たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「鉄風」の馬渡ゆず子の真意が全然読めなくて面白い。

鉄風がめちゃくちゃ好きなんですが、4巻読めば読むほど分からない部分が一点ありまして。
ゆず子っていったい何を考えているんだろう?っていうことです。
 

●充実している奴を許さないから始める格闘技●

ちょっと「鉄風」という作品について簡単に説明します。
ヒロインにあたる石堂夏央(いしどうなつお)は、非常に優れた身体能力と体力を持ち合わせた子。つまり「才能の持ち主」。
才能があるがゆえに、努力と根性でなんとかしたことがないという退屈を抱えているキャラでもあります。つまり充実したことがない。
このへん、最近になって実は兄との関連でトラウマがあるのがみえはじめているんですが、現時点ではそれが何かはわかりません。
 
と、そこに現れたのが格闘技部で練習をしている、総合格闘技少女、馬渡ゆず子。

黒髪ロングの髪の毛をくくっているのが、夏央。太眉毛ショートカットちびっ子がゆず子。
個人的にはすっげー好みなんですよゆず子。
明るくて、常に楽しそうで、努力すらも喜びに変えてしまえる少女。絶対後ろを振り向かない。しかも超強い。

この表紙は胸がときめきますね!
太眉+格闘少女。実に素晴らしい。
少年漫画でいうところの、友情、勇気、努力、勝利がつまった熱いキャラです。
 
このゆず子を夏央は許せないわけですよ。

いい線いける? いい勝負出来るかも? 楽しい?
そうか……そうだった、あの子が気に入らない理由がやっと分かった。
私は充実している人間を――許さない!!

すっごいネガティブなところから始まる夏央の総合格闘技への道。
目標は「ゆず子を、気に食わない充実した奴を潰す」という、極端に歪んだところにあります。
 
この時点では、「夏央ゆがんでるなー」「ゆず子無邪気だなー」と思っていたし、実際そう描かれていたんですよね。
ゆず子めっちゃこれで性格もいい子なんですよ。

一巻のこのページが非常に面白い。
ゆず子は夏央が嫌いじゃないし、むしろ好き。一緒に楽しもうよ!って言います。
夏央は、どのくらいゆず子が強いのか確かめるために、あえてボコボコにやられます。負けに来たのです。
負けまくることで、自分が潰すに値するかどうかを確認し、決意します。「頑張ってあの子の笑顔を潰してあげよう。」
 
この作品に出てくる女性格闘家達は、大きく何か欠落している人間が多いです。
夏央はその筆頭。

その欠落しているものが、感情なのか、良心なのかはわかりません。まだわからない、の方が正しいかも。これから描かれそうです。
 
正々堂々戦う子も出てくるんですよ。大好きなものを守りたい、なにより勝ちたい、という格闘技の「らしい」守るべきもののある子。空手部の我如古さんや、同じ道場の真奈美なんかはそのタイプ。ある意味分かりやすいんです。戦う理由って「勝ちたい」からでしょう?
ところが夏央の初期行動原理はちょっと分かりづらい。正確には、言葉で表現はできないけど、なんとなく言いたいことは分かる、に近い。
自分が努力しないで勝てるようじゃだめなんだ。
うまくいったらいけない。努力した相手は自分より強くあってくれないと困る。じゃないと自分が努力したという感触が得られなくて劣等感になる。
勝利がほしいんじゃない、手の届かない目標を見つけたい、見つけたら爪を研ぎ澄まして、笑えないくらいに潰したい。
 
まあ、性格悪いですよ。口も悪い。自他共に認めます。
なので、彼女学校で友達にあたる子は一人だけです。ちゃんと「性格悪いよ!」っていってくれる貴重な友人。いい子なんだこの子が。
ゆず子は一方的に夏央が好きなようですが、夏央は嫌っているので友人にはなれなさそうです。
とはいえ、総合格闘技の中で彼女も気づいていきます。

嫉妬よね……。あれだけの実力と才能があって……しかも努力家で性格も良いなんて……。
更に私と同い歳なのよ……。
年上なら年の功よねって許せるし……。
年下なら才能の違いだって認めてあげられるけど……。
あの子は私と同じ時間を生きてきた。時間を平等に与えられてあの場所にあの子は居る。
それってまるで私が怠けて時間を無駄にしてきた気がして我慢ならないの。

G-girlに出たい訳じゃない、。
プロになりたい訳じゃない。
充実したい――
あの子の笑顔を潰したいだなんて
さて・・・「どうしようか」

序盤では読者にも夏央の性格の悪さは伝わらないように描かれています。いい具合のヒールなんですよ。
しかし3〜4巻あたりから、彼女が「頑張りたい!」と現状を楽しんでいること、ネガティブながらも充実したいと本気で願っていることが分かり始めます。
感情的にはかなり欠落している部分もありますが、「私が頑張ったら凄いんだから!!」と言えるようになった分、心が開けていると思います。少なくとも序盤よりは。
なんだかんだで、夏央、努力家のいい子なのです。たまたま入り口と感覚がちょっとずれてしまっただけで。
 

●「才能」●

分からないのはむしろゆず子の方です。

ゆず子と、もう一人出てくるリンジィという子は、そりゃもうケタ違いに強いんですよ。このコマ見ていただくと分かると思いますが、一つの大会でこんだけ表彰されるほどです。総なめってこういうこというんですね。
ゆず子は努力家です。練習は欠かしませんし、恥ずかしいと他の人に指さされても総合格闘技をやめません。
みんなにやさしくて、「総合格闘技楽しいよ! 試合しようよ!」といえる子です。
いい子ですよ。
 
いい子なんですが、4巻あたりから風向きが変わってきます。
総合格闘技は格闘技であるがゆえに、勝ち負けが必ずあります。
当然勝ちたいから努力するわけですが、ゆず子なんかタガが外れてるんですよね。

元USA女子ボクシングスーパーミドル級チャンピオンをフルボッコにするの図。
彼女のトレーナーであるマリオがなかなかにいい性格しているから、こんな状況が生まれているんですが、にしたって相手のプライドへし折りまくりです。
元チャンピオンへのスパーリングで、全部違う技であと10本一本勝ちを狙うというめちゃくちゃな指示に対して、すっごい笑顔で「ハイッ!」と返すゆず子。
これ、ちょっとした狂気ですよ。
 
ゆず子が何を考えているのかは本当に分からないですし、今は夏央から見た「イラつく充実した奴」でしかありません。だから現段階では「よく分からないキャラ」で正解なんだと思います。
しかし単にベラボーに強いだけじゃなくて、肉食獣のように無邪気すぎる彼女の行動は、夏央の歪み方よりはるかに恐ろしいものを感じます。
実際、さっきの元チャンピオン、ゆず子とリンジィにボコボコにされた上にプライドめちゃくちゃにされたため、引退を決意します。
ゆず子は魅力的なキャラですし、少年漫画的には「正しい」格闘家です。
しかし夏央から見た世界を知ってしまった後は、彼女は恐怖の対象にすらなりえます。
ぼくには、現段階ではゆず子は何者なのかさっぱりわかりません。
 

●「才能」の恐怖●

やらなきゃいけない事が多い分……確実に自分の努力を実感できるところが魅力なのかもね。
でも……そういう努力を台無しにする才能もある。
1%の才能を……99%の努力で補った人間が、100%の才能で1%の努力した人間に文字通り叩きのめされる。
競技の性質上……打撃で、関節技で、取り返しのつかない怪我を負うとも限らない。
おどすつもりは無いけど、本気でやるつもりなら……それなりの覚悟をしときなさいね。

夏央のコーチで、チャンピオンもとっている女子プロ選手紺谷可鈴のセリフです。彼女もまた非常に重要なキャラの一人。
なんてったって、本気の頂上を見ているわけですし、しかも「どんなに頑張ったってかなわない世界が存在する」ことも知っている。
加えて女子総合格闘技があまりにもマイナーで、男子と違ってテレビに映ることもなく、自分のテンションを維持するのが大変なのも熟知しているのですが、この言葉の重みはでかい。
 
夏央はこの言葉を聞いて喜びます。「地道に努力しなくちゃいけなくて、でも報われないかもしれなくて」と。
みんなに言われてますが、究極のドSであり、究極のドMなんですよ。
加えて、彼女は把握できてません。夏央自身が妬まれる才能の持ち主なんだということを。

先輩キリちゃんとの試合。今まで夏央はキリちゃんにずっと負け続けでしたが、この試合で突然才能が開花します。
そう、「考える」のを超越した「勘」。

練習量は当然キリちゃんの方が上ですし、強かったのも間違いないのですが、それらすべてを技をかけられることで吸収し、この試合で出して返してしまう。
これが、彼女の本性。

こんな短期間で……私はいつの間にか追いぬかれていた?
寝技の技術は練習量にそのまま直結するハズでしょう!? なのになんで!!
身体能力、反射速度、技術精度、状況判断力……繰り返し繰り返し練習してきた私の時間は!!

キリちゃんの怒りはそのまま、可鈴の言葉につながります。
「1%の才能を……99%の努力で補った人間が、100%の才能で1%の努力した人間に文字通り叩きのめされる」

少女の才能の可能性への期待と……
残酷な現実を見せつけてやろうというサディスティックな期待……
果たしてどちらの期待が上まわっているのか――

夏央もまた、ゆず子同様に「苛立たされる存在」になりつつあったのです。
 
この作品のすごいところは、勝ち負けですっきりとしないところです。
実際勝ち負けは絶対付いて回るのですが、夏央が感じているように「勝っちゃだめなんだ」という思いが根底にあるため、勝負の結果に釈然としないものが残る部分が非常に多い。
夏央もゆず子も努力してるから勝っていいんですよ。でもふたりとも枠からはみだしてしまっているため、彼女たちの「自分」が見えず、ネガティブな感情がぐいぐい首をもたげます。
嫉妬と、渇望と、憎悪。
「勝ちたい!」というゆず子のポジティブな思いが極めて純粋なら、夏央の潰したいというネガティブな思いもまた純粋。
格闘シーンもかなり詳細に描かれていますが、その格闘カットひとつひとつにキャラクターの説明のしようのない感情がとぐろを巻いています。本人にすら把握出来ていないドロっとした感情の風はどっちに吹くのか。

鉄風 1 (アフタヌーンKC) 鉄風 2 (アフタヌーンKC)
鉄風(3) (アフタヌーンKC) 鉄風(4) (アフタヌーンKC)
性格悪いとは書きましたが、読めば読むほど夏央がかわいく見えてくる作品でもあります。すごいひねくれ方をしているけど、やっぱりなんだかんだで本当に純粋なんですよね。
その分、純粋すぎるゆず子が全然読めないんですが……今はまだいい、まだ分からなくていい。
見た目はすんごい好みなので、今すぐにでもスーパーストリートファイター4に出場していただきたいくらいです。このマンガ、ふくらはぎと裸足の描写がよくてなー。
 
格闘技と才能のギャップでいうと、「ハイパーあんな」のあんなや「美女で野獣」のりりかを思い出します。彼女たちは文字通り「めちゃくちゃな強さ」なんですが、そのめちゃくちゃさに涙したり、夏央みたいな感情を抱いたキャラもあのマンガの中でいたんだろうなあー。