たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

拝啓、平沢唯。あなたの声はとても優しい。

 
けいおん!二次創作の漫画を見たのじゃよ。

一応注意書きがあるし、それがおそらく作者さんの意思だと思うので「絶対見ろ」とは言わんのじゃよ。
引用するのじゃよ。

けいおんマンガネーム。グロ表現ではないものの、けいおん!ファンの方に不快さを感じさせる内容になっているかもしれません。また、オリキャラを登場させています。ですので、そういうのが苦手な方も、ご注意ください。 だいぶ前にかきましたが「む、ちょっと出しにくいな…」という内容でしたので、投稿を控えていました。

だそうじゃよ。
 
それでOKな人は見たほうがいい。
そういうのダメな人は回避するのじゃよ。
 
なんでこんな喋り方かって?
こんなばかみてえにすごい魂かけた直球見せられたら、まともに自分の顔なんて出せるわけないからだよ。
クッションだと思ってくれなのじゃよ。
 
以下、感想とか自分語りとか混じってめちゃくちゃになるけどとりあえず思いっきりゲロ吐いてすっきりするつもりなのじゃよ。
頭がグラグラして多分解説にはならないと思うので、解説が読みたい人はこっちを見るとよいのじゃよ。
『けいおん!』二次創作、佐々木バレット『けいおんマンガ(ネーム)』がすごい - じゃあ二分後に、踏切で
この解説もものすごいのじゃよ。
以下垂れ流し。推敲とかするつもりなし。
むしろこの作品に対して色々書くことが無粋なのは分かりつつ、吐き出すよ。
 
 

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自分も大人になって、「まあなんとかなるさ」というテクニックを身につけて、元気に暮らしとります。
正直幸せじゃよ。
こうやってブログ書いたり仕事したり遊んだり同人誌作ったり、ああ楽しいな幸せだなと謳歌しておるのじゃよ。
高校時代じゃないけど「けいおん!」の子たちみたいにバンドやって、トリップするかのような幸せも味わっていたのじゃよ。
だから「けいおん!」の一話一話の多幸感といい、「楽しい」を保つための努力といい、あの子達ひとりひとりの心の機微といい、友人と何かをつかむ感動といい、それはそれはもう絞めつけられるように見ておりましたとも。じゃよ。
ただ、そこに狂ったかのように執着するのは、そうではない世界も経験しているからじゃよ。
 

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いじめるとかいじめられるでもない、大勢の人の中、どんなに周りに人がいようとも孤独でしかなかった日々があったのじゃよ。
「便所飯」という言葉があるけれども、あいにく便所でご飯を食べるという発想がなかったのでクラスの隅っこで食っとった時期があったのじゃよ。
今思うととても狂った世界じゃよ。
よく毎日通えたもんだ。
 
このサイトでもナゴムナゴムと言い続けておりますが、ぼくにとっての救いはナゴムの音楽とマンガじゃったよ。
洋楽も聴き漁ったし、大好きだったけど、歌詞がよく分からなかったのじゃよ。だからナゴム。特に筋少とたまと電気。
オーケンの著書を読みあさったのじゃよ。オーケンの歌を聞きまくったのじゃよ。
 

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このマンガは「拝啓、ジョンレノン」を引用しつつ、多視点で(純・名もなき少女・唯)表現しています。じゃよ。

ジョン・レノン、あのダサいおじさん
ジョン・レノン、馬鹿な平和主義者
ジョン・レノン、現実見てない人
ジョン・レノン、あの夢想家だ
 
ジョン・レノン
今聞く気がしないとか言っていた三四年前、ビートルズを聞かないことで何か新しい物探そうとした。
そして今懐メロのように、聞くあなたの声はとても優しい。
スピーカーの中いるような、あなたの声はとても優しい。
 
真心ブラザーズ「拝啓、ジョン・レノン」より)

上にも挙げた感想文にもありますが、悔しさとか嫌悪とか、ねたみとか、そねみとか、いろんな感情がばかみたいに吹き出してきて止まらなくてもうどうしようもなくて聞かなかったジョン・レノンを、ある瞬間からスッと受け入れられるようになる。
悔しさもそねみもねたみも、全部愛だった。尊敬だった。嫉妬を通り越してそして「ぼくもあなたもたいして変わりはしない」だった。のじゃよ。
最初は純ちゃんがその立ち位置にいる。
純ちゃんはHTTのことが大好きだけど、20話の彼女を見れば分かると思います。一歩引いた位置にいるんですよね。
なるほど、ジャズ研を彼女が辞めなかったのはそこなのか。
今になって分かったよ。純ちゃんにとってはきっとチャーリー・パーカーも、ジョン・コルトレーンも、ジャコ・パストリアスも、放課後ティータイムも、自分も、「たいして変わりはしない」んでしょう。ただ、澪が、そして梓という存在が特別だっただけで。
そこをうまく使って「嫉妬の対象」と「嫉妬する人間」の中立の位置を保つキャラになっていることに驚異を感じるのじゃよ。
最後のページでさらっと「そんなことより」と言ってしまう純のキャラに、鳥肌がたつかと思ったのじゃよ。
もちろん原作とは全く別の、あくまで「二次創作」なんだけれども、二次創作が「最高の素材を使ってさらに料理する」という創作であるなら、これはものすごい創作だと思うのじゃよ。
 

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自分がこのマンガを読み終わったとき、頭に浮かんだのは「拝啓、ジョン・レノン」ではなくて「蜘蛛の糸」だったのじゃよ。

孤立していた時期、自分は「他の奴らなんて本当にくだらない、何もかも燃えてしまえばいい」と願ったのじゃよ。
自分はこんなにすげえものを知ってるんだぞ、お前らがドラマを見て「感動した」「泣いた」なんてなんだよ上っ面かよくだらねえよそんな話聞きたくもない聞きたくもない!
うん、あの時はぼくも、若かったんじゃよ(笑)
お前らこの小説読んだことあるのか、お前らこの音楽聞いたことあるのか、お前らこのマンガ観たことあるのか、ないだろう、ないんだろう、ただ上っ面の仲で戯れて孤独を紛らわせているだけだろう。
ぼくの席の横で笑うな、どうでもいいやりとりで愛想笑いするな、しゃべるな、息をするな。
 
でもテロるほどの無謀さもなかったのじゃよ。

所詮自分も犬人間。
どうせ狩られる側、いやそれ以下でございますとも、クラスメイトのお偉い方々よ。
貴方達が狩られる時どうせ自分も狩られるさ。
 
ウソみたいに聞こえるかもしれませんが。
その一時期の記憶は本当に何も残っていません。
聞いた音楽、読んだ本、見た映画やアニメは鮮烈に覚えているけれども、学校での生活のことは一切。何も。全部。
無意識のうちに封印したんじゃな。
 

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孤独すぎて逆に心にATフィールド張り巡らしていた自分。
今大人になってから見てみればなんてことはない、ただ一言声を交わすだけでガラっと変わるくらい世界なんて単純なのじゃよ。
でも視野がものっすごく狭くて、もう周りにある何もかもが嫌で嫌で仕方なくて、向こうが差し伸べてくれる手すらもはねのけていたんじゃないかな。
あ、そうか、そういやあの時、手を差し伸べてくれた子がいたな。
いたんだったな。
でも「情け」をかけられているみたいでそれが苦痛ではねのけたんだっけ。
最低な奴じゃな。
でもこれは覚えているのか。そうか。
自分は、寂しかったんだな。
 

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自分にはこのマンガの平沢唯のように、救ってくれる人間はいませんでした。
ただ、筋少とか、ブルーハーツとか、たまとかが救ってくれたのじゃよ。
ナディアとか、エヴァンゲリオンとか、王立宇宙軍が救ってくれたのじゃよ。


ほんとはここで「ロクデナシ」とか「人にやさしく」とか貼りたいところですが、どっちかというと「ハンマー」とか「すてごま」のほうが心情的にはしっくりきます。じゃよ。
でも「神曲」とかとは言わんのじゃよ。
だって、ぼくにとっての宝物なだけで、別に全員が同じ感情を持つわけじゃないから。
 

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ある日自分は、認められるようになったのじゃよ。
いや、なんだろう、難しいな。
小学・中学・高校と主要教科は5を取り続けている優等生くんだったのじゃよ。
体育は2とか1なんだけどさ。
だから決して「人に認められていない」わけじゃないかったんだけど、そうじゃない、なんだかわからん。覚えてない。
その「覚えていないなにか(記憶を封印したんだねきっとね)」が認められた瞬間何もかも吹っ切れたのじゃよ。
全部燃えてしまえ、全部滅んでしまえ、99年にノストラダムスの大予言とかかなっちゃえばいいよ、と思っていたのに。
そこからは何もかもが愛しくて、大好きなルイス・キャロル宮沢賢治がもっと好きになり、オーケンに感謝し、エヴァンゲリオンにありがとうと言い、ドラムのスティックを握ることに抵抗が無くなって。
ああそうか、そんな単純なことでぼくは世界に嫉妬していたんだと気づくのはほんとちょっとしたことだったのでした。
嫉妬して小馬鹿にしていたものも、後から見返すと、とても温かくて面白くて、楽しかった。
すごく面白かった。みんながばかみたいに笑っていたアレとかアレは、とてもとてもとても面白かった。
 
言葉でどうこう説明できるものじゃなかった。じゃよ。
どういう仕組で、どういう流れで、どういう心境の変化があって自分が180度変わったのか全然分からない。
でもそれは実はすごい単純なことだった気がする。
 
そして今、年をとり胸をはって言う。
今ぼくは幸せだ。
それはあの苦痛に歪んで世界を呪っていた瞬間の刺の苦しみを知っているから、はっきり言える。
 

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友達とこんな話をした。
「○○に救われた」という声をたまに聞く。
その○○は、もしかしたらぼくらの好きなものじゃないかもしれない、あるいは嫌いなものかもしれない。
だけれどもその「救われた」という言葉の重みを決して笑えない。笑わない。
たった一言かもしれない、たった一曲かも、一作品かもしれない。でも「表現」が人を救うことは絶対あるから。
 

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最初の作品にもどるのじゃよ。
何か物語を通じて、自分のむき出しの感情を叩きつけるってのは凄まじいことだと思う。
自分は絵が描けないし、マンガを描ける人は異世界の住人だとすら思っているからこうやって駄文をだらだら書くことしかできないんだけれども、この作者が書かずにいられなかった情動を考えるだけで恐ろしい物を感じてならないのです。だからこの作品を見てもうなにか書かないと気が狂ってしまいそうなので書くよ書くとも。恐ろしいもの。
恐怖じゃないよ。
畏怖だよ。
出来れば完成形が見たいなあという気持ちはあるけど、もうすでにこのラフの段階で、「魂を込める」という一番神経を削る作業が完成しているのも恐ろしい。もう十二分すぎるくらい。
相手に感情を伝えるのがマンガの作業であるならば、緻密な計算と激しすぎる力でこの作品はもう出来上がってるじゃないか。
 

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作者さんの言葉が好きだ。

キャラクターや作品を貶めたり皮肉る意図はまったくなく、こめたのはむしろ、けいおん!という作品への、強い尊敬のつもりです。

拝啓、平沢唯さん。
あなたの声はとても優しい。
 
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