たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「描かないマンガ家」がものすごい痛々しくてイラッとするのに憎めない件。

 
えりちん先生の「描かないマンガ家」が死ぬほど痛いんですがどうすればいいですか。
 
もうタイトルの通りです。
必死に苦労しているマンガ家、大ヒットを飛ばすマンガ家、そこそこやってるマンガ家、商業同人問わず色々な漫画を描く人がいる。
その中で、漫画を語り、漫画を批評し、漫画家を豪語する男、それが渡部勇大(26)。ペンネームは器根田刃。
とにかく漫画家であることを主張しますが、彼は漫画を描かない。
1Pも、ネームすらも、だ!
 
それ漫画家じゃなくね?ってなると思いますが、まさにその通りで漫画家でもなんでもないです。
ないんですが本人が「漫画家(予定)」と思っているのでどうにも手におえません。
だから「描かないマンガ家」なんです。
ね、ムカつくでしょう。
 
そう、すっごいムカツクんですよ。
なにもしないのにすごいえらそうで、漫画を描くということを上から目線で語るその姿ほんっとに腹立ちます。
ネームが描けないのを「ネームに詰まるなんて連載作家並だよなあ…」とニヤニヤしたり。
アシスタント募集に対して「クリエイターの魂を売ってまでアシする意味なんて無いと思うね!!」と言ってみたり。
ペンだこを見せて「あー、中指がチョー痛ぇ♪」とか言ってみたり。
ああああああ! なんやもう!
地獄のミサワが言っていると言っても納得出来るくらいのノリです。
 
が、それ自分もやっているんじゃないかという恐怖がですね……!
ひとしきり笑ったりイラっとしたりすると同時に、すごい怖くて読み返せないんですよ。こわいこわいこわい。
笑った分、自分の生活を見直すハメになる恐ろしい漫画です。
マンガ家じゃなくてもこう、ギューっと痛々しい気持ちになります。
これを人は中二病をこじらせたと言う。
 

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で、その痛いところが面白い、面白いところが痛いこのマンガ。
主人公の渡部が本当に痛々しい奴であることこの上ないですし、こうはならないようにしようと肝に銘じるんですが、個人的に、妙に憎めないんですよ。
いや、憎たらしいですよ。決して愛らしくはないですよ。
むしろ黒歴史的なところが蘇ってくるので勘弁シテクダサイヨー状態で、あんまり見返したくなくなるでも面白いから読んじゃうつらいつらいつらい、という作品です。
しかしですね、なんか……なんかこいうイイヤツなんじゃないか、って感じたんですよ。
(そういう親近感感じるから痛いんだ、というループなんですが)
 
渡部の行動、俺マンガ家だからねーとか言いながら描きもしない彼の行動は、先ほども書きましたが極めて中二病的なんです。
しかしですよ。逆に考えてみて。
中二病的な熱さがクリエイターを動かすのもまた、確かなわけで。
全員じゃないですけどね。
作品を描く時、中二病的なものをいかに面白く、熱く魅せるかを、これまた中二病的なテンションの高さで突き抜けることって意外と大事なんじゃないかなあと思うのです。
ようは、それを冷静な目で客観的に見ることもしながら技術と鍛錬と努力をもって行動に移すのが「描くマンガ家」。努力しないで止まっちゃうのが「描かないマンガ家」。
渡部の言い分や行動原理は決して正しくはないけど、根底にあるものはそこまで間違ってはいないのかなーと思ったら妙に憎めなくなってしまったのですよ。
 

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作中で、触手エロが好きで描きたくてたまらなかったのに描けず抑圧されている女性山井さんというキャラが出てきます。
すごい美しい子で、週刊少年誌で受賞もし担当もついているという技術と努力の持ち主。そのままいけばトントン拍子で売れっ子作家でしょう。が、彼女はそれができません。
彼女が描きたいのは触手マンガなんです。
でも誰にも言えず、親にも大反対される有様。茨の道もいいところ。正直もったいないですものね。
 
渡部はその週刊誌に載るのが夢なので、彼女の言動に鼻水吹くわけですが、しかし山井さんの熱意を聞いていいました。

だが、このネームオレには痛いほど共感できるよ。
「描かずにはいられない」という衝動は、誰にも止められはしないって事。

ネーム描いたことねえだろ!というツッコミを入れたいところですが、ここで渡部が中二病っぷりを全開にして語ってくれることで、山井さんの悩みは救われるんですよ!

オレには分かるんです。電魔(山井のPN)さんから漫画を奪ってはならないと!!
漫画はオレ達にとって、生きていく唯一の術であり、命そのものなんだから

だからお前が言うなと(略
でも、誰か言ってくれなかったら、山井さんは解放されなかった。
多分渡部はこれを言って、おれかっこいいと酔っているでしょう。ええ、それはアイタタな。しかも描いたこと無いし。
でもいいんです、彼の中二病の熱さがここできちんと伝わったのですから。
そして山井さんを解放したのですから。
いわば、山井さんも「努力と技術をもちつつ中二病をこじらせた子」なわけで、今後彼女が漫画で進むのは茨の道。でも「売れるから描く」のではなく「描きたいから描く」という部分で徹底している彼女の姿も清々しいんです。
ださい? かっこわるい? うんカッコ悪い。
でも、渡部や山井の気持ちはなんだか胸にくる。
「やる」と「やらない」の超絶高い壁はありますけどね。
 

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最悪だ……
現実見てないと小馬鹿にしてた人が輝いて見えるなんて
こんなに打ちのめされるなら、会うんじゃなかった……

渡部を「いい年して漫画家になるとかお気楽なモラトリアム」ときっぱり言った岡田さんのセリフ。
でもまさにこれなんですよ。
本当に渡部は現実見てないし、努力してないし、もう色々ダメなんですが、ダメなんですが……それでも妙によく見える瞬間があるから困る。本当によく見える自分に困る。
 
努力していない渡部をこの漫画は決して褒めもしないし、よくも描きません。
しかしこのダメ人間が輝いて見えるように見えるのも確か。
「痛面白い」漫画は数あれど、なぜかその痛いところが輝いて見えるという珍しい作品だと思います。
ほんと読み返すのシンドイくらい、痛すぎて見るに耐えない描写も多いんですが、ほんのちょっとだけ、キラキラしてる。不思議!
渡部が努力家で技術もあったら本当にすごいものを描くだけのパワーはあるのかもしれませんが、それがないから笑える。
笑えるけど同時に、クリエイターの「根」はちゃんと描かれているんです。
 

読むのに覚悟がいるタイプの作品ですが、不思議と後味は悪く無いです。
ダメ人間を笑う作品なんですが、卑下するのではなくちゃんと立たせているのがすごい。
題名が「描かないモラトリアム」ではなく「描かないマンガ家」なのは、そのへんなんだと思うんです。
いや、渡部は褒められないけど、ほんと褒められないんだけど。
でも……あー、なんだこのモヤモヤはー!
なんでこいつがイイヤツに見えるんだー!