たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

興味は必ずしも他人に伝わるとは限らないけれど『それ町』11巻。

 
それ町』11巻は、恐怖巻です。
というかミステリー巻。推理物がものすごく多いです。
しゃれにならない、ダーク石黒が見える凄まじい回もあるけども。
83話なんかはかなり日常推理ものとしてはよくできていると思い、感心してしまいました。
人が死なず、身近なちょっとした出来事を推理させるという作りでは、石黒先生のセンスはほんとすごい。
 
で、個人的に面白いなあと思ったのが、『それ町』のキャラによって描かれる興味の持ち方の観点でした。
 
例えばわかりやすいところだと。
・歩鳥はミステリーが大好き
・タケルはカードゲームが大好き
・紺先輩は音楽とオカルトが大好き
 
などなど。趣味ののほうです。
タッツンが真田くんを好きとか、真田くんが歩鳥を好きとか、エビちゃんかわいいとか、そういうのは今回はおいておきます。
その「LOVE」は特定人なのでずれがありません。
しかし趣味の好きは非常に曖昧だ、というのが描かれていました。
 

●車乗らない人の道路標識だ●

82話の紺先輩のセリフが非常に面白いです。
82話は先輩がタケルと初めて会ったシーンがあり、タッツンが好きな『退魔戦線』のことを歩鳥がまだ知らないので、比較的前の方の物語になります。
(『それ町』は基本、時系列がシャッフルされています。詳しくはこちら。晴耕雨マンガ それでも町は廻っている の時系列について Ver.2
紺先輩の家に、歩鳥がテレビを見に行くのですが、紺先輩はテレビを殆ど見ません。
歩鳥はミステリーが好きなので、テレビの推理モノのドラマをよく見ているから、そこそこはテレビ情報を知っています。
そこで、歩鳥は聞くわけですよ。
「そういや先輩って有名なタレントの名前も知らないですよね」
これに対しての紺先輩の答えは、すごい真理だなあと。

テレビタレントなんて、私にとったら車乗らない人の道路標識だ

これはうまい表現だなあ。
 
道路標識はとても大事なものですよ。車を乗ってる人にとって。
しかし車に乗らない人にしてみたら、別にそんな「ここ時速50kmか」とか見たりすることありません。
ただ、自分にとっては興味ありなし以前の問題ということです。
 
紺先輩は、決してテレビタレントをばかにしているわけではないんです。
歩鳥がミステリードラマ見に来たら、見せてあげますし、話も聞きます。
加えて、近所でミステリードラマの撮影があったとき、誰かわからない俳優ではあるけれども、歩鳥のためにサインをもらう準備をするという気の利かせようです。
紺先輩最高にいい人ですよ本当に。
 
「興味がない」は「嫌い」ではありません。
「興味が無い」は「気にかからない」ということ。全くもって車のらない人の道路標識です。
個人的にはそれを紺先輩が、わざわざ興味あるよとウソもつかないし、興味ある相手が喜ぶんじゃないかと考えるくらいの距離感を持っているところに強く惹かれたんです。
 

●ジャンルや枠はでかすぎる●

82話は物語の構造も凝っていて、作中ドラマ(紺先輩がサインもらいにいったドラマ)の物語と、紺先輩・歩鳥の趣味の話、タッツンの趣味の話が入り組んでいます。
ドラマの話もこれまた、かなり具体例として面白い。
殺人事件で行き詰まる二人。ラーメンが好きだという女性に、男性がラーメンを食べさせるのですが、女性が食べたかった・イメージしていた「ラーメン」は、背脂とかこってりとか太麺とかのラーメン。男性が食べさせたのは食堂の懐かし味中華そば。この二つは同じラーメンでも完全に別物っていっていいくらいです。
 
ははーなるほど、これはすごい納得できる。
一番最初にあげた3つの趣味を見なおしてみます。

・歩鳥はミステリーが大好き
・タケルはカードゲームが大好き
・紺先輩は音楽とオカルトが大好き

これをほどいてみます。
歩鳥はミステリーが大好きです。ドラマも見ますし、小説もかなり読んでます。
それを知っている紺先輩は、近所で撮影していたミステリードラマの俳優からサインをもらおうと考えますし、歩鳥もそれを聞いて大喜びするのですが、そのサインが誰のものかふたりとも分からない。
あれ? 結局これ誰の何のドラマ?
とても好きだったドラマにどんぴしゃにはまるかどうかは不明なまま終了します。
でも歩鳥は紺先輩がしてくれた行為に喜んだことでしょう。
タケルが紺先輩のかわりにサインともらいにいった時の、紺先輩の顔がさいっこうにいいんだよー。
 
タケルのカードゲームに関しては、エビちゃん初登場回でちょっと語られていました。
タケルはかなり頭脳派で、カードゲームは多少弱いカードでも頭脳を駆使して勝つ智将です。あいつの戦い方かっこいいよな!
エビちゃんはまったく興味ないわけですよ。嫌いなんじゃなくて、標識と同じ。男子のやることに別に気がいかず、興味が有るのはタケルの行動の方。
だから、エビちゃんは駄菓子屋でカードを買ってタケルにプレゼントしますが、開けてみるとそれは弱いものでした。
タケル的には使わないカードですが、エビちゃんがわざわざ自分のために理解を示そうとしてくれた」行為自体が、嬉しいから、喜んだんです。
紺先輩に対する歩鳥の感情と同じだと思います。
 
紺先輩の音楽に関しては現時点ではあまり語られていませんが(他にその部分に踏み込む人がいないため)、この感覚を見ていると、おそらく同じルートを辿る気がします。
オカルトは割と歩鳥にスルっとしゃべってますが、オカルト現象そのものが好きというより、オカルト現象にまつわる出来事や都市伝説に興味がある、に近いかもしれません。
いずれにしても、歩鳥は別に紺先輩のオカルトに興味はないです。嫌いじゃなくて、単にオカルトより推理のほうが好きなだけ。
お互い、興味がかぶることはないだろう。
けれども、相手に気を使って、理解はできなくても喜んで貰いたいとし、その行動が嬉しい。
 
考えてみたら「趣味のかぶっているキャラ」ってあんまりいないんですねこのマンガ。タケルの友達くらいか。
趣味がかぶらないからこそ、お互いの道路標識をまあ気には止めなくても、相手に親切にしてあげたいなと思いやるくらいの適度な距離感。
知らない同士なので地雷を踏むことも多々あるでしょうけど、相手の親切だとわかっていたら気にならない、かもね。
 

●好きすぎて言えない●

趣味がかぶっていない、というのは同時にカミングアウトできないというジレンマを抱えます。
同じく82話で、タッツンがアニメオタクだということが判明します。

タッツン「……今まで、誰にもいってないし、それらしい素振りはおくびにも出した事なかったけど……私……実は……若干趣味が……その……オタク寄りというか……」
歩鳥「えーー!?」
タッツン(やっぱ引くか)
歩鳥(今まで気づかれてないと思ってたのかよ!!)

わははは。笑えない。
 
どんなジャンルでも、隠れオタクはなかなか苦しいもの。
ソースは自分。隠れオタク歴長かったし、今でも別に聞かれないと自分からは言わない。
ここでは例としてタッツンのアニメオタクっぷりが披露されていますが、面白いのはこのカミングアウト挙動と、歩鳥の反応ですよ。
「若干オタク寄り」どころか、ゴリゴリにオタクだよタッツン! アニメコラボキャンペーンのカード欲しさに友達連れてファミレスって、そこまでするなんて。
でもなんかわかる、なんでかこう、隠すよね。ぎりぎりまで。
 
タッツン側としては「引かれるのがイヤ」だから隠しましたし、カミングアウトしづらかった。
歩鳥側としては「いまさらかよ! 知ってるよ!」です。
案外これってリアルな状況な気がします。
よくできてるのが、このカミングアウトの環境がファミレスのアニメコラボキャンペーンだ、ということ。
それだけこの世界においては、アニメキャラコラボはマニアックなことではないんですよ。
まあ、コラボっていっても「退魔戦線」ってアニメが「ONE PIECE」領域なのか「タイガーアンドバニー」領域なのか「WORKING!!」領域なのかで度合いはかわりますが。
 
ぼくが好きなのは、歩鳥が全然違う料理頼んだのにもかかわらず、聞いた後にコラボメニューを二つ頼んでいるということ。
エビちゃんがタケルにしたのと、紺先輩が歩鳥にしたのと、同じ事を歩鳥がタッツンにしているんですよ。
「興味はない」けれども、相手が喜ぶだろうからしてあげたい。
 
89話では、タケルのクラスでの男子の趣味ノートの話が出てきます。
男子たちが、カードデッキの研究をしたり、バトル記録を記したり、オリジナルカードとかを真剣に考えて描いたデータ集です。
おおいいじゃんいいじゃん、熱いねえ、タケルくん男の子だねえ。
似たようなことを、ネット上で大人のぼくも友人達とやっているわけですが。情報交換熱いよな。
しかし、エビちゃんに「なに?」と聞かれて価値観がごろっとひっくり返ります。

タケル(自分の考えたオリジナルカードとかが真剣に描かれてるんだけど……これを女子に説明するとなるととたんにハズかしい……)

そうそう。真剣なんですよ。全然おちゃらけてない。真剣に遊んで、興味のすべてを注いでいる。
けれども、価値観の違う相手からの視点を考えた瞬間強烈に恥ずかしくなる。
特に大きなくくりで、小学生だったら「男子」「女子」でわけられるでしょう。最近はそれも減って来ましたけど、やっぱり男子と女子はだんごになるし。
さらにそこから細分化され、最終的には「自分の趣味」を持つようになります。
そこまでいくと歩鳥や紺先輩のようになると思いますが、まあ、タケルはまだその段階までいっていません。
タッツンもそうでしょうけれども、感じている「恥ずかしい」は、一般論的なメジャーとマイナー感覚の差でしょうか。割りと自分のありかたを作るタイプのキャラなので、タッツンはそれが崩れるのが恥ずかしいっていうのもあるかもしれません。
 
あのモリアーキーですら88話で歩鳥の行動を見て思いやりを示したりと、個人的には人間の距離感が面白いなあと感じる11巻でした。
そして久しぶりに出てきた亀井堂静の異様な存在感。

見事なシャフ度。
このセリフが89話とリンクするんだもんなあ。やってくれるぜ。
 

一巻に一回出てくるかどうかのエビちゃんが出てくるだけで興奮します。