たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

サディズム、フェティシズム、女体賛歌。「シスタージェネレーター」

沙村先生と言えば「無限の住人」だ、というのが最初のイメージ。
その後まさかの「おひっこし」でイメージががらりとかわりました。
そして、「ブラッドハーレーの馬車」がなぜか普通の本屋で長く平積みされ、口コミで大ブレイク。
ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS)
昔から沙村先生を知っている人にしたら「あーそうだよねー」という、新規で見た人には「なんじゃこれは!」という驚愕を及ぼしてくれました。
今goodアフタヌーンで連載している「ハルシオン・ランチ」はまたしてもおかしな方向に向かい、読者をいい具合に混乱させてくれます。
まさに変幻自在すぎる作家、沙村広明先生。その短編集「シスタージェネレーター」もまた、不思議な方向に飛び出しています。
とはいえ、共通する物もあります。それは女性描写の丁寧さです。
 

●サディスティック・マゾヒスティック・サーカス●

この短編集、起承転結の突飛さが一番面白いので、とりあえず内容については触れません。実際に読んでみてください。
今回はそこに流れている女性への視線だけの感想を書きます。
 
「ブラッドハーレーの馬車」や画集を見た人は、沙村先生の描く、女性への残虐絵図をよく知っていると思います。

ヴァニラ画廊で個展もやっていましたね。
vanilla-gallery「娘達への謝罪」
グロ注意。
非常に陰惨な絵を描く作家さんです。
方向としては浮世絵の責め絵に近いと思います。
おそらく男女共にあまりいい顔をしない人の多い作風だと思いますが、同時にそこまで強烈なグロテスクさはないんですよね。
もちろんヒドイ目にあってますし、物語も悲惨なものばかりなのですが…。
一口にサディストであるとまとめるにはちょっと別次元な感覚を受けます。
 
サディスティックな視線・マゾヒスティックな視線は、何も身体への責めだけでなくとも描くことが可能です。精神面的な部分など、微細な表現で行うことが出来ます。

短編集収録の『久誓院家最大のショウ』より。
カメラを向けているのは父親です。
沙村作品の女性は、強い女性も、虐げられる女性も、皆一様に鋭い目をしています。何があっても壊れなさそうな気高さを持っています。
まあ、それでも精神がポキポキと折れることがあるから恐ろしいのですが。ただ何があろうとも気高さはなくなりません。
体つきも伸びやかで、均整が取れています。生々しい肉感を込めて描かれる様は、まるでこのカメラを向けている父親の視線そのものです。
 
沙村作品の戦う女性も、いたぶられる女性も、共通して『美麗なもの』と賛美されています。
女性は美しいのです。女性の肉体は男性の手中に収まるものではないのです。
そんな賛歌。
だからこそ、手に入れたい、屈服させたいと願う魂の誓願が数々の作品にこもっています。責めるにせよ、責められるにせよ。フェティッシュというのはフィルターに過ぎず、根にあるのは崇敬の念にも似た憧れです。
そこが女性読者をも惹きつけるポイントなのではないかと思うのです。
 

●手に余る少女達●

沙村先生は「制服の少女が好き」だとたまに書くことがあります。
ドレスや和服などを描く機会の方がどうしても多いのですが、今回の後書きでも、「ブラッドハーレーの馬車」の後書きでも制服がいいと言っています。
制服という記号の持つフェティズムについては、言うまでも無いところ。

短編集収録のショートショート『制服は脱げない』より。クイックジャパンに載っていた作品で、ある意味非常に沙村先生っぽい作品です。
ここに出てくる主人公は気の強い女子高生二人。
現実的な臭いをプンプンさせつつも、「こうあって欲しい」と願う強い女性像の具現のように見えます。制服で格闘ポーズとっている二人の絵なんて、もう理想像じゃあないですか。
 
少女達は縦横無尽。
非常に手に余る存在です。とても押さえ込めるものじゃあない。
なんてったって、自分が「女子高生」にはなれないですからね。存在そのものが脅威です、女子高生。
沙村作品の中の女性は、非常にリアル寄りに描かれています。絵柄も心情も。しかしその反面とてもデフォルメもされています。ものすごく「特別」感が強いのです。

先ほどの『久誓院家最大のショウ』のヒロインが幼い頃の動画を見ているシーン。
そう、最強なんです。文字通り。
最強なものには叶いません。女性は美しくて、きれいで、肉体的に魅力的で…最強。
叶わないから屈服するか、叶わないから屈服させるか。
いずれにしても、叶わず「美しい」と感じた時点で、負けです。
 

●性欲ではないコレクション●

先ほどのヴァニラ画廊のところに「2004年 、性欲がすっかり枯れ、責め絵を描かなくなる。」と書かれています。
トリックスターみたいな作家さんですから、半ば冗談だとも思いますが、沙村先生の女性が魅力的なのはそこにも原因があると思います。
ものすごく性的な視線で性的なことを描いていながら、ものすごく乾いている。
いわばコレクションのように淡々と、しかし丁寧に並べている感じがあるからです。

すごい重箱の隅みたいなコマなんですが、『久誓院家最大のショウ』のヒロインの部屋に人形が飾ってあるのですよ。
たくさん並んでいますので、偶然ではないでしょう。意図的に描かれている人形達です。
美しいものへの賛歌は、手に入れることを突き詰めるとその形のみを残して、人形か死体になります。本当に賛美しているものは、はるか手の届かないものだから、偶像にするしかないのです。
この作品集に出てくる女の子達は非常に俗っぽかったり、あるいは極めて純粋だったりします。それらに対して畏敬の念を抱くとき、一歩離れるか、はたまた人形のように愛でるかしかないのです。

それをメタ的な視点で描いたのが『シズルキネマ』。
なんとも…いや、言えない。読んでください。
果たして読者が見る少女への視点は、どの位置になるのでしょうか。
 

本当に読んでいる人の気持ちをあっちこっちへと振り回すすごい作家さんです。
シリアスな話もギャグも、一枚一枚の表情に女性のものすごい複雑な面を湛えさせています。
「私のを飲んでお兄様」の後の表情は絶妙すぎて、当分忘れられそうにありません。
 
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school girl complex -スクールガール コンプレックス-
素晴らしい少女記号サイトなので、毎日見るのをオススメ。女学生という記号の持つ面白さを味わえます。