たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「放浪息子」12巻、佐々ちゃんが髪の毛を解いた日。

放浪息子」の12巻読みましたよ。
なんというかさ。
11・12巻の日時の経つスピードに翻弄されているんですが。
小学校編と中学校前半編、特に高槻くんが千葉さんにびしっと一言言われて瓦解したりするあたりや、二鳥君が女装して学校にいって土居くんと不思議な関係になるまで、ものすごくウェットで、ねちっこく心理描写を描き続けていて、ほんとどうなるのか漏らしそうだったんですが、ここしばらく一話ごとの展開が超早い。
凄まじいスピートで月日が経ち、淡々と描かれている感覚、ものすごく置いていかれそうになります、ぼくが。
 
なんでだろう?って考えてたんですが、考えてみたらそりゃそうなんですよね。
高槻くんと二鳥君は「こうしよう」「こうあろう」と、迷いを絶ち切って歩き始めているからなんですよね。
今までは放浪してあっち行ったりこっち行ったり戻ったりしているから時間の進むスピードが遅く感じられたけれども、今は高槻くんも二鳥君も、先は見えずともとりあえず歩いている状態。停滞していたのが動き始めただけ。
加えて、冷静に傍から見守るような達観視点も入り始めています。コマの使い方とかが特に変わってきていて、割りと色々なキャラの(特にモブ)ごちゃごちゃしたノイズも混じり始めている。モノローグでインナーになる時間が減ってきている。

一瞬が永遠みたいに描かれたのは、ファッションショーをやった文化祭のシーンくらいかもしれません。
中学3年生だからといって卒業式を感動的に絵描くでもない。ってことは、高槻くんと二鳥君の心にインパクトを残したのはこっちの方だということじゃないですか。
なるほどなあ。やっぱり「衣装」がキモなんですね。特に千葉さんとの関係によってがっつり動き出した高槻くんと違って「女の子の姿であろう」と正直になることを決めた二鳥君の場合(「女の子になりたい」ではないのが重要)。
驚愕したのは、女の子の姿でウェイトレスとしてバイトしようとして面接を受けに行った時の二鳥君のセリフ。「きっとふなにか深い事情がおありなんでしょうけど」と気を使ってくれたのに対して「ないです」
ものっすごいドライになりました。

女性として生きている元男性(ニューハーフ)のユキさんのところで働きたいと言う二鳥君の目がもうさまよってないですもんね。
ユキさんが出てくると、どうしても読者の視点は大人から見守る視線にシフトします。二鳥君の気持ちは分かる。堂々と生きて欲しい。でも左下のコマのように「まずは落ち着きなさい」と言わざるを得ない感覚が矛盾しているようだけど溢れてくるのもまた、分かる。
いわゆる「自分が親だったらどう考えるか」みたいな感覚に近いと思います。問題ないとわかっていても引き止めてしまう心理。
このやりとりがものすごいあっさり描かれて終わるのは、二鳥君が迷っていないからでしょう。
うーん、中学から高校への成長スピードは、大人から見るとものすごく早く見えるってことなのかしら。
 
で、ですよ。
ぼくが12巻で一番息を飲んだのはそっちではありませんでした。
佐々ちゃんのことです。
いやまあ、たいして出番ないんですけどね。いつもどおりみんなをつなぐかすがいのような役割でいい立ち位置にいます。

彼女のトレードマークは2つ縛り(not ツインテール)。みんなの前ではいつも元気で、表情豊かで、どうやったらみんなが仲良くなるか一生懸命考えていて、考えすぎると頭がかゆくなるかわいい子です。
ぼくの「放浪息子」好きなキャラ三強です。佐々ちゃん、マコちゃん、お姉ちゃん。
 
佐々ちゃんって幼く見えるんですよ。
本当は一番大人びている、個性の強すぎるキャラの中で、冷静で放浪していない子なんですが、この2つ縛りと身長でマスコット的存在でした。

この構図うまいですよね。
凛として背の高い高槻くん。
クールビューティー、誰からも女の子として見られる千葉さん。
そして小さくてちょこまかついてまわってムードメーカーになる佐々ちゃん。
(ムードブレイカーはちーちゃん)
 
放浪息子という作品自体、高槻くんにしても千葉さんにしても二鳥君にしてもピンボールのごとく跳ね返ったり戻ってきたり落下したりまた撃ちだされたりと、心がふらつく様がハラハラする作品です。いや、でした。今は安定。
そんな中で、迷っているようでしっかりしている優しく切ない友人マコちゃん、暴走超特急ちーちゃん、THE・フラットな人間土居くん、一般論をきつく言える大切なお姉ちゃん、と視点をリセットしてくれるキャラが数多くいます。
中でもダントツに視点を引き戻す役割を買っていたのが佐々ちゃんだとぼくは思っていたんですよ。
みんながどうあってもとりあえず集まるときは佐々ちゃんを中心に集まる。
リーダー格はちーちゃんだったり、意外と行動派な二鳥君ではあるけど、自然とみんなに慕われて軸になるのは佐々ちゃん。
そんな佐々ちゃんに好きな男子ができたときはちょっとドキッとしましたよ。佐々木くんね。でもまあ、中学生の成長としては「恋とはなんでしょう」とか悩まずに、極めて単純に感覚として「好きだなあ」というフラット感を出していたのも佐々ちゃんなので安心して見ていられました。
 
そんな彼女がですよ。そんなみんなに愛されるマスコット的存在だった佐々ちゃんがですよ。

髪の毛を下ろしたね。
これがぼくにとってもう、衝撃で衝撃で。何回このシーン読みなおしたかわかりません。
「たかが髪型でしょ?」
はいそうです、そのとおりなんです。全くもって。
だけど、佐々ちゃんが至って普通の成長をしているという時間の経過に驚いたのか、いつまでも見ていたいと思っていた時間が過ぎてしまったことに愕然としたのか、もう心臓がバクバク言いました。恋じゃなくて。焦燥に近いです。
また続くコマがねえ。

佐々ちゃんが、中学校の時好きだった佐々木くんとさらっと会話するシーン。
付き合っているかどうかはわかりませんが、この感じだと「友達」レベルでしょうか。11巻では修学旅行前後で「佐々ちゃんは佐々木くんが好き」というのが判明したところまで。
その時は赤面しまくって「ギャー!」ってなっていたのを考えるとこの平常っぷりが可愛らしくて仕方ありません。佐々木君は女子に告白されまくっていたようですが、素で芯のあるいい子のようですね。いやまだわかんないけど。
 
実は佐々ちゃんの成長でドキッとさせられる演出は11巻からのものです。
11巻で佐々ちゃんに好きな子ができ、佐々ちゃんに生理がきた、ということで千葉さんやモモちゃんはもとより、ちーちゃんすら驚いているシーンがあります。
 
11巻・12巻のスピード感は、実のところ計算されて入れられている気がするのです。
佐々ちゃんがポイントポイントごとに「成長をしています」という描写の要になっている。
二鳥君は「少女に近い少年のままでいたい(声変わりや体つきの変化がいや)」「大人になって早く女性の姿を選択したい」という成長としては曖昧な地点にいますが、佐々ちゃんは平均値としての成長軸になっています。
まあ、中3で生理が来て驚く、ってのは平均値というほどでもないんですが。むしろみんなが「佐々ちゃんはずっと子どものままだ」と思っていたいという感覚です。
これはちーちゃんも同じ。「あの子は特別だから」という思いがあるから、ちーちゃんが屈託なく先生を好きだというのを聞いて高槻くんがショックを受けるのは成長への不思議な抵抗感。
ああ、佐々ちゃんやちーちゃんでも、成長するんだ。
私は成長しているんだろうか。これからどこにいくんだろうか。
 
実質12巻での佐々ちゃんのシーンは極めて少ないです。
でも、ぼくが11巻以上に佐々ちゃんの変化に衝撃を受けたのは、きっと周りの子達が生理で驚いたように、佐々ちゃんはこのままだという勝手な思い込みに置いていかれたからだと思います。
もちろんこれは「ぼく」が受け取った感情なので、いや違うだろっていわれたら「そうかもね」としか言えません。
ただ、志村貴子作品は解答なしで引っかかるフックがいっぱいあるので、どこで引っかかるかわかったものじゃありません。ぼくは佐々ちゃんに引っかかったんだなあ、今回は。
ほんとに一言では魅力の説明のしようのない、不思議な作品ですわ。
 
にしても、佐々ちゃんとか土居くんとか、「青い花」のあーちゃんやぽんちゃんとか、「フラット」を描くのが志村貴子先生は本当にうまい。
「普通」ではないんです。「平均」でもないです。そもそも「普通」ってなにさ、ってのはひとつのテーマです。
悩んでいる人たちの集団の中で、良いでも悪いでもない、極めてフラットな「いいんじゃない?」という子たち。個人的には苦しみの中で悶える子達以上にまんま読者の鏡になるので怖いキャラでもあります。

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