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オタクという感覚の出発地点、終着地点「21世紀の吾妻ひでお」

ダウナー系ドラッグマンガ特選集「21世紀のための吾妻ひでお」(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース
 
エキサイトニュース書かせていただきました。
 
吾妻ひでお作品はリアルタイム世代ではないのですが、いわゆるSF期作品を読んでどっぷりハマりました。
ハマったというか、怖かった、が近いのかなあ。子供時代のSF体験が吾妻ひでお藤子・F・不二雄だったので、SFって怖いものっていうイメージです。最初に読んだのが「海から来た機械」。
ななこSOS」は見ていたのですが、同じ人だと全く気づかなかったものです。まあ多分本人も描き分けているでしょうしね。
 
吾妻ひでお作品は本当に幅が広すぎる上にディープすぎて、一気に理解するのはどうにも無理というか、一気に理解しようとすると脳がやられます。
幻覚と現実がごちゃまぜになっている世界の描写、キャラはハイテンションなのにどんどんダウナーにしずんでいく感覚、ごくあたり前のように不幸が起きている世界。
やはりこれは理解するには順を追って読んでいかないといけないんですが、今回の「21世紀のための吾妻ひでお」はその入門書としてはもって来いだと思います。
 
とにかく山本直樹先生の解説が丁寧なんですよ。文体はすっごい軽くて雑な感じを醸していますが、これ全部読み込んで研究した人の文章です。吾妻ひでお研究家と言ってもいい。
自分もこれ言われるまで理解できてなかったのですが、「やけくそ期」「不条理期」について山本直樹先生が説明しています。

山下洋輔ビバップの技術を極めた末に「メチャクチャにやっていいことにしよう」とフリージャズを始めた、という例えがわかりやすいんじゃないでしょうか? わかりづらいよ。

わかりづらいですが、なんとなくわかります。
阿素湖素子(あそこそこ)がヒロインの『やけくそ天使』とかが今回収録されているんですが、見るとわかるようにスピードを抑えるということを一切していないんですよね。まさにやけくそ期です。
マンガってある程度なんらかの解説的なカットやコマ、伏線があって、それを元に読者が推察していけるように道を作るものですが、そういうものを吹っ切って全力でアクセルベタ踏みなんです。1コマ目、2コマ目、3コマ目と脈略があるのかないのか分からないし、そこに理由はないんです。
収録されている『やけくそ天使』の「オレたちには明日があ〜る〜さ〜♪」では、ケンカをして共倒れした男たちを見て素子が婦警の格好で「サイフとチンポとって…と」とセリフを言います。
おかしいよ。チンポ。しかもその次のコマではあじましでお(または吾妻ひでお・あるまじろお、ようするに本人)が女学生をレイプしているというね。
このスピード感、山本直樹先生の言葉を借りると「もはやマンガの制限速度を突破し、徐々に見たこともない景色が見え始める」
完全な躁状態ですね。
 
同時に猛烈な鬱状態を描いたのが、吾妻ひでおキャラのヒーローともいえるブキミを中心としたネクラもの。
『スクラップ学園』では、阿素湖と正反対のツッコミ系処女ヒロインのミャアちゃんが登場するのですが、彼女は健常なものの周りの人物がとにかくキテレツ。どんどん不条理で、80年代に「ネクラ」と呼ばれた世界に突入していきます。
このへんは、この時代のオタク(って言葉はこの時代ないけど)を経験した人に語ってほしいなあ。
同人誌即売会の様子も描かれていますが、そこにはロリコンの神様蛭児神建も出ています。といって分かる人は相当なもんです。
オタクというかマニアの世界が、今みたいに明るく楽しいイメージではなく、ネトネトした性欲やらパトスやらが蠢いていて、何を言ってもネガティブ思考に走り、しまいには現実と幻想が曖昧模糊とした混沌に飲み込まれていく。これを吾妻ひでお先生は描いていきます。
ここから『不条理日記』に入っていくと、まさにヘロイン。アッパーから一転してダウナー系です。
『スクラップ学園』に出てくる「暗い青春の会」が理屈を超えて非常にそれを体現しています。何がかっこいいとか、何が正しいとかじゃなくて、とにかくダウナーで、性欲が鬱屈していて、ぬるぬるジメジメしている。
 
ここからひとまわりどころか30年たって、今。
山本直樹先生が表紙に選んだのが、色々スキャンダラスなうしじまいい肉ちゃんと中野まんだらけの組み合わせでした。

おたくというものの出発点を作った吾妻さんの本のカバーを、おたく的なものの一つの到達点であるうしじまさんが飾るということで、一つの円環が閉じるような気がしたのです。

その理由を書かないのが山本直樹先生流。うー、にくいなあ。でもたしかになんとなくわかります。説明はしはじめたら何年もかかって次の世代になっちゃいそうですね。
願わくば「吾妻ひでお全集」みたいなのが出るといいんですが。どうやっても全部読むのが現在では困難すぎてもったいない。かといって学校の図書館におくような本ではないのもわかっているので悩ましいところですが、何卒! 何卒!
 
しっかし。
「おたく」という言葉は今肥大化しすぎて言葉が意味から乖離して独り歩きしている状態ですが、根っこの部分に鬱屈や性欲ややけくそが詰まったタイプの「おたく」は今も間違いなく形としてあって、まあ一部からみたらそれは「サブカル」なのかもしれないけどそんなカッコイイ名前じゃなくて情念みたいな状態で蠢いているのは、コミケとかで今も見られますね。
多分、20世紀・21世紀だけじゃなくて、19世紀以前にもいたんでしょう、そういう人達。
基本かわらないのよなー。