たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

私たちはいつだって、お互いの距離感が分からないまま暮らしてる。「ばもら!」

「フットサルマンガ」と書いてあったので、女の子達の熱いスポーツを描いた作品なのかなーと思ってましたよ。ええ、思ってましたとも。走って球を追いかけて蹴るんだなと。
とんでもない! なんて釣りだよ!
これは「部活」というつながりの形式を通して描いた、ディスコミュニケーションに苦しむ少女達のお話じゃあないか。
先にもう宣言しておきます。
ぼくはこのマンガを普通に読むのが辛い。
以下、ちょっと感情的な話が増えると思います。
 

●「私は人の空気を読まなきゃいけないんだ」病な二人●

この作品、表紙の二人が中心になって物語が展開されます。

右の明るくてイマドキっぽい、明るい感じの子が久米さん。
左のぶっきらぼうなのが、釜崎さん。
 
恐ろしいコマですね。
二人の今いる環境そのものですよ、この光と影。
久米さんは「明るくいよう」「みんなと仲良く楽しくすごそう」と全身全霊を尽くして精一杯楽しく生きるための努力をします。
釜崎さんは色々なトラウマチックな出来事のせいもあって、誰とも関わらないようにしようとひっそり暮らしています。
二人とも「空気を読まなければ」と必死なんです。
ベクトルは、正反対。
 

●私は臆病だから。●

先に釜崎さんを見てみます。
人と接する機会が少ないと、いくらケンカ口調で気が強いフリをして見せても、いつも怖いんですよ。
自分は加害者になっているんじゃないか、場の空気を白けさせているんじゃないか?
絶望先生的に言うところの「加害妄想」です。

みんなが遊んでいる時に、「みんなと遊んだ経験がない」釜崎はこう考えてしまうんです。
そもそも遊びでしょ? 遊びって失敗したり、勝ったり負けたり、本気になって相手を負かそうと頑張ったりすることで楽しいわけですよ。スポーツにしろゲームにしろ。
しかし、人付き合いの距離が分からないと、その加減が全く理解出来ないんです。
何が怖いかって?
周りのみんなの空気を白けさせることだよ。
 
人が嫌い。
みんなで群れる奴らなんて、弱いやつだ。
大嫌いだ。
そう思ったこともある。思って実際一人でいることが多いことだってある。
でも誰よりも「白けさせたくない」「嫌な顔されたくない」と怖いんだよ!
誰よりも、嫌われるのが、怖いんだよ。
 
クラスのみんなと距離を取る方法を忘れてしまって、そのまま「私は一人でいいんだよ」と言ってしまったことをどれだけ悔やんだことか。
自分が高校時代、そうやって人と距離を置いていたからなおのことこれは痛い。見ていて苦しくて仕方ない。
「釜崎、そうじゃないよ、そこはもっと普通でいいんだよ!」と見ていて歯がゆくて仕方ないんですが、そもそも普通って何さ。
お前は普通が出来なくて、逃げたんじゃないか。

コマの流れと心の動きがあまりにも痛々しいので引用。
元気で明るいクラスメイト達、その渦の中心にいる人気者の久米。
自分はその久米と仲良くなりたいと思った。
だけど見てみろよ。
私は、輪の外の人間じゃないか。
下段の釜崎の顔と、残酷なほどに明るい空が心に刺さります。
 
臆病。
それは認めたくない。分かっているけど、認めてもどうすればいいのか本当にわからない。
だからクールを気取ってみて。
気取った分だけ人は離れて。
自分の心はさらに傷ついて。
いつしか、人と自分の間には壁が出来るんだ。自分で作った、ベルリンの壁よりもやっかいな壁が。
 
しかし久米はほいほいっとその壁を乗り越えてくるわけですよ。
彼女にしてみたら「誰かに声をかけられる」というファーストインプレッションです。未知との遭遇です。
好きになるでしょ? その子が「はじめての友人」なんだもの!
私の壁を越えてくる友人が出来た! 私、この友人と仲良くしていくんだ!
 
でもね。
「私に優しい人」は、「みんなに優しい」んだよ。
それを知ったときの落胆っぷりは恐怖にも近い物があります。ああ、これは「私への本心」とは限らないんだ。

人生を変える出来事レベルの必死な思いで書いた物を久米に渡そうとする釜崎。久米はきっと笑ってくれる、喜んでくれる。そう思って何時間もずっと考えていた大切な大切な一枚です。
私と、久米とのつながり!
しかし世界は二人の物じゃない。自分には久米しかいないけど、久米にはたくさん他の仲間がいる。
私は…なんだ? 道化か?
いや、世界が残酷なんじゃない。
私が、臆病なんだ。
 
釜崎のこころは、あまり見ていて自分にシンクロしすぎて、苦しいです。読んでいて辛いです。
しかし彼女は確実に救われるはずです。だって「一人きり」の世界からまずは二人、そして少しずつ人を周囲に増やしているのですもの。
周りに本当にゆっくりと人が増え、ぎこちないながらも言葉を必死に吐き出すんですよ! 彼女の姿は、1コマ1コマ見ていて、「がんばれ、踏み出せ!」と他人事じゃないように力が入ってしまいます。

愛想がなかった彼女が、赤面しながら一歩ずつ進む様は本当にかわいいです。
かわいい以上に「よかった、本当によかった!」とガッツポーズを取りたくなります。
照れてもいい、恥ずかしくてもいい。君はそのまま、前に進めばいい。
 

●明るい私は本物なんだろうか●

一方自分が心配なのは久米の方だったりします。
成績優秀、美しい顔立ちとスタイル、全員に声をかける優しさ、抜群の運動神経。
先生も生徒も、誰もが「久米」という存在を愛し、大切にします。誰にも嫌われないのです。みんなのことを気にかけているのが分かっているから。好かれてイヤな人なんていないんです。

読み始めると、彼女の太陽っぷりを釜崎の目から見ることになるので、そりゃあもう眩しいですよ!
釜崎みたいに友人がいなかった人間じゃなくても、この子を嫌いになれないですよ。この子と仲良くなりたい、友達になりたい、って思いますよ。
両手を挙げて「久米はいい子だ」と言っていい。間違いない。
…本当か?
 
釜崎は人の空気を読むのが苦手すぎて、人と距離を置きました。
久米は人の空気を読む能力が異常に秀ですぎています。

誰もが気にしないことでも、アンテナを立てて機敏に反応します。
みんなが喜ぶための最善の策を、どうどうと胸を張って言います。
しかしそれは彼女の「能力」ではありません。とにかく神経をとがらせ、寝る間も多大な労力も惜しまず注いで、みんなの空気を「読もうとしている」んです。
 
人のために空気を読んで何かしてあげようとする思いは、かけがえのない大切なものです。だから久米は間違いなく「いい子」です。在に釜崎はそれで救われているわけですし。
しかし彼女は人を立てるために、自分を犠牲にしすぎています。
全員を平均的に立てるために、優劣も付けないよう気を配ります。それはひいては、自分を下に下げることに他なりません。私は、あとでいいよ、トップに立たなくていいよと。
だから彼女は、勝負事が出来ないのです。
 
先ほどの「遊び」における釜崎の加害妄想と実は対になっています。
久米は、何か勝負事があると全力を出し切りません。出し切れない、出し切らない。
だって、自分が勝つよりうまい具合に負けた方が、その場が保たれるから。
結局、優等生久米も空気を読みすぎるが故に、「本気」ではないのです。
 
自分はこれがものすごく心配です。
釜崎の壁は周囲と自分が壊すことができます。一人で壊さなくてもいいのです。
しかし久米は人を惹きつけているようで、ものすごく壁ができているんですよね。「はりぼてになった自分」という壁を。
これは自分から壊すか、大人が気づくかしないとそうそう壊れません。壊さないまま大人になる人もたくさんいます。壊さなくてもいいのがまたミソで、本当の自分を出さずにそのまま処世術にすることもできるわけです。というか今の彼女の処世術なわけです。
ただ、彼女の「自分」がパンクしないかどうかは、今の時点では読めないのが恐ろしいのです。
 
もう一度先ほどのコマを引用します。

光の中の久米。闇の中の釜崎。
闇から光に釜崎は引き上げられました。
久米は、この光に見える空間を本当に光だと感じているんだろうか?
どうも、天然で明るい引力を持った本当の太陽に、自分には見えないのです。
 

●人間関係に答えはない●

この「ばもら!」という作品、フットサルというスポーツマンガの皮を被った化け物です。少なくとも自分は釜崎の「人間の距離感を取る苦手さ」や、久米の「勝負事が苦手」という面があまりにも強烈すぎて、いい話なのに、明るい話なのに平常心で読めませんでした。
フットサル自体もほとんどしていません。おそらくフットサルは「男女共に出来るスポーツ」として、たくさんの登場人物を結びつけるためのアイテムに近いんだと思います。その分、ものすごい分量が細かい心理描写に割かれています。
人と人の「空気を読む」なんて大人になってもなかなか出来ないよ。というか大人になったら「空気を読む」という必要がない状況がきちんと分かるようになるし、「読もうとする努力」と「読まないで済む相手」が整理出来るようになります。
でも高校生の頃はそれが一番分からないのです。
好き。嫌い。その二つしかない。
人に嫌われたくないから明るく振る舞ったり、人に嫌われたくないから最初から離れていたり。
地球が滅びるよりも、クラスのみんなに嫌われる方が怖いんです。
 
これが久米と釜崎の二人きりだったら、成長しなかったでしょう。
しかし周囲には個性的な人々がどんどん集まってきます。
なんとか、打破してください。お願いだから。
きっと打破する際、本当に辛いことは山ほどあると思うけれども。打破してあげてください。
青い空が残酷に見えないように。
 

フットサルがいざ本格的にはじまったら久米がどういう行動を取るかが一番注目すべきところなんじゃないかとも思っています。音楽もスポーツもそうですが、一人じゃなくみんなでやるものがあるとき、必ず軋轢や問題は生じるわけで。トラブルを乗り越えられる強い子だとは思いますが。
それにまだ、久米は釜崎をどう思っているのか、読めません。読めなさすぎるんです。
 
よしみるくのWEBコミック
作者サイト。「クールな女の子」が最高に面白いので、是非!(情報ありがとうございます!
 
人の距離感が分からなかった子達の成長物語だと、最近だとやはり「空色動画」が白眉だと思います。
空色動画 1 (シリウスコミックス) 空色動画 2 (シリウスコミックス) 空色動画 3 (シリウスコミックス)
いいか!アニメに限界なんてないんだぜ!「空色動画」
わたしたちが動くから、アニメは動くんだぜ!「空色動画」2巻
待ってろ、次に動くのはこっちの番だぜ!「空色動画」3巻

人との関係を取るのが苦手なヤスキチと、クラスのトップにいるようなジョンとノンタ。最初は「私はそんな人達と仲良くなれるわけがない」という時点からスタートし、疾走感と共に「アニメすげえよ!動くんだよ!」という感動を共にしていくのが最高に気持ちいいです。そう感じるのは、ちゃんとジョンとノンタの苦悩も、本当にこっそりですが描かれているから。
苦労していない子なんて、いないんだよ。