たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

兄と妹の瓶詰めの地獄。岡田コウ「浮空」がゾっとするくらいすごい。

阿吽10月号が、ちょっと全体的にすごすぎて脳みそが飛びそうでした。
どれもこれもすごかった……んですが、その中でも岡田コウ先生の『浮空』のレベルが異常事態だったので、単行本出てませんが書かせていただきます。
以下、エロマンガ話なので収納。
 
 
 
 

●極限の「兄」●

「浮空」は兄と妹の物語なんですが、何がスゴイってページ数がすごい。
54Pもあるんですよ。
前後編とかじゃなく、一発で54P。
なぜ前後編にしなかったのかは見れば分かります。絶対途中で切れないから。切っちゃいけないから。
無論「長いマンガがいいマンガ」とは言いませんが、岡田コウ先生の作品って長いことにものすごく意味があると思うのです。
 
この作家さんは作品を作るときに、最初に到達地点のある方だと思います。
……という話をすると長くなる上に面白く無くなりそうなので、先にシチュエーションの話をします。
大学で上京した兄視点の物語。
何年かぶりの帰省なんですが、彼は「俺は故意にココを避けていた」と語ります。
もうおわかりですね。

そう、ここには妹がいた。
この妹が、「妹オブジイヤー」の称号を与えたいくらい妹なんですよ。
身長差、子供扱いしていた兄の手にサラッと触れる彼女の手、ネコのようにちょこちょこ歩きまわる様。
それを「ほんとかわいい妹だなあ」ですめばいいですが、なぜ故意に避けていたか考えるのは簡単なこと。

兄の方に意識はあるんです。
 
この意識は非常に言葉にしづらいけれども、幾度となく描かれ、答えのでない「人間」という生物の持つ不思議で本能的な感情。
家族に手を出してはいけない。近親相姦は悪行。
生物学的に云々カンヌンというのもあると思いますが、そういうのは今はとりあえずいいです。兄が妹を「そういう目」で見ていることへの恐怖心がものっすごく丁寧に描かれています。
言い訳がましく、逃げ腰で、何とか目を背ける。

そう、彼は目を背ける。
 
物語は兄の罪悪感と後ろめたさと、猛烈に止まらない欲求とで重くのしかかってきます。
画面は非常にライトで軽いのです。しかし間の取り方が極めて上手いため、二人の間に生じる空気がしっかり描きこまれているんです。
ここ、ここなんですよ。その感情の空気感を描くために、少ないページでは表現できない。これが一つめの理由。
本作では特に兄視点で「妹がかわいい」「でも俺は妹に劣情をぶつけてはいけないんだ」「逃げないとだめなんだ」と避け続けます。
ここではあえて「それが普通とか」の表現は避けます。愛や欲望に「普通」がないのを描くのがエロマンガ
しかし彼の感情は読者の思いにずっしりと傷跡を残してくれます。
 

●極限の「妹」●

妹側の感情は、行動でしか描かれません。
それもそのはず。兄視点だから。
兄は妹の接触一つ一つに過剰に反応してしまいます。
しかしだ。
それは本当に過剰なのか?

妹は恋い慕い求めるように兄に擦り寄ります。
兄もだんだん途中から分かってきます、さすがにわかるのです。それでも彼は拒絶をします。
「越えちゃいけない一線がある」
とても正論なんですが、言い訳がましく見えてしまうマジック。
実はこの時点で、「兄視点で妹を見ている」構図を保ちつつ、「妹側が全力で兄を恋い慕っている」という目線にシフトチェンジしています。
ここで受け止めてくれないとかないよと。受け止めてよ、もう受け入れてよと。
 
越えちゃいけない一線。
それはとある一言で越えられることになります。
ここは話のキモになるので実際に見てみてください。
 
この作品、一線を越えてからのなだれ込みっぷりがものすごいんです。

一線を越える瞬間のように見えますが、表情見たら分かりますよね。
これは、一線を越えた次の日の朝です。
朝チュン、といえば聞こえはいいですが、第二ラウンド目なんです。
(正確には夜何ラウンドこなしたかわからんくらいの勢いですが)
 
ここからはもうケダモノのようにお互いを求め続けます。
免罪符が一つあるから、二人はそれを頼りにしつつ、あとは兄とか妹とか何もかも忘れてかなぐりすてて、何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も求め合い続けるのです。
 
エロマンガのクライマックスにオルガズムを持ってくるのは一つの様式美ですし、「性欲を満たすため」という本来の目的に最もそった形式なんですが、岡田コウ先生の作品はそうはしません。
一度欲し合った関係なら、何度でも求め合うでしょうと。
求め合って求め合って、どこまでも欲望をからませあって、ただれた一日を過ごしたくなるくらいになるでしょうと。
事後スキーな人とか、生活感あふれるエロスが好きな人には本当にたまらないはず。ぼくとか。

このシーンとか大好きです。
エッチしつづけて、お腹が減ったので全裸でカップ麺をつくりはじめて、だけどたえきれなくなってまた求め合う。
しかもこのあと3分じゃ終わらなくて伸びきったラーメンを全裸で食べている時も、やはり求め合ってしまう。
部屋中に汗と性のにおいが充満しきっているかのような描写には頭がさがり股間が盛り上がります。
 
求め合い続けるのです……次の日も、次の日も、その次の日も!
だから、だからこそ、二人の愛欲にまみれた日々を重ねて描いていくことに意味があるからこそ、ページを切るわけにいかない。
 
しかし、脳が溶けるほどに欲し合った二人の間には、一つの免罪符がありました。
その免罪符が、回を重ねるごとに揺らいでいきます。
免罪符……罪……?
 

●極限の兄妹●

二人が全裸で過ごす日々や、ところ構わず体を求める様子は、それはもう幸せそのものなんです。
こんな日が何時までも続けばいいのに、このまま時が止まればいいのにというくらいに美しい。
けれどもそれは兄には分かっています。読者にも分かっています。
終わりがあるから美しく見えるのだと。
 
ラストシーンで免罪符になっていたものは消滅してしまいます。
兄と妹がお互いしか見えていない世界は、瓶詰めの地獄。天国のようにキラキラときらめきながら、ちょっと揺れただけで音を立てて割れてしまう地獄絵図。
兄は「去る」という選択を取ります。
あんなにも愛し合っていたのに。あんなにも幸せな日々を過ごしていたのに、それは一瞬で終わります。
 
この作品には答えがありません。
妹が望んでいたように、兄がずっとここにいたほうが良かったのか。
兄が何も言わずに逃げるように去っていった、会わないという選択肢がよかったのか。
それは誰にもわかりません。
 
しかし読者の心には淀みのように強烈な塊が残り続けることになります。
確かにお互いを欲し与え合った日々は幸せそのもの、輝きそのものに見えるんです。あまりにも美しいし、あまりにも優しい。
であれば近親相姦も「幸せ」なんじゃないだろうか? 妹の涙を兄は受け止めるべきなんじゃないだろうか?
いや、二人の間で解決できるならいいけれども、二人には親がいる。家族がいる。社会がある。
そして兄の心には痛みがある。
その「痛み」の正体は分からないけれども、セックス描写そのものが二人の感情の表現としてがっちりと描きこまれているため、言葉に出来ない部分で読者には伝わってきます。
 
夢野久作の「瓶詰めの地獄」では、兄と妹は死を選びます。
だがそれは避けなければいけない。兄は悲しみと苦しみをたたえて去っていく。
かっこいい? いいえ、かっこよくはありません。
だって……「じゃあ残された妹は?」という話ですよ。
 
ずーっと兄視点、そして兄視点を通じた妹の感情で描かれているのに! 最後の1ページだけは妹視点なんです。
そして岡田コウ先生のあとがき。

うそつきはお母さんかもしれない

これだけ読んでいる人は何のことか分からないと思います。だけど、兄と妹の密室に「お母さん」というキーワードが出てくる事の意味は、察してください。
ひどい話ですが、二次元の世界で性がよどんで、心に苦しみをたたえてヘドロのように渦巻いていくのって、見ていて逆に心地良いんですよね。
なんだろう。
自分は男なので、ダメな男の部分と救いのなさを見てホッとするのかもしれません。
女性が見たらまた全然違う感想が出る作品だと思います。
 
しつこいようですが、短編とはいえ54Pは相当なボリュームです。
それを飽きさせることなく、読み終わったあとに「これだけの描写があるからこそ伝わる」というのが明確に分かる作品は本当にすごい。
 
最初の話しに戻ります。
岡田コウ先生は「着地点が最初から決まっていて、そこに至る過程を緻密に描く作家」だと思います。シチュエーションありき、なんですよね。
もう兄と妹は最初から離ればなれになるのが分かっているんだと。分かっている上で、お互いを欲しあう世界を丹念に描いているんだと。
この結論のために、性描写の分量がこのくらいなければいけない、というのも計算されています。
「兄と妹の物語」を魂を削って描いたようなこの作品、もし岡田先生の答えが「うそつきはお母さんかもしれない」だったら、背筋がゾクゾクしつつも「性」の有り方を鼻先に突きつけられて、恐怖と興奮がいっぺんに吹き上がります。
とんでもない作品が出てきてしまったですよ。
「妹」というテーマに惹かれる人は、そして性の淀みが好きな人は是非、是非読んで欲しいのです。
 
追記。
Twitter / 岡田コウ: 今回の浮空は、妹がウソ付いてた場合…
ネタバレ有りなのですが、読んだ人は見て欲しいツイート。確かに、ある。全く気づかなかったよ…。
 

その他にも、実在のカリスマコスプレイヤーうしじまさんをモデルにした伊佐美ノゾミ先生の「うしじまいい肉」や、40Pに性の遊園地状態を詰め込んだ杜拓哉先生の「おさななななじみ」、ハメ撮り卒業アルバムも物語が入り組んできて面白いことになってきた師走の翁先生の「ピスはめ」など、今月の阿吽は実験的かつ攻撃的で、エロス度やクオリティも半端じゃない一冊になっていると思います。
雑誌単位でおすすめするのってLO以外だと初かも……結構インパクトある号だと思います。岡田コウ先生はきっとチュー学生が好きなんだろうなあーとじわじわ感じます。ショー学生のキュートな様子も好きなのでまた見たいんですが。
とはいえチュー学生で今回のように、股間にも精神にもいい意味でのダメージがある、忘れられない作品を作ってくれるから頭がクラクラしそうです。