たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

覚悟を決めた顔と、最初からぶっ飛んでいる歪みの笑顔。「鉄風」五巻

以前もちらっと書きましたが、鉄風5巻の話です。
戦う女の子とか、好きだから。 - たまごまごごはん
 

●強さに向かう、正気を保った根性の世界●

5巻のなにがすごいって、キャラが一気に揃うことで、強さを求める女性達の「正気」と「狂気」がはっきり描き出されたことです。
1巻からずーっと、夏央といいゆず子といい、狂ってはいたんですよね。
 
夏央はそのタッパと身体能力で、打撃系ファイターとして育つに値する未来の持ち主でした。
しかし彼女の目的は、非常に曖昧です。
充実している人間を潰すという歪み極まりないものではありますが、「努力をさせて充実させてほしい」という漠然とした思いがその根っこにあります。
「鉄風」の馬渡ゆず子の真意が全然読めなくて面白い。 - たまごまごごはん

「あの身長と身体能力、キチンと体を作って大事に育てていけば、5年後……ううん3年後にはトップクラスの選手になれる逸材だと思う……」
「……無理です。多分……あの子にとって、格闘技は手段であって目的ではないんです。正直……あの子が3年後も格闘技を続けている姿が、私には思い浮かばない」

1巻の序盤はほんとうに心に闇を抱えたわからない子として描かれていますが、5巻までくると、なんとなーく彼女の考えが見えてきます。
ここでも出ているように「手段であって目的ではない」。
彼女は努力して、叶わないほどの世界に身を投げて、さらに努力する、という目的のために格闘技で勝つように努力しています。
完全に手段と目的逆です。
でも、まだわかる。まだ、人間っぽい。

これは夏央が試合で、真日本女子プロレスの期待のルーキー曽我部ひさ子を、一撃でKOしてしまった後の表情。
相手は今まで総合の試合でも、きちんとレスラーらしくスタミナを奪って関節に持って行ってねじ伏せたり、組合いからの膝で相手の眼窩底を折ってTKO勝ちしたりする、正直敵に回したくない選手。ずばり強いです。
それも、努力を積んで積んで積みまくって、鍛え上げたタイプの強さ。
 
夏央も「努力」はしていますが、天才なので自分で「努力」だと思えていません。
あっさり曽我部を倒したのも、ある面天才的な判断なんですが、同時に努力や地道な戦いをするタイプの人間からしたら「無謀」この上もありません。
そこで叱られて、この顔ですよ。
いわば「努力をしているようでいて、自分はまだ努力できていない」ということなんですが、それって相手の強さに対する「不満」
こんな顔、倒された相手が見たら、泣くよ?

「残念そうな顔……幼い…経験の浅いこの時期だからこそ出来る顔……つまり「不満」。傲慢の上に成り立つ不満」

5巻は夏央のモノローグよりも、総合格闘の経験者で、夏央の力のはるか及ばない可鈴さんをはじめとした、周囲の目から見た客観的な語りで描かれている巻。
なので、夏央の立っている場所、格闘している場所を本人よりも的確に判断しています。
この子は格闘技がしたいんじゃない。
努力がしたい、充実がしたい。
まあ、思いっきりはみ出してますが、まだわかる。まだ、気持ちはわかる。
ファイトスタイルは本当に無謀なので、まだよくわかりませんが、手足折られても彼女充実しちゃいそうです。
可鈴が夏央に、この試合の前に「負けるべきだった」というのもわかります。
 
夏央がハミ出しかけている、けれどまだ理解できなくはないのは、他のキャラとの対比によって分かります。
夏央が一撃で倒した曽我部。
彼女は本当に努力して強いんですよ。体も鍛え上げ完成しています。
けれども、一撃で。たった一撃で負けた!
こういう時、常人ならどういう反応をするか。

そう、悔しい
鼻の骨折られて、すっごい歯ぎしりして。
涙ぼろぼろこぼして。
そこに対する、女子プロの社長兼選手神薙忍の声かけは、このマンガ屈指の人間臭さです。
「目一杯落ち込んどけ。この事を絶対忘れるな。そしたらお前はもっと強くなれる。だから間違っても辞めるなんて言うなよ?」
お前はウチのエースなんだ。
ぐっと、胸が熱くなりますね。
格闘技ならずとも、スポーツをやっている時に感じる楽しさ、感動、喜びはこういう「悔しさ」の上に成り立っている、というのはこの作品でも「間違い」ではないのを、彼女たちは証明してくれているんです。
みんながみんな夏央と同じような歪みを持っているわけじゃない。
けれども。
根性とかでは越えられない、業のような「強さ」の壁がある。
曽我部はそこを超えていません。
夏央もまだです。
このマンガはそこを乗り越えるための熱血マンガじゃないです。
乗り越えちゃった人間の冷血を描いたマンガです。
 

●破壊者達の歪んだ世界●

幼いころ、泣き虫だった夏央のそばにいつもいた、空手少女早苗。
夏央のかつてのあこがれの人でした。
彼女は夏央とちょっとした因縁があって、それを返すために総合格闘「G-GIRL」に参戦します。
まーたこれを炊きつけた菅野先生ってのがくせもので、そもそも空手部としてインターハイに出なきゃいけない時期に、彼女をちょちょいと総合の試合にはめこんじゃうんだもの。
さっきまでの「乗り越えた乗り越えない」の話で言えば、あっち側に行っちゃった人間です。
ほんとは生徒を総合の試合に出場させた時点で、問題あり、らしい。
まーねー。テレビに出るような試合だしねー。
 
じゃあ早苗は?というと、恐らくこのコマが全てを物語っていると思います。

これは……そうとうえげつないね。痛いとかじゃなくて、ヤバいよ。
下手したらそう、ほんと死ぬよ。
 
彼女はまず、左ストレートパンチを出しながら視界を遮り、左ハイキックで頭に一撃を入れる。「簾」という技でまずダウンを奪います。
伝統空手の技らしいですが、体の重心を考えたらそれが攻撃力を持ったものになるのがいかに難しいか分かると思います。右から左じゃなくて、左から左。
早苗自身はその他にも、ミドルキックの軌道の蹴り足を中足と呼ばれる、脇腹に差し込むような蹴りに変えたり、相手の攻撃を受け流して転ばせたりします。
全部「すぐできること」ではないです、努力と練習の賜物。
でもですよ。
いくら強くても、今まで寸止め空手で戦っていた彼女がまず攻撃を当てるようにするには、一つ欠かせないものがあります。
覚悟です。
相手に対して、攻撃を加える、という覚悟。
例えば上のコマでも、ダウンした相手を関節技でおさえることも出来るわけですよ。というかそっちのほうが容易なくらいの状態。
なのに、あえて彼女はここで、腹に一撃を加えました。
TKO勝ちです。レフェリーストップです。
あの百戦錬磨の可鈴ですら「えげつな……」と言葉を失うほどです。
 
早苗は昔は非常によく笑う子でした。
今は、一切笑いません。喜びません。
キラーマシーンのような彼女は感情を失ったのではなく、勝つために、強さを求めるために、振り切って捨てたのです。
だから、えげつない一撃をあえて加えることができた。

後輩の我如古舞(がねこまい)は、一年生で早苗を尊敬している少女。今回の大会には猛反対をしていた子です。先生のことも当然大嫌いです。
そんな彼女が、このえげつない一撃を見て魅了されるんですね。
菅野先生「変態だねぇ」。
何でッ!?って言ってますが、変態ですね。
我如古さんはこの作品の良心とも言える「こっち側」の努力や根性や勝利を求める子なんですが、覚悟を決めて「あっち側」に行った人間の放つ鈍い光を目の当たりにした時、ヒくんじゃなくて惚れてしまったようです。
 
「こっち側」。がんばろう。強くなろう。勝利しよう。
「あっち側」。勝つのは当たり前。強くて当然。湧き上がるのは「欲」。
その「あっち側」の極北にいるのが、通常のマンガであれば「かっこいいヒロイン」として描かれるはずの(一巻ではそう見えた)馬渡ゆず子です。

彼女は紛れもなく強い。
夏央のような歪んだ感情はないし、早苗のように感情を捨てて無表情にもなりません。
純粋に戦い、バカみたいに強くて、そしていつも笑顔です。
「いつも笑顔」。
これが、猛烈に怖いんだ。
 

これは4巻から。
ゆず子は女子ボクシングスーパーミドル級チャンピオンを、全部違う技で10本一本勝ちする練習をします。
ずっと笑顔。おもちゃに出会った子供のようです。
でも、仮にもチャンピオンですよ。わざわざ呼んでおいて、ボッコボコにして、嬉しそうにしているなんて。プライドベキベキですよ。
この後、彼女は引退してしまいます。
ゆず子は、きっとそれすら分かっていない。勝利に対する執念のようなものもない。
ただ単純にボッコボコにして笑顔を振りまくだけ。
 
今回は、総合格闘技乱舞流のエース、浅野藍と試合をします。
浅野は、本格的に強い。純粋に格闘技が好きで、勝ちたくて、そして努力を積んできました。
純粋VS純粋の試合。今までは歪みが大きすぎてあまりなかった取り組みですが、この試合によって、ゆず子の純粋がどう歪んでいるかがはっきりと浮き彫りになります。
浅野は「普通に強い」ですが、ゆず子は「ばかみたいに強い」ので、あっさり勝つわけです。
純粋に戦ってきた浅野にしてみたら、この「またやりましょう!!」の笑顔は、自分が信じて努力してきたものを全部ぶっ壊してしまう狂気です。

「この子純粋すぎる……一度折れたらもう立ち直れない。大成出来る子は決まってるの。「業」のある天才か、「才能が無いと思い込んでる」天才……」

浅野のセコンドについていた「魔女」こと本間のモノローグ。
冷酷ですね。
今まで育て上げてきた子に対して、あっさりです。
それまでは浅野も本間も、強くて勝つのが当たり前、いわば「あっち側」、ゆず子側の人間でした。
浅野は強いし純粋に格闘技を楽しんでいるけれども、半端に天才だったから負け知らず。今回も勝って当然だと思っていました。
 
ところが、あっさり、本当にあっさり負けます。
純粋な浅野。でもさらに純粋すぎるゆず子。
彼女が何を考えているのか、誰にもわからない。
「真っ直ぐ過ぎて、逆に歪んでる気がして……なんでだろう、リンジィと似てるようで根本の部分が違う気がする……」
友人ですら、ゆず子のおかしさには気づいています。
本間のセリフでいえば、「業のある天才」は早苗、「才能が無いと思い込んでる天才」は夏央でしょう。
じゃあゆず子はなんだ?
5巻まできたのに、わかりません。
むしろ、「純粋」な浅野と戦ったことで、ますますわからなくなりました。
多分本人に聞いたら「勝ちたいからです!」とか「楽しいです!」とか「!」付で言うでしょうが、淡々と笑顔で他の選手の未来を潰していく様子は、不気味ですよ。
ネガティブが人を傷つけるように、行き過ぎたポジティブは凶器にも変わる。ザックザックと人の心を切り裂く。
鉄風のにおいは、どうもすこしざらついているみたいだ。
鉄風 1 (アフタヌーンKC) 鉄風 2 (アフタヌーンKC)
鉄風(3) (アフタヌーンKC) 鉄風(4) (アフタヌーンKC)

今回のみどころの一つは、夏央の美しく鍛え上げられた腹筋だと思います。