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狂った世界のボーイミーツガール〜乙女男子なめんなよサリエリ万歳!〜「来世であいましょう」

小路啓之先生のマンガ、と聞いて「ドキューん」と来る人はだいたい友達。
言葉で説明のしようがない独自の世界観と、誰一人としてまともな人間のいない世界は圧巻の一言。
詳しい読み込みは一旦おいておいて、とにかく新刊の「来世であいましょう」が面白くて体が壊れそうなんですけど、っていう話。
 

●みんなイってしまう●

ストーリーを語るとネタバレになってしまうのですが、この狂った世界観は表紙だと絶対分からないです。もうどこから説明すべきか迷うんですが、とりあえず「この世界にはまともな人間は一人もいない」というところからはじめます。
 
たとえば、これはどうでもいいコマなんですが。

間違いを探しましょう。
 
こんな感じでギャグなのか本気なのか分からない世界がぱんっぱんに詰まっています。
右を向いても左を向いても、ナチュラルに狂った事しかしていないので、「おかしくないと普通じゃない」ように見えてき…ません。やっぱりおかしい。
脇役のキャラクター達はさらに拍車をかけてとんちんかんです。

こういうのは「奥手」と言っていいのか非常に迷うのですが、奥手って書いているから奥手なんでしょう。
「少しずれている」という、属性的な分かりやすさじゃないんです。
何が何だか分からないんです。
 
もっとも恐ろしいのは、このワケのわからなさに裏付けがある場合がある、ということです。
上記に引用したコマだけでもツッコンでいいのか悪いのか判断できないレベルですが、こんなのが単行本一冊まるまるなんだから、面白くないわけがない。根拠のあるものもあれば、全くどうでもいいものもみっしりと詰まっています。一コマ一コマが異質すぎて楽しくて仕方ないんですよ。よくぞこんなに珍妙なことを思いつく物です。
 
舞台になっている街も、国籍不明のレトロアジアン。
 
一見日本風ですが、全然日本じゃない気もする、そんな色々ミキサーにかけてどぼどぼ注いだような雑多感で満ちています。こればっかりはほんと見てもらわないと分かりようがないです。「イハーブの世界」の頃から培われている技術ですが、背景の無駄な(褒め言葉!)詰め込み感はこの作者の最強の個性の一つです。
極端にファンタジーやサイバーパンク、というわけでもないんですよ。ものっすごい日本のリアルな部分も混じっていますが、噛めば噛むほど違和感を感じる味があるんです。
こんな雑多な世界に、めちゃくちゃをする人生の道踏み外しっぱなしなキャラ達がいるなら、そりゃ見たいですよ。いくらでも見たい。元ネタ探しをするのも楽しくて中毒になります。
もっともっと!
 

●脳内爆発男子と攻めの姿勢の少女と●

この作品は主人公の少年「近松ナウ」と、突然やってきた少女「白良浜かぴあ」の二人の視線を中心に進んでいきます。名前の時点でそのセンスにしびれる。恐ろしいほど中二病を煮染めた味がします。
 
主人公のナウは一見普通に見えるんですが、思考回路が極端にずれています。とにかく誰とも話さない、何も信じない。一人こもって、過去の怒りを時間差で爆発させてしまう大変困ったさんです。

バビンスキー反射とかどうでもいいわ! 
でも覚えておこう。どこかで役に立つかも知れない。
とにかく彼は世界のあらゆることに対して攻撃的な視線を持っています。常に怒りを持って、信じられないと叫びます、時間差で。
自分も死んでしまえばいい、と1ページ目からかっとばしています。脳内で悶々と文句をマシンガンで垂れ流します。童貞なめんなよ!!
とはいえ彼の怒りは口から出ることがありません。あっても一人でいるときだけ。
だれにも言わないだれにも吐き出さない。一人だけの怒りと悲しみと不信のマグマ。

あんまりにも口を開かないのでこの有様。
ああ、なんかこの悶々っぷりは妙に共感できます。できちゃうんだよええいチクショウ!
彼がこんな風に、世界を憎み、死にたいと呪詛を吐くのには理由もちゃんとあります。非常に人間の黒歴史をほじくりかえすような痛みもともなったキャラですが、いかんせん彼の置かれている環境と彼の思考パターンが度を超しているので、共感していたはずが勢いに取り残されることもまたしばし。
 
そんなナウの近くにやってきたのが、美少女中の美少女、作中の表現をつかうなら「50インチのハイビジョンのドアップでも耐えれるレベルの美少女」こと、かぴあ。
出会いは唐突、でも唐突というよりめちゃくちゃ過ぎて、ナウも読者も何が起きているのか理解できない領域に到達します。

これはまだおとなしいシーン。実際に起きているのは極端に意味の分からない出来事ばかりです。
童貞力的には自分の都合で振り回す少女は「迷惑」なわけです。が、童貞力的にはかわいい女の子が側にいるのは「ラッキー」でもあります。
そんなシチュエーション、どうすればいい?
どうしようもない。
ぼくになにかできると思ってるのか? なめんなよ! 女の方から全部やってくれないと出来るわけ無いんだぞ童貞なめんなよ!
このねじけた熱量、…意外と嫌いじゃない。
 
かぴあがまた徹底して「かわいい」の権化として描かれています。

このコマなんかが端的ですが、「かわいい」の言葉にためらいもなく性的な要素をいれて、小路先生は描くんですよね。いやはや、まったくそりゃそうだ。「かわいい」という言葉の全体の内何割かは性的な視線だ。
周囲が「かわいいかわいい」ということによって、相対的にキャラクターは「かわいい」という称号を手に入れ、読者の目に映ります。この仕組みをメタ的に作中で解説してしまうあたりも、斜め方向な小路流。
かぴあの方も、というかこの世界の住人全員、性的な記号をごく一般的なものとして受け入れています。自分が「かわいい」というのをちゃんと分かって行動します。
いわば、周囲に言われた「かわいい」で出来た、虚構の少女です。
 
偽物の塊みたいで、でも派手で明るく鮮やかな少女かぴあ。
うじうじしていて根暗で孤立していても、ばかみたいに正直な童貞力1億パワーなナウ。
この二人が奇妙な出会い方をし、奇妙に絡まっていくわけですが、これが恋愛なのかどうかは読んでのお楽しみ。
 
正常なところがほとんどない、ひねくれ曲がった世界のひねくれ曲がった人間の話です。
なので「すげー面白い!」と思うか、全然受け付けないかの両極端な話だとも思います。思いますがこのねじけた世界の中毒性は半端じゃなく、何度も読んでしまえるから不思議。植芝理一先生の「ディスコミュニケーション」にも似ていますが、あちらがカラッと乾いているとしたら、こちらはねっとりじめじめした匂いがします。どちらも性がテーマとして絡んでいるのもミソですね。
しかし、異常な世界であることは間違いないんですが…この世界にどっぷり浸っているとふと思います。
「正常」だと思っている物は実は、「異常」の連続した組み合わせで出来ているんじゃないだろうか?
異常なキャラ達も、なんだか自分達の一部に感じられるのは、自分だけではないはず。
だから心地いい。
 

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ストーリーはネタバレなしの状態で、でも「この世界はおかしいのが普通」という事前知識をもって読むと、波にのまれるように楽しめる作品だと思います。
上記では触れていませんが、ナウの友人の牧野キノ(♂)がまたえらい魅力的なんだなあ。

正々堂々の女装少年です。「かわいいのだからかわいいものを着た方がお得でしょ?」というサバサバ感。中身はれっきとした男の子。
うん、理想的。
 

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「イハーブの世界」「かげふみさん」短編、すべて世界がむちゃくちゃ混沌としている上に緻密で、中毒性抜群です。読んでも読んでも、もっと見たくなるんだもん、読む麻薬みたいなもんです。街の雑多さは似たり寄ったりですが、「来世で〜」は少し現実寄りかもしれないですね。
「かげふみさん」に見る、意識のハザマ、感覚のハザマ、性のハザマ
キテレツな世界観に、特に性のエッセンスが強めなのが小路流。無重力セックスとか最高でした。
人間の神経の中をパロディにして描いていく意気込みのようなものを感じます。物語や人間同士の距離感も緻密に描かれているのでじっくり読み込む価値十二分にある作品ですが、一回目は何も考えずに狂った世界に飛び込んで、ただひたすらに流されて困惑するのがオススメな楽しみ方です。

何度見てもかっこいい。