たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

ゴミまみれ泥まみれの中の、ささやかな幸せ。今敏「ワールドアパートメントホラー」

今敏監督が8月24日、お亡くなりになりました。
《今 敏 永眠のお知らせ》
今敏氏=アニメーション映画監督 : おくやみ : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
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お悔やみ申し上げとか、ご冥福をとか苦手なので、というかこの監督に関しては、今敏という作家に関しては「すげーもの見せてくれたよほんとにもう!!!」と大声で叫んでおきたいので、悔やむ暇もなく今まで見た『妄想代理人』とか『パーフェクトブルー』とかのDVD再生しながら、『パプリカ』のサントラを大音量で流して、『ワールドアパートメントホラー』を読むよ!
悔しいよ! 悔しいとも! 悔やむとも! 亡くなるの早すぎだよ!
でもねえ、今はそれより「この人すげえんだよ!」って話がしたいんだよ!
 

今敏監督の空間意識●

『ワールドアパートメントホラー』は自分の中でも殿堂入りの棚に常時並んでいる本でした。
大友克洋監督原作を漫画化したもので、確かに大友克洋臭が確実に漂っているんですが、全然違うんですよ。一度読んで、二度と忘れられない作品に出会ってしまった衝撃に頭をぶん殴られたのを明確に覚えています。もう20年も昔ですね。
20年前の自分は「すげー、すげー、すげえー!」しか言えませんでしたが、今もやっぱり読みなおしても「すげー!」なんです。
何が凄いのかちょっと書いてみます。
 
まず、今敏監督の空間把握能力は、ちょっと普通じゃない。
いわば、望遠レンズで近距離のものを撮影する圧迫感を持ちながら、広角レンズで世界を見ているんです。
『ワールドアパートメントホラー』からコマを抜き出してみましょう。

たとえばこのシーン。
描きこみが画面の隅々まで異常なんですよ。で、カメラのフォーカスがどこにあるかというと、それが定まっていない。
あえて言えば全部にカメラのフォーカスが行っているんです。
だからこそ、画面の端々まで、見える範囲は全部ぎっちりと描き込み、それぞれがマンガもアニメも動き出しそうですし、それでいて真ん中にいる人間も動いている。あらゆるものが全部動きまくっているのを一つの画面に押し込むんですよ。

悪魔の絵に出会うシーン。
パーフェクトブルー』なんかでもこういう描写は多用されていましたね。とにかく画面内の息苦しさが半端じゃない。
それはそのまま人間の心理につながります。
今作品に出てくる人間は、ほとんどのキャラが何かしら足かせを持っています。それは精神的な苦痛の場合もあれば、出生や国籍の問題だったりする場合もあります。時に浮浪者の立場だったり、ヤクザだったりすらします。
彼らの見ている世界は、ものすごく広いのにものすごく狭いんです。
『ワールドアパートメントホラー』はアニメ監督やる前の作品ですが、もう如実にそれが描きこまれているんですよ。『パプリカ』のパレードのシーンはもうすでにこの時点で脳内で完成していると言っていいほどに。
 

●人間はそもそも汚いもんだ●

今監督作品に出てくる男は汚いです。
と言っても「ずるい」とかじゃなくて、文字通り「あんまりかっこよくない」。むしろ滑稽。
『ワールドアパートメントホラー』ではそれが「アジア人達」と「ヤクザ」の二つで描かれます。
とにかくアジア人達のアジアっぷりがすごい。

四畳半に大人数で住んじゃうアジア!
何干してるんだよ!
このコマもすごいですよねえ……一応さ、キャラに焦点はあっているものの、手前のビンやら奥の寝ている人間やらぶら下がっているシャツやら謎の物体やらもぼやけていないので、どこを見てもフォーカスがあっているような錯覚に襲われてすっごい酔うんです。
この「酔い」こそが今作品のキモでもあります。世界が広いと同時に圧迫感があるからこそ、どこまで現実なのかクラクラ分からなくなる。
そして男たちは汗くさそうで汚くて滑稽で仕方ない。
 
人間の持っている汚さは、『東京ゴッドファーザーズ』などでも描かれていますね。心は錦でも、着ているものはボロ。
そうなんだ、人間って体からいろんなものだしてるから、そもそも汚いんだよ。

『ワールドアパートメントホラー』はアジア人と日本人の意識の狭間を描いた作品でもあります。まあこのへんは原案の大友克洋監督の意思もあるので一概には言えないのですが、今監督は日本人のエリート意識を滑稽に描きあげました。
アジア人達はホントカオスなんですよ。めちゃくちゃ。しかも汚い。汗くさそう。このアパート自体がやばい匂いしそう。
だけどその中で「日本人は白人だ!」と言いはるヤクザの一太が、一番滑稽なんです。
滑稽だけど必死で、なんだか憎めない。薄汚れて圧迫感ある世界だけど、どこかで抜け出したい。
今作品は、時に絶望的な状況にも陥るけど、明るい。
人間って汚れていて汗臭くてダメなとこだらけで世界に押しつぶされそうだけど、案外タフだぜ、って。
 

●幻想が融け合う時●

今作品で欠かせないのは、夢と現の狭間にいる存在たちでしょう。
特に女性の描写は執念がかったものすら感じさせます。
完全に開き直って、男性から見た理想で幻想的な女性像を執拗に描き立てるんです。それが『千年女優』であったり『パプリカ』であったりします。
この『ワールドアパートメントホラー』では、一太の彼女のフィリピン人女性はどちらかというと「リアル」寄りなので幻想性はないのですが、途中一太が幻想との境界線に飲み込まれるシーンの描写に出てくる女性がとんでもないのです。

表紙にも出てくる謎の女性ですね。
もうさ……これ説明できないでしょう?!
絵を見てもらった上だと、説明することが無駄に思えてならないよ。
今作品の中の「女性」は「世界」なんですよ。
 
もちろんこの「女性」には理由があるんですが、そんな理由どうでもよくなっちゃうんですよね。
このシーン、この絵柄が描きたいという執念に近いものがあるんです。
女性を呪物的に捉えて崇拝するような今監督の視線は、さらに幻想と現実の境目を縫いながら突き進みます。

『パプリカ』のパレードを思い出しますね。
これもどこかに焦点があっているのではなく、全てに焦点を当てて全部が一斉に動き出すかのように描き詰めているのがすごいんだ。何のどういうシーンかなんてもうどうでもいい、このシーンがあることが大事。
 
パーフェクトブルー』にしても『妄想代理人』にしても幻想と現実がゴチャマゼになってしまうシーンは相当多くありますが、『ワールドアパートメントホラー』から一貫して描かれているのが分かるので、ファンの方には是非読んでいただきたいです。
今監督作品を映像で全部みている人でも、今なお頭をバットで後ろからぶん殴るようなパワーは十二分に持ち合わせています。
狂気とちょっと違うんです。
絶望とちょっと違うんです。
崇拝とか、渇望とか。あるいは「とんでもないもの」に出会った時のため息に近い。

一太の感覚がどこまで本当か分からなくなる作品です。
でも「本当かどうか」はもうどうでもいいんですよね。
幻想も、現実も、そう見えていて、かつそれが「すげえ」ならいいんです。
ぼくらはマンガや映像でその「すげえ」をひたすら体験したい。
 

●まあなんとかなるさ●


『ワールドアパートメントホラー』は一応大友克洋監督作品のコミカライズですが、十分すぎるほど今監督のファンタジー性と、現実へのシニカルな視点を盛り込んだ、あらゆるアニメ映画の原点になっている作品です。
このコマも、どこが焦点かわからない奇妙な広角密集パノラマ写真状態です。すげえ酔います。これが最高に気持ちいい。
 
今監督は、あらゆる技術をつぎこんで、自分の脳内の肖像を紙とスクリーンに叩きつけました。
画面の隅から隅まで、ありとあらゆるものが「動く」ことを意識して、世界を動かし続けました。
女性には敬意と崇敬の念を盛りこんで、この世のものとは思えない女神像として描き出しました。
限界に置かれた世界の不安定感と、追い詰められた人間の精神の不安定感と、現実と空想の世界の不安定感を全部シンクロさせました。
だけど、確かに恐ろしい圧迫感があるんだけれども。
さらっと言います。
なんとかなるさ。
なんとかなるさと。
なんとかなって、明日またいつもの生活が始まるよと。
『ワールドアパートメントホラー』も「完」のあとがいいんだなあ。あそこまで話広げといて!
 
改めて膝を正して。
今敏監督。
一生忘れられないマンガと、映像体験をありがとう。
 

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ポストメディア編集部
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この1分のアニメが遺作になってしまったんだなあ。
「夢見る機械」が引き継がれることを祈る。
きっと、引き継がれるはず。
 

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