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VTuberのガワと魂の入れ替わり劇場 ~月ノ美兎の批評的エンタテイメント~

月ノ美兎の配信【癒し】私と一緒にお話しましょう♪【雑談】。視聴者から「天才」の語が大量にツイートされていた。絶賛すぎてびっくりした。

VTuberの「ガワ」と「魂」の話を、百物語の土地伝説から流れるように、バーチャルに落とし込んでいる。

なにより、「バーチャル」に対する批評性の芯を持たせつつ、エンタメに昇華している。いやあ委員長すごいよ。

時期的にも、本当によく切り込んでネタにしたなと。メモも兼ねて日記書きます。

月ノ美兎の魂が入れ替わるまで

ことの発端は、にじさんじ本間ひまわりと行った、百物語企画。


百個怖い話言うまで帰れない放送2019【前半】

 


百個怖い話言うまで帰れない放送2019【後半】

 

視聴者やVTuberから集めた百の怪談を読み上げ、ろうそくを消していく。他のライバーのゲスト出演などもあり、怖くとも和やかに楽しめる内容。

ただ、配信中妙な出来事がいくつか起こり始める。

後半の46分20秒くらいから、月ノ美兎のチャンネルで配信しているにも関わらず、突然本間ひまわりのチャンネルで謎の配信がスタートアーカイブは残っていません)。その後月ノ美兎は、怪談動画を流している最中にも関わらず、トイレのため一時退席。これには本間ひまわりも動揺。

 

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百物語終了後、月ノ美兎と本間ひまわりは、にじさんじバーチャルライバーを増やすために少女を縛って監禁し、魂を剥がそうとしていたことが判明

儀式が終了後、月ノ美兎の声はいつもと別のものに。本間ひまわりが話しかけても、挙動不審なまま。

配信はそのまま、終了。

その後、Twitter月ノ美兎のツイートに異変が発生。

 

 

至って普通のツイートですが、それがおかしい月ノ美兎は独特の、インターネットに精通したネタ寄りのツイートばっかりだったでしょう? こんなに真っ当な発言をするはずがない。

まだ、終わってない。委員長の魂、どこにいった? 

 

それとは別に、無名(@otvunar)さん / TwitterというTwitterアカウントが開設され、何者かが助けを訴え始める。



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インターネット慣れした文体で、誰もが「月ノ美兎だ」と信じた。これだけだったら、顔も声もわからないのに。

 

その後、月ノ美兎が普段から使っているnoteにアップされた日記で、さらに波紋は広がる。

2019/9/3 世界史|月ノ美兎|note

普段は様々な落書きやサブカルチャーへの好奇心を書いているはずのnoteなのに、この日はまともな女子高生すぎる。

ということは、魂が治らないまま、別の魂がバーチャルな高校に通っているってこと? 

いや待て、そもそもバーチャルな高校ってなんだ……? 今まで月ノ美兎が通っていたのは本当に高校なのか?

 

新たな配信が決定し、発表される。一体どっちの月ノ美兎なのか?……そもそも視聴者が見ていた「月ノ美兎」って、なんなんだろう。

魂・身体

謎を残したまま、配信が始まる。

「【癒し】私と一緒にお話しましょう♪【雑談】」というタイトルは、まず月ノ美兎の普段の配信ではつけないタイトル。

普段委員長がやるんなら「お前ら癒やされろ」くらいのタイトルでしょ?


【癒し】私と一緒にお話しましょう♪【雑談】

 

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左が月ノ美兎の身体に、一般人女性の魂が入り込んだ状態」、右が月ノ美兎の魂がどこぞのゾンビに定着してしまった状態」

 

ここしばらくで、VTuberと魂の入れ替え問題が続いていたこともあり、多くの人が反応。

「魂」という表現は、今のVTuber界隈で使いやすい単語の一つ。

ざっくりいうと「声優」「演者」「アクター」「中の人」のこと。ただ、規定のキャラクターに自分を寄せて演じる「声優」ではないよ、というのは大前提。演者本人の素を活かし、アバターと一体化しているというのを強調するために「魂」と名付けた。そういう意味では、複数人スタッフでVTuberを運用している場合は、それらの人もひっくるめて「魂」と呼ぶことも。

「魂がアバターを衣装のように着ている」という認識。実質「演者」でも意味は間違ってないんだけど、知らない人の混乱を招くため、わかりやすく説明したための単語。

これを、百物語の「人間の魂」そのものに引っ掛けた。

 

ここで左の「一般人(月ノ美兎のガワ)」が「ゾンビ月ノ美兎」に質問をする。本人だったら自分のことがわかるのではないか?と。

最初はわかるはずもないような無茶な質問だったけれども、徐々に、知っていて当たり前のはずの質問に変化。「ゾンビ月ノ美兎」は身体から魂が剥離してしまっているため、「開始の挨拶」のような簡単すぎる質問に答えられなくなる。最後には、自分の名前すら忘れてしまう。

中でも「おるやんけ」という、デビュー初期、「OUTLAST」実況で月ノ美兎と視聴者の会話の盛り上がりの中で流行したセリフを忘れているシーンは、ちょっとゾクッとする。

あの時のこと、忘れたの?

記憶・設定

「ゾンビ月ノ美兎」は自らの魂の器を探すために放浪をはじめます。そこで見つけたのが。にじさんじライバーの顔イラストと、設定資料。

ここのチョイスがなかなか絶妙。例えば鈴谷アキは、公式では「周囲の人を騙すのが大好きで、あざとい。性格は腹黒い。しかし、可愛いから何でも許される。」というキャラクター付けの設定がなされていました。

実際は、非常にみんなに優しく気遣いができて、癒やしをあたえる存在。腹黒設定は微塵も残っていません。鈴谷アキ(の魂)の人柄の良さによって消滅した、「死に設定」として有名な部分です。

 

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最近だと御伽原江良の外と内の違いは有名。デビューしたての時の、純清楚を目指していた状態を「江良ちゃん」、今の割り切り開き直りスタイルの大胆なスタイルを「ギバラ」と呼んだりすることも。

 

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なんかこの絵面だけで笑えてしまうのがギバラのいいところ。 

にじさんじのような企業VTuberの場合、大体が最初に設定付きアバターを準備して、オーディションを開催する(受かったあとにアバターを作ることもなくはない)。

ではライバーは、設定を遵守して最後まで守らなければいけないかというと、そんなことは、おそらくない。もちろん会社によるけども。

 

「ゾンビ月ノ美兎」は、貼られているライバーの写真に対して「キャラクター」という表現をしていて、ゾワッときた。

魂が入っていない状態なら、そのアバターはいくら見慣れた「月ノ美兎」であろうとも、「月ノ美兎」本人ではなくて、キャラクターなのだ。

 

VTuberは、設定を完璧に演じる義務がある「キャラクター」ではない。

魂やスタッフとアバターが、一番しっくりくる状態で、自由に自らを出しながら活動するのが、VTuberバーチャルライバーの、今の主流。

月ノ美兎は、キャラをすぐさま崩壊させ、魂がはみ出した状態で、心赴くままに好きな活動をする、という今のVTuber思想を真っ先に行った人物の一人。

彼女がそれを忘れて、キャラクターを演じようとふらふらさまよう様子は、笑えつつもなかなか見ていて辛いものがある。

 

最後に見つけたのが、親友である樋口楓と、月ノ美兎の顔。ここで、樋口楓は絵の中から声をあげる。

「お前、みとちゃんじゃないやろ、お前だれや」

樋口楓は、キャラクター設定にある月ノ美兎の解説文を否定する

「高校2年生。性格はツンデレだが根は真面目な学級委員。本人は頑張っているが少し空回り気味で、よく発言した後で言いすぎたかもと落ち込んだりする。」というのがにじさんじ公式設定

しかし月ノ美兎は、学級委員という部分くらいしか今は遵守していない。。最近は特に、自らの表現手段であることを優先して、「月ノ美兎の設定」に囚われすぎないように活動している。ストリップや競馬に行ってレビューする、という「女子高生」設定を「バーチャルだから」でぶっちぎっているくらいだ。

 

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樋口楓が月ノ美兎の魂を引き止めるために行ったのは、視聴者のコメント欄を参加させて、月ノ美兎との思い出、または月ノ美兎のイメージを形にすることだった。

 

忘却しかけている月ノ美兎の魂の記憶そのものは、アバター側に残っている。それよりも、視聴者との交流の記憶や、視聴者側が持ったイメージの方がより「月ノ美兎」である、という流れだ。

自我とは別の、自分と視聴者とのやり取りで生まれた「印象」が「VTuber」を作る、という表現を、リアルタイムで見せつけた。このコメントを強制参加させる見せ方は、すあだ氏のスタイルに近く、鈴木勝、出雲霞、ギルザレンⅢ世もよく使っている。

 

「雑草」とか「ムカデ」とか、最初期のワードがたくさん出てくる。月ノ美兎本人の意思より、そっちが尊重されて、VTuberらしさを取り戻していく。

考えてみたら別に「雑草」「ムカデ」は今の月ノ美兎とはあまり関係がない。そもそも「ムカデ人間」は見ただけで、好きとは一度も言っていない。

VTuberのイメージとは、そういう視聴者による曖昧なもので構成されているのが事実だと、思い知らされる。

 

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「一般人(月ノ美兎のガワ)」の元に戻ってきた「ゾンビ月ノ美兎」。彼女は、ネット民が考える好き勝手な、根も葉もない噂を、一般人月ノ美兎にぶつける。

これは事前にゾンビ月ノ美兎がメールで募集していた月ノ美兎に対する創作のキモい噂」からひっぱってきたもの。えげつないものがかなりたくさんあったが、「それでいい」のが月ノ美兎だ。

月ノ美兎は「ありえないようなひどい噂」すらも、自分の一部としてしまった。人に見られるあらゆることを、アイデンティティに変えてしまった。キモければキモいほど、リアル魂ではない、バーチャルな「月ノ美兎」の存在そのものに対する強固な支えになっていく。

彼女が「インターネットの子供」として、あらゆるものを吸収して膨れ上がるイメージのモンスターになっていく。

 

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身体を取り戻した月ノ美兎、その姿は新たな「にじ3D」で自由に動き回るという、大幅グレードアップしたもの。

 

おそらく今回の配信は、この「にじ3Dお披露目」だったんだろう。

本人曰く、百物語終了後に思いついて急に作り始めたそうなので、元々考えていたものではないらしい。

バーチャルへの批評性ある構造

VTuberの身体と魂の関係 入れ替わりの可能性

・本来のアバター設定と、本人の言動のズレ

VTuberに対するネットの勝手な噂話、インターネット性、真偽と別の像

・本人とリスナーとの関係性とイメージが、バーチャルな実存を作っていること

アバターの「キャラクター」発言

 

VTuberへの批評性を、コミカルにまとめた配信だった。

ただ、批評をするために作っているわけじゃないんだろう。

そもそも、重要なはずの一般人女性の魂が戻る部分のディティールは、めちゃくちゃ雑。魂ひっぺがした行為の自業自得感も「委員長だからなあ」で済んでしまっている。

面白いことをやろうとした結果、彼女の思想性がドバドバでてきた、という感じに見える。

配信アドレスソースコードを見ると「"にじさんじプロジェクト\",\"バーチャルライバー\",\"バーチャルユーチューバー\",\"月ノ美兎\",\"私が本物の月ノ美兎\",\"身体は渡さない」と、怨念のようなネタが仕込んである。

00年代のインターネットの遊びじゃないか!

 

これはこれで独立したエンターテインメントなので、余計なことを考えず楽しめる、茶番だ。

ただ、ゲーム部やキズナアイなどの「魂」と「アバター」の話が大きく話題になっている時期なだけに、色々考えてしまう。

「魂=VTuber」でも「アバターVTuber」でもないなら、どれがバーチャルな存在なのか。これは現段階で最も悩まされている、一筋縄ではいかない問題。今回は月ノ美兎なりの思想の一部が漏れているように感じられる……けれども、それすらも受け手の勝手なイメージ。

ぼくが「月ノ美兎はネットやバーチャルについて色々考えていそう」というイメージを持っているから、勝手にこんなことを想像しているだけかもしれない。

 

興味深いのは、「周囲の視聴者のイメージが作り上げるバーチャル像」の流れ。

雑草を食べる委員長、というのは確かに初期の1発言であったけれども、エピソードの一つに過ぎない。けれどもファンの間では、委員長と雑草は切り離せないものになっている。

月ノ美兎の魂」には重要ではないかもしれないけれども、「月ノ美兎」のアイデンティティとしては重要な役割をになっている。

最近にじさんじの面々も、商品キャラクター化されている。その際イラストに描かれているのは、「視聴者が抱くライバーのイメージ」だ。周囲からの見方が、仮想の姿を形成している。

 

魂の自我と、外部からの見え方によって、培われ組み立てられたバーチャルな命には、別の魂では置き換わることが出来ない。

月ノ美兎アバターに記憶は残っていたが、それだけでは「視聴者のイメージ」が伴わず、「月ノ美兎」として実在できなかった、という展開はかなり考える点が大きい。

この考え方は、全てに当てはまるものではない。VTuberは魂の表現手法である、という思想の場合、表現の妨げになりかねない周囲のイメージは、ノイズになってしまう。それを受け入れるか払拭するかは、バーチャルへの向き合い方によって異なるはずだ。

月ノ美兎は、受け入れることで、今の存在になった。

顔よりも声よりも

今回の配信で、声すらなくても「月ノ美兎」はイメージで存在できるのが立証されたのは、大きな出来事。

「無名」のツイートと、noteの内容は、本来であれば声も姿もないのだから、誰か別の人が書いたかもしれないと疑っていいはずの文字列。なのに、そのツイートだけでほとんどの人間が「月ノ美兎だ!」と確信したし、noteでは「これは月ノ美兎じゃない!」と断定した。

文字列で、バーチャルな存在は作れる。

 

 

今回、月ノ美兎の身体を取り返すプロジェクトに視聴者が参加したことで、視聴者はバーチャルに干渉した。

配信中での、樋口楓の叱咤激励が印象的。
「クソ雑魚委員長!」

視聴者の中で当たり前になったこの呼名=レッテル。失礼な単語だ。でもこの言葉こそが、「VTuber月ノ美兎」の実在を形作る、重要な要素になっている。

たとえ本人が「クソ雑魚委員長」でなかったとしてもだ。

 

 

追記:委員長のネタバラシnoteが熱い。

note.mu