たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

少女たちは刀を巡って惹かれあうのだよ「風より疾く」

風より疾く(1) (ヤングマガジンコミックス)

いやあ、いろいろな意味で「やられたなあ」と思ったですよ。
表紙から見たら、これはきっと女の子の剣道スポ根物だと思うじゃないですか。
帯もお色気物押しっぽい雰囲気だし、つまりは女の子かわいいかわいいな剣道スポ根なんだなと。
違うのね。
これ、剣道漫画の皮をかぶった、百合マンガなんじゃないのかしら。
あくまでもぼく目線ですがー。ですがー……この女の子同士の距離感の描き方は本当に巧み。やられたよ。一本ですよ。
良い意味で裏切られました。
 

●二人の少女は出会った●

物語の粗筋を書いてね、って言われるとこの作品ものすごく難しいです。
いや、起きている出来事的には全然難しくないんですが、わざとシャッフルしているんですよ、一巻では。
最初はヒロインの熊沢龍子と波平和音の試合から始まります。
龍子はものすごい体のバネのある子なんですが、それは最初の時点ではあまり描かれません。なので「なんだか抜けた子だなあ」という印象だけ残ります。でも中学の関東大会では一位なんですよ。だけれどもだけれども、お人好しすぎて負けます。さっくりと。
一方波平和音……なみへいじゃないよ、なみひら、彼女は勝つ気満々でやって打ち込んでいたので、龍子の一瞬の隙をついて勝ってしまいます。当然、その瞬間の隙には気づいているので「なんなのこの子!」ってなるわけです。

そんな二人が、たまたま刀剣研磨の坂本六郎さんの家で出会って、険悪な仲になってしまってついカッとなってしまうの巻。
黒髪の方が龍子、茶髪の方が和音。
まあ、この時点で百合レーダー反応しますわな。
ここから先、意識し合うフラグじゃーん!
 
和音にしてみたら「なんなんだこの子、ばかにしてるの!?」なわけです。結構いいお嬢様で、真面目。といってもテンプレなキャラではなく、なかなか複雑な事情と感情を抱えている子です。
正直この子の性格設定の複雑さがこの作品の面白さのキモになっていると思います。
で、龍子は注意力が散漫だったり、周囲に気を使いすぎたりと格闘家としてはちょっと欠けているものが多い子です。それでも剣道が好きで好きで好きで、好きすぎて頑張っている子。バカがつくぐらい正直でまっすぐな子です。

ついでにものすごく子どもっぽいです。
全く動じない六郎さんハンパねぇ。ぼくだったら太ももとか股間とかムニャムニャ。
 
で、鍛え上げた身体能力で、タイトルになっている「風より疾く」相手の懐に飛び込むバネを身につけています。なので読み進めると「なぜ彼女が強いのか」「どこが彼女らしさなのか」はじわじわ浮かび上がってきます。
この浮かびあがらせ方がずるい。時間軸を行ったり来たり、他のキャラに語らせたりして見せるんですよ。
基本物語は龍子視点なんですが、和音視点や、全くの第三者視点になることで、彼女の色々な面を周囲から埋めていくんです。なので「物語として一本筋としては語りづらい」話になってます。
しかし外堀が埋められていくので、「熊沢龍子」という少女がどんどん魅力的に見えてくるんです。
それはまさしく、和音の視点。
 

●刀●

基本は剣道の話ベースに進んでいきます。龍子と和音の話なので、二人を結びつけるものといえば当然剣道。
しかし二人は父親絡みで「刀」そのものの運命から離れられなくもなっています。
剣道だけじゃなくて刀が二人の関係をつないでいくんです。

過去話は両方の子についてなされているんですが、「剣道」「刀」「殺意」というテーマの中で、勝つにはどうするべきかを二人は悩みます。
いかんせん剣道へのスタンスが正反対な二人ですから、龍子も和音も相手に興味が有るんですが、接しあって話をするほどに刀そのものから離れられないことに気づきます。
面白いなあと思ったのは、龍子の方の顧問が、竹刀が真剣に見えないといけないというシーン。
なるほど、それだけの殺気に似た闘争心は龍子にはない。和音にはある。
でも和音は龍子の実力を認めざるを得なくなっています。
最初の試合であっさり勝ったはいいけど、こいつ只者じゃない、あの体が熱くなる感覚はなんなんだ!と。
それまで和音は冷静沈着に相手を「殺す」意識で剣道をやっていました。それこそ上のコマのように、父が刀に魅入られて殺気を放っていたように。六郎さんのところに真剣を見に来たのも、あの殺気はなんだったのか、刀に呪われていたんじゃないかという気の迷いを断つためでした。
 
まあ、たかが刀くらい見せてもいいじゃないか、って思うじゃないですか。
龍子もそういう感覚で「見せてあげてもいいじゃない」と六郎さんに言います。
でも六郎さんは絶対見せないんです。刀は人を斬る道具だと。人の肉を断つために研がれるのだと。
「剣道と同じさ、人を斬るという基本を忘れると、形骸化してただの的当てゲームになってしまう」なるほど。
その殺気を知りたいのが和音。
殺気を振り払ってしまうのが龍子。
和音はいつの間にか龍子の存在にどんどん惹かれていきます。もうそれはそれは嫌いだしライバル視しているんですが、あの子と竹刀を交えた時、間違いなく彼女は自分の懐に入り込んできたと。
それまでは冷静だった彼女は、龍子と会うと体が激しく熱く火照るようになるんです。

イカすサービスシーンですね。エロかっこいい。
これこそ、剣士の戦闘色です。
和音が龍子に会うたびに、胸が赤く戦闘色に染まるようになる。
いいねえ、なかなかいいねえ。
恋じゃないし友情じゃないしライバルってのとも違う。
実はこの作品、龍子の気迫と考え方に激しく引き寄せられて戦闘色になる和音の心理の物語になってるんです。

二人の距離は本当に複雑で、言葉で説明できないような微妙な距離感です。
まさにそれを描くための一巻なので、読んでみてください。
今後剣道も話しに絡んでくるとは思いますが、もう真剣やヤクザまで出てきちゃってるので、ただじゃ済みそうにはありません。
和音と龍子の関係を軸に、気合や気迫とはなんなのか、刀を握るとはどういうことなのかに迫る物語を期待したいところです。
あとお色気なー。ヌードよりも、龍子を見ると戦闘色でポッポしている和音がかわいくてナー。

まあ、ぼくが勝手に百合だなあと思っているだけで、そうじゃないじゃん!って言われたら、そうですねえ、って答えるしかない感じの微妙で複雑なお話。
分かってしまえばとてもシンプルな話なんですが、見せ方が本当にうまい。どんどんキャラの魅力に惹かれていく描き方は、和音の心理そのものです。
唯一惜しいのは、裏表紙のカラーの解像度が間違っていること。内容は非常にテクニカルで魅力的なだけに、二巻以降ここだけなんとか直して欲しい! ほんとに惜しい!