たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

わたしたちともだちだから、今死にたいですね。「ともだち同盟」を読んで悶々としてほしい。

森田季節先生という作家さんがいます。

ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート」は一目惚れでした。だって少女にギターだよ!? 買うに決まってるじゃん。
このへんがラノベのいいところですね。絵から入って本編読んで惚れ込む。いいループです。
 
その森田季節先生が一般単行本に行ったと聞いてびっくり。
ともだち同盟
ともだち同盟
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森田 季節
角川書店(角川グループパブリッシング)
売り上げランキング: 6653
表紙がすげーのでちょっと大きめに。
無論、ラノベではないので中身にイラストはありません。表紙イラストはシライシユウコさん。
なぜラノベじゃなくて一般書なんだろう?と思いつつ手に取りました。そして、読み終わって納得。
ああ、これはラノベとか一般書とかそういうジャンル分けをする作品じゃなくて「森田季節」という作品なんだなあと。
そしてこいつぁ、ジュブナイルファンタジーの皮をかぶった毒薬だ。
正直、読後の引きずりっぷりが半端じゃない。
 
あ、表紙に惹かれて本作に興味を持った方、帯の後ろは読まない方がいいです。
表紙のままカウンターにもっていくか、通販でポチっとするかがいいです。裏表紙帯に割とでかいネタバレがあります。ネタバレ上等の人はむしろそこを読んでから、読み始めるのもいいかもしれません。
それでいて! 帯は読み終わるまで外さない方がいいです。
折り返し部分にもイラストがあるのですが、これがなんなのかが読後にわかる仕組み。帯で隠れているので、読後に見てモヤモヤしてください。
そんなわけで、極力ネタバレを避けつつ「この作品の何がすごいのか」を書いてみようと思います。

 

●エキセントリックな少女、千里●

「今、死にたいですね」

これは冒頭にある少女千里の言葉です。
非常ーにこのへん、ラノベ的ですよね。っていう言い方変ですが、ほらよくいるじゃないですか、ヒロインがダイナミックすぎてエキセントリックすぎて、どこまで本音かよく分からないような子。それに突き動かされてへろへろ付いて行っちゃう少年。
と同時に、この言葉に妙に引っかかる人もいると思うんですよ。
本当に死にたいの? 死にたい人ってそんなこと言わないよね、と。
そう、まったくもってそのとおり。苦しんで死にたい人が言うセリフじゃないんです。
 
少女千里はとにかく感情が割とすっぽり抜け落ちたような子として描写されています。怒らない。泣かない。ただ「楽しいですね」「面白いですね」「死にたいですね」と言葉をぽんぽん吐き出す、というとなんとなくこの「死にたいですね」の意味、分かるでしょうか。
「うわー、楽しいー、しあわせー、ここで死んでもいいー!」に近いようで、ちょっと遠い。
というのも、この千里という少女、一言一言でとにかくえげつなく毒を吐くんですよ。

「たとえば毎日舌を1ミリずつ切り取って、からしのたくさんついた豚まんを食べてもらうとか」
「断ったら、指を骨が見えるまであぶってあげますから」
「手作りのサラダにガラス片をたくさん混入させて、それを食べさせてあげたいです」
「タンスの角に頭をぶつけて脳内出血で死んでしまいなさい」

こんな感じで、どこまで冗談なのか分からないセリフを呼吸をするように吐き出します。
 
あんまりにも極端なセリフが多い上に、「○○ですね」「〇〇してもらいます」と「ですます調」でしゃべる千里はものっすごい浮世離れしています。
なので読み始めて自分も、あれ、なんだかラノベのヒロインみたいだなあ、と漠然と考えていました。
まーどこまでがラノベ、ってのは本当に分からないんですが、少なくともリアリティのある少女じゃないぞと。
 
しかし、途中からもう一人の、こちらは極めて生身の血の通った、体温すら感じるリアルな学生らしい少女朝日が出てくることで話が一転します。
朝日、メインヒロインなのにかなり読み進まないと出てこないので、ほんと最初は読んでいて千里のトンチンカンさに振り回されるんですが、朝日が猛烈にマジョリティとしてのカウンターを撃って来るんですよ。
あの子はおかしい。
あの子の言っていることは冗談みたいだけどすべて本当に出来ることなんだと。突拍子もないことに見えるけど、やろうと思えばできるリアルなんだと。
この作品がある部分においてファンタジーでありながらも、ある部分において全て現実なのではないかと感じさせるのは、朝日の視点が極めて冷静で生々しいからです。
千里のキャラクターの不自然さに対して、きちんと「不自然だ」と言う人間が存在するんですよ。
 

●ともだち同盟●

ここで朝日と千里の関係がピックアップされます。題名にもある「ともだち同盟」です。
「ともだち同盟」とは、二人が結んだ不可思議な約束のようなものです。

ひとつ。けっして、お互いの秘密をばらさないこと。
ふたつ。けっして、ウソをつかないこと。
もし、言ったら、とてもひどい罰があたる

この輪の中に、少年弥刀(みと)が入り込みます。
3人は「ともだち」として非常に奇妙な、しかし幸せなバランスを保って過ごしていました。
 
しかし、ともだちって一体なんなんだろう?
恋愛以上に複雑で、怪奇な関係じゃないか。
千里はとてもマイペースです。それこそ「今、死にたいですね」なんですよ。幸せなんでしょう。
朝日はむしろ「ともだち同盟」の規約に怯えている感すらあります。それでも手をつなぐし、仲良しっぽいことは間違いないのですが。
弥刀はというと、このいまの3人の関係を崩したくない、ともだち同盟が作る安定感をそのままにしたい、と考えて一番安全な策を取り続けます。
極めて奇妙な関係。なぜこんなことになったのかは、読んでいけば分かります。
それは幸せでもあり、辛さでもあります。一本違いたぁ皮肉だね。
しかし、この幸せが崩れるのもまた、簡単なことです。
9割の水の入ったコップを満タンにするよりひっくり返して0にするほうが簡単、なんて表現がありましたがまさにそのとおり。「ともだち同盟」という呪縛だけ残して、物語は中盤から一気にひっくり返ります。
 
このひっくり返り方も少々浮世離れしており、どこまでが本気なのかはわかりません。
しかし重大なのはそこじゃないんですよ。本当かどうかはどうでもいい。
そこにいる3人の思いが一体なんなのかが重要になってきます。
物語が進むにつれて、朝日と千里と弥刀の気持ちがどんどん赤裸々になっていきます。
ここが、この作品の毒です。毒といっても嫌がらせではありません。人間のかぶっている皮を剥がしただけです。
しかし皮を剥がされてむき出しになった状態はヒリヒリと痛い。
青春ってそんなもんさ、なんて甘い言葉でごまかせない。むしろ少年少女たちのこの痛みは、大人に跳ね返ってきます。
「けっして、ウソをつかないこと」
本当とウソの境界線ってどこなの?
ともだちと、そうじゃない関係の境界線って、どこなの?
 

トリスタンとイゾルデ

トリスタンとイゾルデ - Wikipedia
この話には「トリスタンとイゾルデ」の物語がモチーフとして用いられています。
つまり、友情物語だけではない、男性と女性という存在があったとき、そこに発生してしまう「恋愛」は避けて通れないよと。
しかも、結構ぎりぎりのラインまで、性欲についても触れます。性欲というよりも、不安からの逃避としての性、でしょうか。
 
実際にはどのような性が描かれるかは読んでもらうべきなのでここでは書きません。
ただし、間違いなく読み終わった後に「それはおかしい」という声と「いや、ありだろう」という声の真っ二つに分かれると思います。
この作品、賛否両論起きるのを分かって、その問題に踏み込んでいます。
ちなみに、自分はこの作品の結末については「是」です。
是とはいっても、「正しいか?」と言われると悩みますが。
 
物語の展開の一部は、ファンタジー的要素も含まれます。
しかしそれがファンタジーに見えないんですよ。朝日の持っている感情があまりにも生々しくて、ありえないことが起きているはずなのに、中高生が教室で悶々と悩んでいるのと同じ状態に感じられます。シチュエーションが違うだけなんです。
千里は朝日が好きでした。だから「ともだち同盟」を作りました。
じゃあ朝日は?
トリスタンとイゾルデ」では媚薬が登場しますが、それは本当に媚薬だったのだろうか?
恋愛とか、友情とか、色々人間関係を表す言葉はありますが、一番カタチにされるべき人間関係の根幹は誰がどうやって決め、選ぶのか?
読み終わった後、強烈なまでに共感してしまうか、自分の信念と異なる彼らに猛烈に苛立を覚えるか。
作者は読者に対してあえて「ともだち同盟」の「ともだち」の意味を変化球でぶつけてきます。
きれいな解答は与えてくれない。生きることに、人間関係に「意味」を求める人間は正しいのか?
 

JR西日本山陽電鉄南海電鉄神戸電鉄

この作品、最初から最後まで鉄道が重要な舞台になっています。
無論、鉄道の知識がなくても読むことの出来る作品なのですが、鉄道の仕組みが一つのヒントになっているトリックがまた面白い。
トリックとはいっても、ミステリー作品ではないのでおまけ要素のようなものなんですが、わかったとき解けていく計算された組み立て方は見事なもの。
 
加えて、千里の趣味が田舎の無人駅を訪れてなにもせずに帰ってくることというのが素晴らしいですね。
鉄道とは不思議な乗り物ですよ。
線路があればその道をそれて走ることは決して無い。線路のままに目的地に向かい、不安から開放される。
時間通りに動くから、時間通りに乗れば良い。逆に乗り過ごしてしまえば、二度と「その電車」に乗ることはできない。
だから、自分の選んだ電車に乗ろう。
その行き先に意味を求めるか求めないかは、その人次第だ。
 

ともだち同盟
ともだち同盟
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森田 季節
角川書店(角川グループパブリッシング)
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桜庭一樹先生をはじめ、少年少女の、人間の生の精神を描く作家さんにはとんでもない人が多いですね。
森田季節先生の描く、ラノベや一般書の枠にとらわれない、彼ら・彼女らの答えも出口もない世界をもっと読みたいです。
あえて蛇足的に言うと、ラノベで出しても売れる本だとは思いますが、この本は表紙と折り返しのイラストだけで十分、本文にイラストのいらない、むしろない方が形にならない人の心をたたき出すタイプの作品なので一般書なのは正解じゃないかなと思いました。*1
逆にラノベが苦手な人だと、前半の千里のエキセントリックな言葉の数々に困惑するかもしれませんが、多分朝日の出現によってすぐ慣れると思います。
 
にしても、千里、弥刀、朝日と、主人公3人の名前も駅から取っているあたり……やってくれおるわー。千里のたどった電車経路をたどって鈍行で旅したくなります。
 
関連・森田電鉄
ともだち同盟: 書籍: 森田季節 | 角川書店・角川グループ
-ULI-

*1:表紙の千里の手に注目!これだけで十二分!