たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

表紙からして間違ってます。「間違ったラノベの作り方」

ロシアで人気四位の「ロリコンフェニックス」の作者、松林悟先生の新作が出ました。

「少女記号」至上主義を「ロリコンフェニックス」から考える。
つうかなんでロリコンフェニックスがワンピースやハガレンを越えたのか、びっくりしてならないわけですが。まあそれはそれとして。ロシアはすごいなあ。
ロリコンフェニックス」自体はいたってダメ人間な変態漫画(褒め言葉)でした。
今回の「間違ったラノベの作り方」もとてもダメな変態漫画です。
 

●表紙が一番のびっくりだよ。●

が。

表紙が思いっきり別人すぎて誰かと思った!
え? は? どういうこと?
いきなり絵柄変わっちゃったとかそういうこと?


全然変わってませんでした。
ちなみに。

ロリコンフェニックス」はこんな絵柄。
うん、これでこそ松林悟先生。
 
これどういうことかというと、裏表紙を見れば分かるんですがいかにもラノベっぽい表紙ってこんなんじゃね?というメタ的なパロディになっている仕組み。
「表紙と内容違うじゃん!」と言わずに、慌てずにまずは裏表紙を見ましょう。むしろ松林先生ファンの自分が一瞬困惑しましたわい。

追記・コメントで元ネタ(?)教えていただきました。

………。
おんなじだー!!!!
絵師さんも全く同じ、要河オルカ先生でした。なんじゃーこりゃー。
 
しかしこのむちゃくちゃな「表紙だけ違う」という「ラノベってこんなんじゃね?」パロディが全編に渡って使われているこの作品、なかなか皮肉とか愛とかに満ちていて面白い。

サルでも書けるラノベ講座。一見正しそうなことを書いておきながら、それはどうかなという背景がたまらない。
というかそれって「小説の書き方」と違うの?「ラノベ」なの?というあたりも含めてネタにしてしまっています。
 
確かにラノベと小説の差って全くわかりません。というか境界線は多分ないです、厳密には。
例えば桜庭一樹先生の作品とか。こんな、いかにもラノベ調だった表紙の作品が、賞をとってから一転。

純文学風に。
こうなるとなんとも境界線ってないんだなあと感じ入ります。
逆に「明確なラノベらしさ」を狙っている作品もあります。最近だと「バカテス」なんかはその代表例でしょうね。
ラノベらしいイラスト、というのもやはりあります。
これも具体的にどこからどこまでという例は非常に挙げづらいんですが、少なくとも青年向けマンガ文化と噛み合っているようで微妙にちょっと違う空気はあります。
このへんをネタにして「いかにもラノベ」を表紙にしちゃったのが、この作品なわけです。ほんとこの絵柄ラノベっぽいよなあ。びっくりするほどに。
またデザインも「いかにもラノベ」なんだよなあ。白地に、女の子に、フォントちりばめて。
なんでしょうねこの「ラノベ」という言葉の持つ不思議なオーラは。ヤングアダルト系小説一般をラノベと呼ぶわけでもないので、非常に曖昧な言葉なんですが、だからこそこうやってギャグマンガのネタにも出来ます。
まあ、松林先生のことですから真面目なパロディにするわけもなく。

なにがどうなってこうなったのかサッパリ意味が分からないまま、ものすごいハイテンションで進行しまくります。そもそもどんどんラノベ関係なくなっていきますし。
ラノベネタパロディと、松林流超テンションコメディをぶつけて混ぜたらとんでもないカオスが出来たよ!という作品だと思っていただけるとだいたいあってると思います。
 

●女の子同士の怒涛のボケツッコミ●

さて、「ロリコンフェニックス」はどうしようもなくダメなロリコン青年が主人公で、それをものすごい勢いでヒロインの少女が突っ込んで行くのが面白い、畳み掛けるようなテンションの作品でした。
今回の「間違ったラノベの作り方」はどうしようもなく頭のネジが飛んでいる女の子がが主人公になって、一般人な少女に猛烈に突っ込まれまくる作品にシフトチェンジしています。

だいたい全編こんな感じ。
尿に含まれる聖なる力で敵を倒すファンタジーは普通に読みたいんだがどうか。
 
松林先生作品はだいたいの場合、2コマに1コマはツッコミだったり、下手したら1コマ1ネタという勢いの密集感漂うパワーで溢れています。ほんと雪崩のようにネタの応酬が続いていくので、ものすごいスピードで読める反面ものすごい疲れる充実度満載。
途中からおなじみマッチョ系のダメな感じの男も出てきますが、基本女の子同士のダメなかけあいなので、「ロリコンフェニックスはちと主人公が濃すぎるよ!」という人でも安心して読めます。

すいません、安心ではないです。
 

百合じゃないんだけど、すごーい小さくほのかに百合臭がする程度。微香。
でもそのほのかさ程度がちょっとだけ心地いい。髪の毛の色が薄い子の方が、ラノベ作家志望の霧乃、黒髪の少女がまともな感覚の持ち主涼葉。
女の子のいかがわしいボケに、女の子が突っ込んでいくってのは……いいもんですね。ほっとします。やすらぎます。だけど落ち着いて読めるテンションではないです、最初から最後までオーバードライブかかりっぱなし。
ラノベとはなんぞや……」とか真面目に考えるよりは、勢いにまかせて流される方が楽しい、流れるプールの水のスピードが尋常じゃない版だと思って楽しむのが吉です。
それにしてもまあ、このハイスピードっぷりは松林悟先生の持ち味だなあーとつくづく思い知らされます。
個人的に女の子が半泣きでドツッコミするの大好きなのです。うふふ。
 

一巻で終わったのが残念でしたが、こういうネタは一発でドーンと打ち上げて一発でストーンとまとめた方がすっきりするでしょうし、丁度いいのかも。
とはいえ、こういうギャグネタによって逆に「ラノベってなあに?」という不思議な感覚があぶり出されるのもまた事実なので、もうちょっと続いて、スニーカー文庫系のネタを抽出したり、ラノベ臭はどこからくるのかまでギャグにして欲しかったかもしれないなあというファンのわがまま。
なんとなーく漠然と「こんなのがラノベっぽい」ってのは分かるんですが、「説明しなさい」といわれると非常に難しいですね、ラノベ。繰り返しになりますがあくまでも「若年層向けの、気軽に読める漫画風味の強い作品」という概念的なもので、境界線自体はないとは思います。
いや、うん、この漫画自体はそこに踏み込んでいるわけじゃなく気軽にゲラゲラ笑いながら読めるんですが、「ラノベとはなんぞや」という考え方について表紙や本文のパロディを見ていると、じわじわと頭に「?」が浮かんで消えません。なんだろうねー。そして答えはでないんだろうねー。
あと、このコマがこの作品の全てを物語っている気もします。

角川だからだいじょーぶ。
いやまてよ、ハルヒジュブナイルSFという見方も出来るうんぬん……(思考ループモードへ(そして解は無い。
 
関連・屋根裏TV Online(作者オフィシャル)