たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

入り口はどこからだって、楽しければいいんじゃないかな「ゆりてつ」

エイケン」「ゾクセイ」などを描いていた松山せいじ先生の新作が出たんですが。
いやあびびった。
なにがびびったかって表紙。
ゆりてつ〜私立百合ヶ咲女子高鉄道部〜 1 (サンデーGXコミックス)
誰!?
えっ、えっ、ぼくの知ってる松山せいじ先生の絵と違う。
ぼくの知ってる松山せいじ先生の絵といえば。

そうそう、こういう感じ。
ダイナマイツ巨乳キャラが多くて、線の強弱がものすごい明確でがっちり描き込むタイプの絵柄。
トーンもがっちり貼りこまれていて、こってりした画面が特徴だったはず。
なのに、今回の絵、あまりに違いすぎて「えっ、間違って買った?」と思いました。
だってー、同じ鉄道ネタを扱っていた「鉄娘な三姉妹」とも絵柄違いすぎて。これ別の作家さんの名前書いてあってもわからないよ!
どう考えてもこの子達、巨乳でうどん踏んだりする方向性の子達じゃないよ!
いやまあ、踏みませんが。びっくりしました。
 
中の絵も、キャラクターは白っぽくシンプルに、線は強弱をなくしフラットにされていて、何より目がくりくりしています。
こってり分が好きだったのに!という方も安心してください。鉄道が超こってりしてます。
絵柄の変化は、あとがきによると編集長の依頼らしく、「描いてみた」ということらしいです。
しかしマンガ自体はよくよく読むと、うんなるほど、松山せいじ先生の芯は通っているなと感じました。
いわば「松山せいじの挑戦」といえる作品。こりゃ面白くなって来ました。
 

●鉄道マンガのハードル●

テーマはタイトルの通り鉄道。
といっても「ゆりてつ」だからといって百合要素が強いわけじゃないです。「私立百合ヶ咲女子高鉄道部」だからゆりてつ。
ストーリーらしいストーリーは設定されておらず、ゆりてつが各地の色々な鉄道に乗って楽しむオムニバス形式です。

この絵が一番この作品の雰囲気わかりやすいんじゃないかと思います。キャラのライトなノリと鉄道の描き込みと、明るい空が魅力的な一枚。
右から、駅弁や食べ歩きが大好きな元気っ娘石塚まろん撮り鉄ツンデレお嬢様な能登まみこ、内気で突然巻き込まれた方向音痴の日野はつね、アニメオタクで聖地巡礼好きなマカー毒舌家の鶴見はくつる
個性はこの手のマンガとしてはベーシックですが、実は鉄道を楽しむ要素が揃っているあたり見事です。得意分野が分かれているってのはいいですね。
まあバラバラなので、冷静で中心になりやすい日野はつねが部長にされちゃうあたりの転げ落ちっぷりが面白いんですが。
で、この写真だけでどこの鉄道かわかった人は握手!
ぼくも大好きで何回か乗りに行きました。銚子電鉄ですね。
 
何回か書いてますが、すごーいゆるい鉄道好きなんです自分。
18切符買って時刻表持って乗り継ぎ乗り継ぎフルに5日旅行×2とかやっていた感じの。「乗り鉄」に分類されるんでしょうね。
しかし、鉄道旅行は好きなんですが、電車の種類とか駅名とかは全く知識ないのでとてもじゃないけど鉄オタとは言えません。
このへんハードル高いんですよね、なんだか。好きなんだけど、好きって言いづらい感じがして。申し訳ないなあと。
マンガで専門的なことを扱う場合、たとえば鉄道、ミリタリー、音楽なんかはとにかく基礎知識ありきではいるか、完全初心者向けにしないといけないのでハードルの調整が超絶難しい。しかもミリタリとか音楽は物語に絡ませやすいけれども、鉄道は物語作りがないというか、旅行そのものが物語だからなおのことその面白さを伝えるのは難しい。
かといって基本的な部分おろそかにしたら元も子もない。ほんと難しいマンガジャンルだと思います。
 
「ゆりてつ」はそういう意味では超初心者向けだと思います。
ぼくみたいな初心者が読んでわかるくらいだから多分間違い無いです。
けれど、玄人でも楽しめるところはちゃんとおさえているんですよね。

電車の描写、駅の描き込み、風景のこだわりが尋常じゃありません。
執念すら感じますのでこれはホント見ていただきたい。
鉄道が出るたびに名前の説明や駅名や路線の解説も入っています。分かる人にはニヤリです。
でも何がすごいってそれ読み飛ばしても面白いんですよ。
上のコマで重要なのはこれがデハ801で2010年に引退したことじゃなくて、電車が溶け込んだ風景を友達と見る楽しい時間の方。これなら確かに鉄道わからなくても、風景の1つとして「ちょっといいかも」と入り込みやすいです。
だけど鉄道好きでも楽しめるうんちくもきっちり入っており、ここからこう移動したらどのくらいかかる、ここで乗り換える、ここで駅弁買うにはどうしたらいい、などがさらっと書かれています。
「鉄娘な三姉妹」もそのへんよくできてましたが、今回絵柄と雰囲気がライトな分、さらに間口が広がっています。
基本的には、かわいい女の子ナビゲーター。これだけで十分楽しいんですが、もう一歩踏み込んでいるのが松山せいじ先生流。
 

●好きなものへの入り口●

鉄道オタクの子たちがわいわいやっているのを見るのだけでも楽しいんですが、今作でキモになっているのはおそらくアニメオタクの鶴見はくつるだと思っています。
いや、読者目線にしてみたら、非テツの日野はつねが主役なんですが、「鉄道の何が面白いか」と「趣味の入り口はなんでもいいんだよ」というのを切り開いている、ぼくにとって最重要なキャラだからです。あとかわいい。
 
もともと彼女はテツではありませんでした。内気で無愛想で、孤立した少女でした。彼女は友達が少ない、じゃなくていない。
でも、今はゆりてつの仲間の中では堂々としすぎるくらいみんなと楽しんでいます。
なぜか、という経緯が6話にかかれているんですが、これがいいんだなあ。

テツではない彼女、一人ぼっちで聖地巡礼するのが趣味の一つだった、というエピソードが語られます。
自分も詳しい人に教えてもらって聖地巡礼したことありますが、これはねえ……ほんと楽しいですよ、想像以上でした。
ちなみにこの「海ノ口」はおねティ・おねツイですね。
そこで石塚まろん能登まみこに出会うのですが、その時も彼女はまだ別に鉄道自体に興味は持っていませんでした。
 
鉄道に興味をもつのは必ずしも最終地点ではない、というのがいいなあとしみじみ思うんですよ。
そりゃもちろん、興味があったほうが無いよりは楽しいです。
けれども、自分にとってなにが楽しいか、それを分かり合える仲間がいるか、なんですよね。

みんなと旅行するのが楽しいから乗る、でもいいし。
聖地巡礼したいから乗る、でもいいし。
駅弁食べたいから乗る、でもいいし。
写真撮りたいから乗る、でもいい。
最終地点は、きっかけになった動機とイコール。
こだわるよりも「楽しい」が最終地点なのが、いいんですよ。
 
松山せいじ先生作品はびっくりするほど全肯定な作品が多いです。
悪意に当たるものがほとんど存在しない。トラブルや揉め事があっても必ず解決する。全員が必ず幸せになる。
絶対に、笑顔になる。
なかなか読んでいて不思議な気持ちになります。なぜこうも相手のことを信用できるんだろう、どうしてこうも相手のことをすぐに好きって言えるんだろう、と。
でもいいんです。何があろうと全肯定。あらゆることすべてを「楽しい」に置き換える。
それがエロネタであろうと、鉄道ネタであろうと。
最初に「絵柄があまりにも違う!」と書きましたが、読めばわかるというのはそこです。
あっけにとられるほど彼女たちはお互いを疑うということをしません。善意の弾丸みたいな4人なんです。
これが一番の安心感。松山せいじ先生のマンガは読んでいて不安にならないから、手にとって寝る前に読もう、ってなる。
多分、意図的に誠実に作っているんだと思います。
モブですら善意しか示さないこの世界、美しいですよ。
美しいものって楽しいじゃないですか。それでいいと思うんです。
終わり良ければ、じゃない。全て良し。常に良し。
 

今回は特に絵柄とあいまって、頭空っぽにして背景と女の子を見ているだけでも幸せになれる作品。
制服が実際にありそうでかわいいのもいいですね。