんに叱責されるシーン。
誰だって「変」だって言われたくない。
好きな人と安泰に暮らしたい。
それを失いそうになったら慌てるのは当然のこと。
無論だからといって二鳥君を傷つけていいわけではありません。ただ、結果的にそうなってしまったのです。相手が別の人でも、モモは同じ事をしたでしょう。
みんな、必死なんです。わがままじゃなくて、必死で何も見えないんです。
 
あの高槻君でさえ、二鳥君の窮地に気づけませんでした。

佐々ちゃん(左)は非常にみんなに気配りが出来るすばらしい子なのですが、だからと言って全員カバーはできません。中学生だもの。
高槻君は男装をしているだけあって、二鳥君の苦悩をよく知っています。しかし彼女もまた自分の日々の悩みで、二鳥君のことまでは気が回りません
実際一番この作品で苦悩しているのは、リアルないじめにあっている二鳥君でしょう。
しかし幸せそうに見える子達も、みんな言葉に出来ない苦悩をしています。
苦悩と苦悩がぶつかるから、「変」と言って相手を簡単に傷つけてしまいます。
 
正直。モモは憎たらしかったです。
お前うざいよ、自分勝手だよ、人の心を踏みにじるなよ!とか思いました。ぶっちゃけ。
でも、仕方ないんです。モモもまた苦しいんです。「この人といると変に思われる」。そんな経験…自分もあるじゃないか。ひどいやつだ俺。
モモが最初嫌いだったのは、自分の過去をほじくり返されるからなんだと思いました。
だから志村作品は怖い。そして面白い。
 

今回はモモ視点でしたが、お姉ちゃん視点で読むとかなり今回は面白いんじゃないかと思います。
あと、この作品やっぱり怖い。自分は女装趣味じゃないですが、ロリコンです。最近は堂々としていますが、「変」って言われるとやはり怖いです。マイノリティである自覚はあります。今後どうすればいいんだろうと悩みます。
今は女装していてかわいいから幸せだけど、二鳥君は将来どうするの?その問いはそのまんま自分に跳ね返ってきます。
あなたは、どうするの?
もちろん、単に自分を高める自己満足や冗談の為に人の心を踏みにじる人は大嫌いです。
しかし、みんなにちやほや守られた温室よりも、モモみたいに本気で「変」ってぶつかってきてくれる人がいたほうが、もしかしたら若い頃は幸せなのかもですね。