たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「百合」的な空気は、関係性だけが作るわけじゃない。

WEB拍手より。

埼玉県のWebサイト「アニメど埼玉」にて配信中のアニメ「ミッションスクール」(監督:望月智充)が、ヒロイン基本一人なのになぜか百合のにおいがする件について、たまごまごさんの考察を伺いたいのですが・・・。

アニメど埼玉
ど埼玉!
…って名前はまあどうでもいいとして、映像見ました。素晴らしく美しくて、そして音楽共にこった少女像でした。5分もないのでよろしければ是非。
 
はて、おっしゃっておられるように、「ヒロインが一人なのに百合のにおいがする」という言葉は大いに納得しました。
決して百合シーンはないわけです。でも「百合っぽい」んですよね。
この「百合っぽさ」ってなんなのか、ちょっと分解して考えてみます。 
 

●「百合」風文化=女の子の恋愛、とは限らない。●

「百合」という語はもともとは「薔薇」に対して派生した、AVなどのアダルトで生まれた用語です。なので、原点を探っていくことにはあまり意味がありません。BLがゲイビデオとイコールではないのと同じです。今でも「百合」という言葉を聞くとあんまりいい気分にならない人もいらっしゃいますが、そりゃごもっともだなあとも思います。
現在の「百合」という言葉が指し示すモノは、恐ろしいほど広いです。と同時に必ずしも「女の子同士の恋愛」を指すわけでもありません。
まずなによりも定義の出来ないものであることが「百合的」という語のもつもっとも大きな特徴だからです。
 
たとえば女の子同士がイチャイチャしてラブラブになっていたとしましょう。うん、とても百合っぽい感じです。
しかし、その女の子がまるで男性の性欲をたぎらせているかのごとき目をしてエロいことばかり繰り返していたら、それは「見た目は少女キャラ」ながらも、中身は「男性」と同じように見えます。男の子の中の「女の子になって女の子とイチャイチャしたい欲求です。こういうのがまた楽しくて、脳みそ空にしてキャッキャウフフなんですよね。
しかしながらこうなってくると、そこに描かれているのは「少女」ではなくなってきます。そうすると「女の子ワールド」ではありますが、「男が女の子を攻略する」というギャルゲー視線に近づき、「百合的」な空気ではなくなってきます。
このへんとらえ方は人それぞれなので、それも「百合的」に含まれるのですが、曖昧なままにしておくと「百合」ジャンルが更に分かりづらくなるため、分けておきます。ギャルゲ風百合を「百合1」とします。
 
今度はガチな女性同士の恋愛を考えてみましょう。
身体と心をリアルに近づけるほどに、百合の中でも「ビアン物」と呼ばれるジャンルに近づいていきます。線引きはできませんが、このへんは読めばわりとさくっとつかめると思います。またこのジャンルはオタク文化圏とは微妙にかぶっていないことが多いです。これを「百合2」とします。
 
次に、女性同士の関係性を描いた作品。
幅は広いです。友情・疑似恋愛・恋愛まで、ここからここまでという線引きは一切できません。まあ「恋人関係」だけは出来ますが、それすらも曖昧なことの方が多いです。
要するに「女性と女性がどのような関係性を持ったか」が一番重要なわけです。中にはライバルがいるかもしれません。中には学生の間だけの不思議な惹かれ合いかもしれません。中には大人になった奥さん同士のすごい密接な仲があるかもしれません。

この作品に至っては、声のつながりを通じてその関係性を描いています。必ずしも毎日一緒にいればいいというものでもないのです。そうでなくとも、関係は育まれるのです。
このような「関係性」を軸として描く作品を「百合3」とします。
 
そして、「ほぼ女の子しか出てこない作品」も現在は「百合的」と見ることがあります。
まあわかりやすいのはやっぱりこれでしょうか。もうすぐ6巻出るよー。
これは「百合」を語る際によく出てきますが、別に恋愛やらなんやらはないんですよね。確かにちーちゃんと美羽の間には友情?っぽいのもありますし、お姉ちゃんは茉莉ちゃんやアナちゃんを溺愛してますが、特別な関係があるわけでもないです。ようは、毎日が楽しくて世界が女の子の中で完結している環境です。
女の子しか出てこない作品は他にもきらら系列の4コマなどでも多いですが、女の子しかいない特殊な世界なわけではなく、「その時間が楽しいから他が見えない」という状態に近いかと思われます。なので、女の子だらけの作品が百合的な感覚を作ります。これを「百合4」とします。
 
そして、最後。女の子一人でも「百合的」な世界観はありえます。
 

●少女を描くこと●

「百合」作品が独特な、定義のない文化を歩んできたおかげで、百合の語はものすごい幅の広さを持つことになりました。先ほどの百合1から4を考える場合、大抵の人は3を指すのですが、人によっては「全部百合だろ」という人もいれば「3だけじゃない?」という人も出てきます。このへんが面白い所です。
雑誌を出す側はちゃんとそこを見抜いてわけていますね。これに「エロ」が入るか否かでまた変わってきます。
 
しかしまだ百合は広がっています。むしろ最近広がったのがここだと思います。
「百合」を突き詰めると、「少女」や「女性」を描くことに近づいていくわけです。関係性あってこその百合ではあるのですが、関係性の中から「自分を見つける作業」がストーリーに盛り込まれることになります。
そのため、たとえば女性キャラクターが「まだ見ぬ誰か」を求めて成長する様子、それ自体が百合っぽさを含む可能性もあり得るわけです。

たとえばこの百合アンソロジー「つぼみ」ですが、釣巻和先生の「鳩居的回顧録」という作品がかなりそれに近いです。
一応少女が女性に惹かれている様を描いてはいますが、限りなくその距離は遠いです。作品全体の大きな流れの中にはほぼ無いとすら言えます。
しかし少女の生活を綿密に描くことで、確かにそこには百合っぽさが生まれます。独特な絵柄とレトロな空気感が更にそれを強調していきます。これを読んで「百合ではない」と思う人もいるかもしれませんが、「百合でもある」と言って差し支えないと思います。
 
しかし、成長を描く際にそこに男性の影があると一気に百合度は減ります。むしろ女性同士の関係性を描いていれば、男性がいようがいまいが「百合っぽさ」は残るんですが、少女一人が描かれる時には「まだ見ぬ誰か・何か」の可能性を減らしてしまっては元も子もない、というわけです。
 
加えて、小道具と背景設定も大事になってきます。さすがにサバイバルな環境で一人クラス女の子を描いても百合度を望むのは難しいです。
「百合」の語は「レトロ趣味」や「保守性」を描く場として用いられることが多いです。
ミッション女学校が舞台になるのは、別に「そのほうが都合がいい」というご都合主義だけではなく、逆に「百合をつかって女子校を描く」という世界観描写の手法でもあります。
それらが密接に結びついたため、たとえば「大正の喫茶店で働く一人の女中さんの物語」や「ミッション校に通うおとなしい少女の話」なんかが「百合っぽさ」を醸してしまうわけです。
先ほどの最初に出てきた作品は、それに加えて少女達同士の楽しそうな日常風景も交えられているため、百合シーンはなくとも「百合っぽい」と見えるのではないかと思います。
 

●「百合を描く」「百合が描く」●

厳密には一人の少女の物語は「百合」ではないです。
しかしそれを「百合ではない」と排除してもしなくてもいいんですよね。見たい人は見て楽しめばいいのですから。
ただ、雑誌社側はそれを供給しなければいけないので、うまく分けていく必要があるかとは思います。
百合1〜4と、百合っぽい作品の受け皿は分けられています。

コミック百合姫 2009年 03月号 [雑誌]
 コミック百合姫S (エス) 2009年 02月号 [雑誌]

百合姫百合姫Sは、女性向け・男性向けで大きく分けられました。加えて関係性重視の本家、百合っぽさ重視のS、という感じもします。

ワイルドローズはエロを含む描写ありということで、さらに幅を広げました。百合作品でエロはいらない!という人も多いので、分けたのは大正解じゃないかなと思います。
専門誌だけではなくても、アフタヌーンの「オクターブ」や、エロティクスFの「青い花」、アライブの「ささめきこと」など、雑誌のカラーにあった百合作品がそれぞれ育っているのも見逃せません。
同時に、「ストライク・ウィッチーズ」のような女の子ワールドの、女の子イチャイチャ世界を楽しむ場も多く用意されています。
今後は百合文化が育んできた独自の世界観を持って、新たな物語が生まれることを期待したいところです。そして、そういう方向の受け皿に「つぼみ」がなってくれたら面白いんですけれどもー。
「関係を楽しむ」百合と、「世界観を楽しむ」百合、ですな。
 

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とりあえず吉富先生は独自な路線で「百合」を開拓しまくっていて、素晴らしいです。大好き。どこまでもいっちゃってください。
とりあえず宮内由香先生(同人誌再録だそうな)、水谷フーカ先生、大朋めがね先生あたりはがちがちに百合しているので、安心して買っていいと思います。それでいて新しい方向も切り開こうとしているんだから期待もしてしまうってもんです。
いやはや…来月号の裏次郎先生と関谷あさみ先生が楽しみすぎるんですが!!!

今一番続きが気になる百合マンガ。
適度に明るく、適度に切ないのが、いいんよねー。

そして、もっとも不安になる百合マンガ。
回を追うごとに心臓に悪いけど読んでしまう。
最近だと他にも純水アドレッセンスにはとことんまいりました。
斬新な百合もいいけど、ベーシックな百合もやはり、よいわ。よい。うん。
ちなみに、BLはまた別でしょうけれども「BLっぽい雰囲気」ってのはやはりある気がします。

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