たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

頑張ってもうまくいかない、私たちのディスコミュニケーション「ばもら!」2巻

自分ね。だめなんすわ。
ばもら!」は精神的に一番きっついところにニードル刺してくる上に、ちゃんとカタルシスとして昇華してくれるんだもん。
もう、ばかっ、天丼屋でこれ読みながら泣いたじゃねえかちくしょう!
天丼の味覚えてないよ!
くそう、くそう……ありがとう、長田先生すごい作品をありがとう!!
 
もうだめです、落ち着いて「レビュー」とか「感想」なんて書けんわい。
感情殴り書きします。
 

●光の少女、影の少女●

私たちはいつだって、お互いの距離感が分からないまま暮らしてる。「ばもら!」
以前も書いたように、この作品はディスコミュニケーションに苦しむ少女達のお話です。

一人は、なかなか心を開くことが出来ず人と関わるのを嫌っていた少女、釜崎さん。通称釜ちゃん。
一巻では彼女、空気を読み過ぎて何も出来ない状態になっているのを読むことが出来ます。それは二巻でも同じ。やはり「人と仲良くしたい」という思いが強烈に強い反面、どう接すればいいのかぜんっぜん分からないので「拒絶」という、いわば影の行動をとり続けていた子です。
見ていて「痛々しい」と言葉にするのは簡単なんですが、釜ちゃんのは痛々しいとかを遙かに飛び越えているんですよ。
もう見ていて吐きそう。
そうなんだよ、分かんない人もいるかもしれませんが、たとえば。
教室の中で友達作るタイミングをミスして、誰も友達がいなくなってしまった日々とか。
仲良くなりたい友達が他の人と仲良くて「一緒に遊ぼう」と言えず背中を向けた瞬間とか。
そんな苦い思いの塊みたいにして生きてきた子なんです。だめだ、もう見ていて辛い。辛いからこそ見ていたいアンヴィヴァレンツ。
 

逆に「すげー明るい人気者」が久米さん、通称久米ちゃんです。
誰のテリトリーにでもすいーっと入って行って声をかけることができるし、みんながニコニコしている空間作りのためなら尽力できる。いわゆる「空気の読めるいい子」。
当然のように彼女の周りには輪が出来、笑顔は絶えません。
そりゃあもうステキに楽しい子、見ていても心地いい子。誰も友達のいなかった釜ちゃんは久米ちゃんによって引き上げられ、フットサル部という空間で笑顔を見せるようになります。
しかし、個人的には釜ちゃんより久米ちゃんの方がぼくは怖い。
 

●加害妄想、釜ちゃん●

彼女は前回も書きましたが、絶望先生でいうところの「加害妄想」家です。
私がそんなことしてしまうなんて申し訳ない。
私がみんなの迷惑かけるなんてだめだ。
私なんて何の役にも立たないし居場所がないんだ。
私なんて。

ばもら!」という作品はこのように、一コマではなく連続するコマをつかって感情を時間の流れと共に繊細に描写する作品なので、ちょっとまとめて引用します。
フットサル部の少女達がユニフォームをもらっているとき、釜ちゃんも浮き足立ちかけるのです。
自分では言えないけど、大好きな久米やみんなとおそろいのユニフォームを着られるなんて!
人の絆は形じゃないなんていうけどさ、形ってすごい大事じゃん。みんなと着たユニフォーム、大事じゃん!だから嬉しいって、私ももらえるんだって!
しかし、ふっと気づきます。あ、私なんてもらえるわけないんじゃない? 素人だし、試合に出られるわけもない私がもらえるなんて、なんてこと考えてるんだろう。恥ずかしいと。
 
そうなんです、釜ちゃん自分への過小評価がものすごい激しいんですよ。
冷静に読んでいたら「若いなあ、そんなことないよ」と言えるかもしれませんが、自分は言えない。
だって、やっぱりこういう瞬間あるもの。
自分なんか、そうだよな、何やってるんだろ、恥ずかしいよ。
泣きそうになります。いえ、トイレで泣きます。
そして、ふと開きそうになった人間の輪を「やっぱり友達なんていなくてもよかったんだ」と閉じてしまう。
閉じちゃうよ何もかも。
 
でもね、寂しいんだよ。
一度、みんなと仲良くすることを知った後、それを捨てて今まで通り後ろを向くことなんて出来ない。
じゃあみんなと仲良くするため踏み出すの? それも恥ずかしい。怖い。
どうすればいいか、さっぱり分からない。
 
だからこそ、そのバリアをやすやすと破って踏み込んできてくれる久米ちゃんが好きで仕方なくなってしまって、周りが見えなくなるのもわかります。
恋じゃないんだよ。彼女は久米ちゃんと仲良くすることしか分からないんだよ。

フットサルの話をしているときに「久米の役に立ちたい」なんて言ったらまあ、鼻で笑われちゃうよね。そんだけなの、その程度なのと。
でも違うのよ。これが彼女の、精一杯の本心なんですよ。自分に仲良くしてくれる久米が好きで、仲良くしたいんですよ。
それしか、ないから。*1
 
彼女が一歩進むには、「世界はそれだけじゃないんだよ」と叩き破ってくれる人がいないとだめなんだ。
一巻では「私に優しい人」は「みんなに優しい」ということを思い知って釜ちゃんは悩みます。
悪いのは久米ちゃんじゃない。悪いのは世界じゃない。
自分が臆病で、弱くて、何も出来ないから……だからせめて……。
負の連鎖は、自分だけではどうにもならない。
 
あれ?
久米に私迷惑かけてる?
みんなに迷惑かけてる?
私、なんでここにいるの?

どうしよう、どうすればいいかわからない。
私が、私が、迷惑を……みんなに迷惑を……いるだけで……。
 

●みんなが仲良くして欲しいから●

釜ちゃんの苦しみは、久米ちゃんが思いっきり大胆に破ってくれます。
「いいよ、一緒に楽しもうよ!」と。

自分ではどうにもならないことを突き抜いてくれる久米ちゃんはみんなの人気者。
そして、釜ちゃんは久米ちゃんのそのパワーに依存しています。
だからこうやって「一緒に」「楽しく」と言われて嬉しいんです。
私も一緒にみんなと楽しんでいいんだ!
 
しかし、いびつなんです。
この上のコマ見て下さい。明るいですね。楽しそうですね。
本当にそうか?
 
一巻では比較的釜ちゃん視点が多かったため「人気者で気配りの出来る久米ちゃん」像が描かれていたのですが、多分その時点で多くの人が気づいていたと思います。
久米ちゃんの気配りは、腫れ物にさわるようだと。
みんなで仲良く。みんなで楽しく。
そんな子が試合事に向くんだろうか?
「誰も傷つかなければいい」「私が傷つけばいい」

自分が吐きそうになったその2。
ゴレイロというゴールキーパーみたいなポジションがあるんですが、ここが誰もやりたがらない。じゃあどうする?みんなギスギスして雰囲気悪いけどどうする?
「じゃあ、わ、私が。」
久米はそういう子なんです。
 
みんなが笑ってくれるなら、私は引こう。
みんなが楽しいって思ってくれるなら、私は演じよう。
みんなが嫌がるなら、私がやろう。
 
久米ちゃん。
君、「自分」がないんじゃないか。
 
信じて疑わなかった。
みんながニコニコ楽しく出来るって信じてた。
でもスポーツの試合でそんなことはあり得ない。
釜ちゃんよりも、久米ちゃんの傷の方が遙かに深い。
このままだったら、きっと、久米ちゃんは壊れてしまうよ。
だって、……自分も同じ経験あるもん、だめだよ、久米ちゃん、そのままじゃつぶれちゃうよ。
 

●STRIKES●

久米ちゃんと釜ちゃんの世界は非常にクローズドです。
釜ちゃんは久米ちゃんがいないと、いつもひとりぼっちです。
久米ちゃんは友達が多いですが、それはこの学校内だけの話で、道化を演じている「一部の人気者」であるにすぎません。
光と影のような二人ですが、大きな目で見たら二人とも視野は同じなんです。
それを誰かがやぶらないといけない。
 
やぶってくれた一人目は、釜ちゃんの天敵ともいえる油梨木でした。

普段から油梨木は釜ちゃんが大嫌いで、常に嫌悪の目を向けます。
しかし、真っ向から喧嘩してくれるって実はものすごく真っ正直なんですよね。
確かにマンガの作中では、嫌われ役状態の油梨木さん。特に一巻ではその傾向が強かったですが、二巻になってからがらっとかわります。

そう、彼女は一生懸命なだけなんだ。必死なんだ。
釜ちゃんの視野の狭さも、久米ちゃんの視野の狭さも分かってるからはっきり言うんだよ。
言ってくれるんだよ。
様々な人達、うん、久米ちゃん以外の人達の助言によって、釜ちゃんはたくさんのことに気づき始めます。
そして油梨木がどうしてぶつかってくるかも、分かるようになるんです。

釜ちゃんだって、油梨木がただ嫌いなわけじゃない。
いや、嫌いだけど、嫌いだけど。
嫌いじゃないよ。
 
もう一人、強烈に飛び込んできて釜ちゃんと久米ちゃんの心の壁をぶちやぶっていく子がいます。

それがこの浦壁です。
留年しているので1歳年上。だけど3年生とは仲良くできず浮いている少女です。
彼女もまた、久米ちゃんの明るさに引っ張り出された子の一人です。が、彼女は久米ちゃんよりも遙かにでかい世界を知っている子でもあります。
少なくとも、釜ちゃんよりも間違いなく視野はでかい。だから久米ちゃんばかりに執着する釜ちゃんにはっきりと上のように言います。
分かっていたけど、誰も言ってくれなかったことを。
そしてそれを言えるのは、自分も経験者だから。
 
釜ちゃんはね、大丈夫なんです。大丈夫だと思うんです。
「一歩踏み出せない」
それは大きな事なんだけど、逆に言えば踏み出しさえすればなんとかなる。
釜ちゃんは踏み出せるんですよ。なぜか? みんなといたいからだよ。
もう、一人きりとか、やなんだよ。

釜ちゃんも、浦壁も、久米ちゃんも、油梨木も。みんな自分の「居場所」を探してる。
どうしたらうれしいか、どうしたら楽しいかを探してる。必死に。
ただ、位置が違うだけ。少なくとも釜ちゃんは、いける。走り出せる。
問題は久米ちゃんのほうです。

久米ちゃんの本質である「事なかれ主義」、分かっている人は分かっているんですが、見抜いて本気で言えるのは浦壁でした。
 
二巻で久米ちゃんがどういう所まで行くかは、作品のキモの部分なので詳しくは書きませんが、踏み出して突き進み始められた釜ちゃんと違って、久米ちゃんは脱することが出来ないままです。
正直ね、それでもいいんですよ。そうやって一生を楽しく過ごせる人もいるんですよ。
でも久米ちゃんは「そうやって一生を楽しく過ごせる」タイプじゃないと思うんです。
「みんなが笑ってくれればいい」
「みんなが楽しんでくれればいい」
「そうしたら私も嬉しい」
それを浦壁は「度を超えた仲良し主義」と呼びます。
 
この作品に出てくるのは彼女たちだけではありません。
部の男子も出てきます。後輩も出てきます。色々な視点が二巻から急激に混じり合います。
釜ちゃんにとって、久米ちゃんにとって、ものすごく大きな転機になっている巻なんです。
そして久米ちゃんが選択したのは「やっぱりみんなで笑っていたい!」でした。
ただし、手段は「みんな仲良く」から一歩だけ脱しました。大きな成長です。

みんなで笑っていられたらいいね!
うん、そうだ、そのとおりだ。
 
だけど、久米ちゃん。
まだ「自分」ないだろ?
「みんなで仲良く楽しくしたい」それは素晴らしいことだ。
だけどまだだ、まだ足りない。
今は乗り切れたけど、一歩成長できたけど、いつパンクしてもおかしくない。
ぼくは、3巻が怖い。
まんじゅうこわい的」な意味も、本当に怖い的な意味も含めて。
 

●ボールと友情と●

余談的なまとめになりますが、この漫画確かに「フットサル」をテーマにしていますが、一番描こうとしているのは人間のディスコミュニケーションです。
コミュニケーションではなくて、むしろ失敗の方。がんばってうまくいかない方。
それをどう解決していくかを、フットサルの試合の流れそのもので表現しているのがすごい。
「フットサルの試合展開=ディスコミュニケーションの打破」なんですよ。
ぶっちゃけフットサルとかサッカーとか分からなくていいです。それは表現手段だと思うので。
無論知っていたらもっともっと楽しめます。チームってなんだろうというところから、きっとものすごい勢いでパワーを見抜けるはず。
でもいい、とにかく自分はサッカーもフットサルもよく分からないけど、ここに描かれているディスコミュニケーションは強烈に心の中の閉じておいた扉をこじ開けてくれましたともさ。
 
頑張っても、頑張っても、うまく行かなかったり失敗したりの繰り返し。自己嫌悪の繰り返し。
だけど、そんなキツい部分をガリガリに描きながらもこの漫画が好きでたまらなくて愛しいのは、必ず何か打ち破ろうとする小さな一歩が描かれているから。
必ず! 必ずだ! 
あがけばあがくほど失敗するし、ダメなこともあるよ。
でもダメなりに前に進むんだよ!
問題てんこ盛り?
ああそうさ、だからあがくんだよ!
人間関係の重さに押しつぶされそうになるかなり(読む人によっては)キツい漫画ですが、カタルシスも必ずある。
そのカタルシスの分、次の不安も生まれるけれど、うつむいて黙ってしまうほどに悩ましいこともあるけれど、前に進めないことはない。
信じさせて!
 
にしても、信じていても、やっぱり重いもんは、重いよね。
釜ちゃんの感覚も、久米ちゃんの感覚も分かりすぎてどうすればいいのかもう分からんよ。いい大人になったって悩む時は悩むよ。でも乗り越えてきたからこそこの子達の行動が愛しいだけじゃなくて、見ていて苦しくてならないんです。
それでも、それでも読みたくなるからこの作品はすごい、すごいんだ!
 
逃避的な感じで、自分の好きなキャラはこの子。

明るくて頭のいい妹キャラの絵美ちゃん!
うーんかわいい。
後輩としての彼女の底抜けに明るくてしっかりしているサッパリ感は、なんだかんだで久米ちゃんや釜ちゃんにも影響を与えていると思います。
一緒にいて影響を受けたり与えたりしない、ということはない。必ず何かある。
その「何か」をプラスにできるかマイナスにするかは、自分次第なんよなあ。
 

なんかもう書いていてまとまりがなくなるくらいどうすればいいのか分からん。
久米ちゃんみたいなタイプの子をここまで丁寧に描き上げるのはものすごい事だと思うです。
でもだからこそ、こういう本に出会えたことを心から感謝。
WEB連載されていた「クールな女の子」「ホットな女の子」をまとめた「学校の時間」も面白いので是非。
 
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これの作画も佳巳先生らしい。か、買うか・・・。
 
関連・私たちはいつだって、お互いの距離感が分からないまま暮らしてる。「ばもら!」
[よしみるくのオレンジ](作者オフィシャル)
コミックナタリー - 「ばもら!」長田佳巳インタビュー、界遊004号に掲載

*1:ちなみにユニフォームのシーンは、この後の展開が、いいんだ!