たまごまごごはん

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CD「supercell」で電気羊の夢を見る

supercell<初回生産限定盤>
supercell feat.初音ミク
Sony Music Direct(Japan)Inc.(SME)(M) (2009-03-04)
売り上げランキング: 2
supercell届きましたー。
初回限定版は死ぬほどでかくてびびりました。が!イラスト集の出来が異常によいので、限定版買うのおすすめします。
DVDの方はニコニコ動画のがバージョンアップしたくらいな感じです。
しかしこれがオリコン2位というのも驚きですね。これを「歌」として見るか「楽器」としてとらえるかでまた不思議さが増しますが、楽曲としては折り紙つきのよさなので買って問題なしです。
で、ここからは「もうニコニコで聞いているよ」という人向けの感想になります。
 

●音が厚く重く、軽やかに。●

まず、音質のよさは当然のことながら、音そのものをがっちり作り直しているので、大分原曲と印象が違うと思います。
余計なノイズは省き、生クリームのような装飾を追加し、重低音のスポンジケーキはさらに濃厚になっている、そんな印象があります。「ワールドイズマイン」は毎日10回は聞いていたよ、なんて人でも、いやそういう人こそ、本CDの音の厚みのボリュームアップには驚くんじゃないでしょうか。
「恋は戦争」「ワールドイズマイン」「メルト」「ブラック★ロックシューター」という名曲中の名曲は総てリマスタリング、というか総作り直し状態で、是非ともじっくりヘッドフォンで聞いてみてください。
特に低音。おいしいです低音。「メルト」のパワーアップっぷりなんかは尋常じゃないです。トッピングされた音によって疾走感も3倍増しです。
 

●「初音ミク」である意味●

はて、一番気になるのはこれが「ボーカロイドで曲がいいから評価された」のか「曲が良くて、ボーカロイドじゃなければさらによい」のかです。
ようは、これらの楽曲が「初音ミク」であることの意義です。
 
自分はこのCDが売れたことが「人間にボーカロイドが取って代わった」とは全然思いませんし、そう思って買っている人はそんなにいないとも思います。あくまでも「ボーカロイドボーカロイド」なのです。
 
ボーカロイドが人間に勝っている一番の部分は「音域」です。これをぶれなしで出せるのは機械のみです。
supercellが作る曲は、聞いていると非常に滑らかなんですが、これを人間が歌うと相当ハードです。高いところと低いところが激しくて、歌いこなすのはものすごく困難な楽曲なんですよね。
でもボーカロイドなら、出ます。不自然さは一切無く歌うことができます。
おそらくそれらも計算されたことでしょう。
 
つまり、ボーカロイドの特性を生かし、楽器として認識しているのが一つの点としてあると思います。
実際、曲によって質を変えていたりすらもします。これも人間ではなかなかできないことです。
ボーカロイドは言葉というメロディーを自由自在に、思った通りに表現する楽器なのです。
 
しかし同時に、supercellの楽曲は「初音ミク」という女の子を非常に生かしています。
戦う女の子、気高い女の子、やさしい女の子、恋する女の子。それを「ミク」というスポンジに吸収させて、色々な味付けをしています。
初音ミク」は公式の設定があるキャラクターではありません。使用者が自由に考え、好きに使うことの出来る素体です。
だからミクが何を考え、どういうキャラ性を持ってもいいわけです。
それをsupercellはうまく掴んでいます。一般的な初音ミクのイメージから、オリジナルなイメージまで、自在に「ミク」を「女の子」として色をつけています。曲ごとに。
 
「楽器」としてミクを使い、「素体」として女の子の心理を持たせた。
これらの曲をすべて人間が歌ったとしたら、それは確かに「楽曲」としてのレベルはあがるでしょう。
しかし、これらの曲は「初音ミク」という「何にでもなる器」を使うことによって初めて作品として完成しているのだと思います。
「音楽的に」ではなく、「テクノミュージック文化的に」です。
 

初音ミクは電気羊の夢を見た。●

ボーカロイドのCDは続々と発売されています。
そりゃもう、言ってしまえば人間が歌った方が音楽的にはよいものが出来る可能性だってあるわけですよ。
でもあくまでも無機質な機械音を、無数の人のイメージで成長させて行き、楽器として自由に表現させていくことに意義があると思うのです。
ボーカロイド=人間の歌」ではないです。「ボーカロイドの歌」は「ボーカロイドの歌」なのです。
そこには、「かつてぼくらが見た近未来」的なよさ、レトロフューチャーや、このぎこちない部分から伝わってくる面白さがあります。完全なる理想の少女偶像を勝手に押しつけて想像することすらできます。
だから、ボーカロイドは一人歩きをしません。
あくまでもボーカロイドは人の手によって作られ、聞き手のイメージによって成長するのです。
 
自ら思考はしないけれども。
このボーカロイドという、受け手のあらゆる想像と需要を満たすことができる器を持ったこの機械を通して、「未来」なんていうちょっと口に出すと恥ずかしいけれど胸がわくわくするようなビジョンすら見せてくれるのです。
 

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ブラック★ロックシューター」や「恋は戦争」の絵を見たときは結構ショッキングでした。いやー、なんか作られたミク像に寄りかかりすぎて、「ミクはもっと自由なもの」というのを忘れていたというか。ミクで「初音ミクっぽいもの」ではない全く別のものを表現していいんだ、というか。ブラック★ロックシューターは絵ありきで生まれた曲ですし。本当に柔軟。