たまごまごごはん

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田中ユタカ「初夜」のアニメは、祈りのようだ

田中ユタカ先生の初アニメ化が「ドキッ!」に付録でついてくると聞いてあわててコンビニに買いに行きました。
これで600円というのはすごい。30分まるまる入っております。もともとは2001年に販売されたものです。
初夜 ヴァージンナイト(DVD)
 
自分は普段エロアニメというのはほとんど見ていないので、どういう風に作られているのかさっぱり分かりません。
しかしこの作品においては、製作者がとてもしっかりと田中ユタカ先生が常日頃描き続けている「愛」への祈りに付き添っているようで、好感が持てました。
 

●僕らの見ている世界はそんな広いものじゃない●

基本は原作どおり、物語の大きな起承転結はありません。初めてのエッチをする、ただそれだけです。
だから絵的にすごいダイナミックなトリックがあるわけでもないし、大冒険が行われるわけでもありません。時には画面が止まったんじゃないかとすら思わされますが、冷静に考えたら恋人が二人の過ごす時間でそんな常に動いているわけがない。
あるのは二人きりの部屋と、寄り添って見た何気ない光景です。これがきれいなんだ。



大都会じゃない小さな田舎の夕暮れ。
二人で、これから起きる二人だけの出来事に期待したり、不安になったり、ぎこちなかったり。
でもなんてことはない、ゆっくり、ゆっくりとこの風景の中を歩いてレンタルビデオ屋に行って、コンビニに寄るんです。何もないいつもの景色をものすごい時間かけて描くんです。この背景美術だけでも見る価値あると思います。
 
はて、こういうシーンが、ひたすら長いです。だから、「エロス!エロス!」と思ってみているとじれったくなるかもしれません。
でも、田中ユタカ先生が描くマンガのほとんどは、そんなゆっくり二人きりで歩いて回るような作品です。目線がなんてことのない世界を漂います。
まるで二人しかいない世界なんじゃないかと思えるほど。
そここそが田中ユタカ先生作品の最大の魅力じゃあないですか。恋人同士、二人はお互いのことだけを見て、えっちなことをして、生きているって幸せだなって感じるんです。
だからこの街には、このアニメには二人しか出てきません。
 

●男の子は、いつだって愛する女の子しか見えない●

田中ユタカ先生作品は非常に一人称が多いです。
目の前にかわいい女の子がいる。大好きな女の子がいる。それを「ぼく」はただ見つめます。

もちろんえっちな視点で見ることもあるよ。
なんで?えっちなこと考えるのなんで?
好きだから。大好きで大好きで、世界のほかのものなんていらない、その子のそばにいてぎゅっと抱きしめられたらそれだけで世界は輝くんだ!
 
大げさですか?
うん、大げさです。視点が突然離れて客観的に見たら、バカップルと言われるかもしれません。
それでも「好き」ってそういうことじゃないか。相手がいとしくてただ抱きしめている時に世界のほかのことなんて何も考えないじゃないか。田中ユタカ先生作品は一貫してそれを描き続けます。

「たくさんの灯が輝くのは あのどれか一つに君がいるから。」と「天空の城ラピュタ」は歌い上げました。田中ユタカ先生作品はおそらく「この世界が存在するのは、君が目の前にいるから」と言うでしょう。
ぼくはもしかしたらダメな人間かもしれないけど、君がいるなら生きていこう、前向きに今のこの「好き」の気持ちをただひたすらに信じていこう。
 

●祈り。●

田中ユタカ先生作品は、常に祈りに満ちています。
本当に、ただ目の前にいる女の子が愛しくて愛しくて愛しくて!たまらなく愛しくてそれを抱きしめたい、触れたい、そばにいたいと願います。えっちはその流れのひとつ、あるいはクライマックスです。オチもありません。これからもそばにいたいよ、ずっと一緒にいようよ、また抱き合おうよ、それだけを心の底から祈り上げます。


アニメもその真意を受け取っているようです。もちろんそこにあるのは二人の興奮と愛の営みなので、極めてエロティックです。とてもとてもエッチです。
でもその「エッチ」な雰囲気が世界で最高の二人の幸せなんだ、というのを疑うことなく描きます。少年の視点で、愛しい女の子をひたすらに見つめます。
その女の子の心理も、実際は詳しく描かれているわけじゃないです。少年がその子を見てどう感じたか、というフィルターを通して語られます。
でもそれでいいんです。好きな子がいる、それだけでいいんです。
 

だから、少年は泣きます。
おさえられないリビドーがあったり、「おっぱいでっかいんだよなー」とか言いながらも、もう好きでたまらないこと「だけ」が紡ぎあげられていくんです。そこにあるのは、「この子が好きだ」という祈りの言葉だけです。
 

●90年代●

アニメですが、画質はあまりよくないです。作品の性質上、動きもそんなにありません。エロ満載を期待すると半分くらいは心の動きや情景描写です。目立ったストーリーがあるわけでもないです。キャラデザもあの絵をそのまま動かしてはいません。アニメとして衝撃的なほどすげー!ということはないです。
ですが、だからこそ確かに「田中ユタカワールド」でした。
またね、エンディングがステキなんですよ。
 
素朴で飾らない、でもえらく心に残る90年代アニメ風味のED。
そもそもこのアニメ自体、90年代の田舎の少年少女といった風情です。
作られたのが2001年とはいえ、徹底的なまでにその90年代の生活感がにじんでおります。
今連載している「愛しのかな」も現代臭さがなく、やたらレトロ日本なんですよね。たたみ、木の天井、もっさりした服装、こたつ…。なんだろうこの安心感。
スタジオジブリ風味すら感じさせるこの日本らしさが、田中ユタカ先生の見ている「二人の光景」なのかもしれません。
 

●愛しい。●

今回はアニメの話ということでこのへんで終わりにしておきますが、ちょっとだけ田中ユタカ先生作品の話。
一番有名なのは「愛人」だと思います。一般向けで、設定や展開、終末観は壮絶でした。一度読んだら忘れられなくなる作品の一つです。
愛人 5 (ジェッツコミックス)
身の毛がよだつような迫力に満ちていたのは、おそらく作者が魂のレベルで本気だったから。これ描き終わったら作者倒れるんじゃないか!?とぞっとしました。いやいや大げさじゃないんだって。
その後、今はエロありの「愛しのかな」と、エロなしの「ミミア姫」を連載しています。
愛しのかな 1 (バンブー・コミックス DOKI SELECT)愛しのかな(2) (バンブー・コミックス DOKI SELECT)ミミア姫(1) 「雲の都」のミミア姫〜光の羽根のない子ども〜 (アフタヌーンKC)
信念の部分は変わりません。もう題名のとおり「愛しい」。
過去作品のエロ物も、ひたすら愛を語り合う二人の姿を描いていました。一時期は「永遠の童貞・処女作家」という呼ばれ方もしていましたが、褒め言葉だと思います。夫婦でもいつも「愛しい君」への思いが神聖なものとして詰め込まれています。

「しあわせエッチ」より「あなただけに」。
読者は少年の中に入り込んで、愛しい女の子のかわいい姿をひたすら一人称視点で見ることになります。
田中ユタカ先生にしか出来ない作風ですよね。勝手に言ったら申し訳ないけれども、きっと田中ユタカ先生は本当に、「人を愛する、見つめる」ことを祈っておられる方なんだと、自分は思ってなりません。

初夜―ヴァージン・ナイト (竹書房漫画文庫―ドキドキシリーズ) 初夜(ヴァージン・ナイト) 2 (バンブー・コミックス) ときめきエッチ (プラザCOMIX)
こんな言い方したら適当で申し訳ないんですが…田中ユタカ先生作品はどれを読んでもいい、と思います。
そして、「愛人」は体力のあるときに是非。体力ないとき読んだらわりと「持っていかれます」。
 
〜関連リンク〜
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