たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「断裁分離のクライムエッジ」に見る、身体と精神接触のサディズム・マゾヒズム

アマゾンが表紙画像にちゃんと帯入れてくれたのがうれしいなあ。
この本、書店で帯めちゃめちゃ目立つんですよ。黒地に「君を切りたい。」だけですもの。ほんとにいいセンス。
 
断裁分離のクライムエッジ」面白いです。
題名からして「中二病的だなあ」と感じるとしたら、それで正解だと思います。
簡単に言えば、それぞれ特殊な能力を持った武器で戦う羽目になる、能力バトル系マンガ。ですが素材の生かし方がユニーク。
この作品、「殺す」という感覚ありきな作品なんですよ。
 

●断裁分離●

出てくるアイテムは注射器、ハサミ、ハンマー…とこの時点だけでもじわじわくるものがあります。
これ、殺人鬼がかつて使っていたもの
持っているだけであらゆるものを殺したくなる上に、やっかいな特殊能力が備わっています。
そしてそれぞれのアイテムは「殺害遺品」と書いて「キリンググッズ」と読む。
ひー、かっこよすぎる。自分の中のガイアがビンビン囁いてくる。
 
名前が運んでくる異質な世界ってのはやっぱりあるもんです。
髪の毛を切りたくて仕方ない変態の切(きり)君と、どんなハサミを使っても髪の毛が切れない祝(いわい)ちゃんのボーイミーツガールでもあるこの作品。やはり最初は「殺人鬼」という言葉に当然のごとくたじろぐわけですが、二人が出会って心を決めてから一気に「そっちの世界」になだれ込んでいくのが快感です。別の世界になだれ込んでいくきっかけと、それを彩る演出に「殺人鬼」や「断裁分離」「昏睡昇天」などの四字熟語がよく似合う。煮詰めたジャムに、さらに砂糖を加えるかのように。
あわせて、かっこいい言葉と「好きな女の子を守る」という好意はあまりにもあいすぎる。単語がジャムなら、設定は焼きたてパンです。これ以上ない組み合わせとバトルのテンポのよさとたくさんの血。「そういうのが好き」というのが自分の中にあるなら、きっと一気にはまりこめると思います。
自分は最初、こういう特殊な言葉の数々に一旦身構えたのですが、もうね。自分が守るべきかわいい女の子目の前にいたら、それだけで世界が彼女の作った言葉で標準になるよね。祝と僕とで決めた名前が「断裁分離のクライムエッジ」だ。僕たち二人の宝物だ。文句あるか!
 
西尾維新先生の言語センスを彷彿とさせるこの作品の言葉の使い方ですが、同時に絵にある色っぽさがいい具合に作用しています。

少年が少女に出会い、興奮する(髪を切りたい、とだけど)官能がびっしり詰まっています。
髪の毛に触れるって、ものすごくエロティックじゃないですか。
動かないため、人間のパーツの中でもっとも生きている感覚の薄いパーツでもある髪の毛。同時に人間の性格を如実に反映する表情でもある髪の毛。そして神経が通っていないが故に自由に触れて手を入れる事が出来る髪の毛。
感触はないはずなのに、髪の毛に触れることは瑞々しい官能に満ちあふれていますよ!

主人公切の性癖(?)である「髪を切りたい」「髪に触れたい」という欲求はかなり最初から強烈です。
ですが、「呪われた髪の持ち主」である祝と出会い、「呪われたアイテム」であるキリンググッズを平和的に使う事で、二人の間で世界ができあがるのが本当にいい! 違和感が溢れそうな空気があるにも関わらず今この瞬間、二人でいるときだけは違和感×違和感で相殺して、平和なのです。お互いがお互いの足りない部分を補い合う本当に理想の関係。
とはいえまあ、殺人鬼のアイテムという部分が物騒なのは事実。それがたいした物でないなら、話の魅力も減ってしまいます。やっぱり過激でちょっとえぐい方が楽しい。
でも主人公が毎回人殺しするわけにもいかない。
ここで浮き上がってくるのが、「髪の毛を切る」という行為に含まれた意味合いになってきます。
 

●昏睡昇天●

最初にも書きましたが、この作品…というか緋鍵先生の一般向けマンガの理論の一つに「殺す」という行為が標準装備されています。考えて見たらすごい話ですよね。殺すなんて言葉そうそう人生で何度も使うモノじゃないですが、緋鍵作品では実際に簡単に死にます。死んでも死にきらなかったりもします。殺したり殺されたり、基本が命の奪い合い。
 
この作品では、髪の毛にその命の意味を持たせていることで少しかわった味付けがされています。

祝は髪の毛が伸び続けて切れないことに、がっちりと呪縛されていました。
そこにきて、髪を切ることをこのように「殺す」と言います。
「私を殺してくれた・・・!」
一生のうちで一度も使うことなく過ごす人の方が圧倒的に多そうなこのセリフのバランス感覚が絶妙です。いやあ、あっけらかんとした内容でもなければ、重くて動けないほどキツい話ではない。そんな綱渡りみたいなバランスをこのセリフが保っています。
 
殺す殺されるって人間の人生において、最大の出来事なわけですが、緋鍵作品の命の奪い合いは割とお互いの気持ちを確かめる行為に近いです。
「唐傘の才媛」ではまさに殺すことで愛情を感じる究極系の「殺され萌え」が表現されていましたが、こちらはそこまでは行かず、「殺すこと=髪の毛を切ること」に置き換えられています。ようは彼女たちの髪を切る・切られるの関係はセックスみたいなものです。求める人・モノがいて、求められる人がいる。

注射器組の日常。
このマゾヒスティックな匂いがばんばんする行為のなんとエロティックなことよ。読む人によってはサディスティック極まりない関係でもありますね。どちらから見るかはその人次第ですが、受ける・与えるの関係が成立しているのだけは確かです。
 
髪の毛にしても注射器にしてもそうですが、触れる・触れられるというエクスタシーが確実にあるわけです。
身体の接触が描く、精神の接触が存在します。
実際のSMもそうですが、この作品でのそれは人体に干将するレベルに到達しているのが面白いところ。実際には「困ったモノ」なんですが(髪の毛だって切り続けるわけには普通はいかない・注射器ならなおのこと)、上手い具合に充足しあえていることで人間の体の限界を超えた精神のつながりが産まれているのがもうエロくてしかたないです。
ゾクゾクするほど血と快感にまみれた官能的な世界が広がっていますが、それが重苦しくならないのは緋鍵先生の描く世界が極めてからっと明るいから。

髪の毛に触れて激しく興奮している切。裸よりも髪の毛に興奮するあたりが変態ですね。いやあ、ナチュラルに変態になるってとてもいい。一応理由もあるのですが、それは実際読んでみてのお楽しみ。
にしてもこのコマを見ていただくと分かりますが、切のうずまく欲求は満たされることで背景の星柄のようにカラリと明るくなります。その他にもこの漫画、花柄や点描など、少女漫画のように明るい空気づくりがされています。
 
暗くてどろっとしてどこまでもアメーバみたいに溶けていくエロティシズムと、乙女チックで初恋のような感情は隣り合わせ。
セックスよりも過激な「殺し合う行為」の代償行為も、満たされれば幸せの園です。そのため後腐れがないというか、すごくテンポが軽快なのです。
 

●破砕粉壊●

と、明るく楽しいバトルもあるラブコメディ、とまとめたくなる所ですが、この作家さんのすごいところは所々で浮かび上がる強烈なサディズムマゾヒズムの波です。
先ほども書いたように、それが充足されることで幸せな空間が産まれるのも事実ですが、読者のサディスティックな、マゾヒスティックな感覚を満たすには、中で満たされてしまってはいけないのですよ。溢れ出した物をこっちが受け取りたいわけですよ。

髪の毛に対して「殺す・殺される」で幸せな関係を築けていた切と祝ですが、それ以前はどんなにあがいても満たされない苦しみを抱えていました。そして苦しんでいる様が見ていてぞわぞわするというね。もうね。ひどい読者ですいませんって感じです。が、与えてくれるのはやっぱり嬉しいマゾヒズム
どうしても代償行為で充足されている状態があまりにも幸せでラブラブなため「それでいいかな」と思ってしまいますが、基本的に「殺す・殺される」のギリギリの関係でなりたっていることを忘れてはいけません。特に祝はあらゆる人に命を狙われる側です。狙ってくる殺人鬼の末裔達は、切みたいに「満たされればいい」なんてゆるいこと言ってきません。もうすでにそこでバランスが破壊されてSとMがあふれ出します。

もっともらしい説明をしてくれる敵側の病院坂病子(びょういんざかやまね)ですが、どう見ても快楽殺人犯です。つか名前が病的すぎです。
色々理由はあるんですが、病子といい切といい、ものすごいフェティシストの描写そのものをになってくれています。様々な思考をキャラが持っているのはわかるけれども、そこに見えるのはフェティシストが快楽に浸る絵。そしてエクスタシーを見るこちらの快感。
 
人の体に実際に干渉し、人命にかかわるレベルで触れあうことで精神のつながりを得ていくキャラクター達の様子は、奇妙で特殊極まりないのに、快楽に満ちあふれているからすごいんだなあ。
髪の毛を切るという行為は確かに人体干渉レベルでは本当に本当にライトなものですが(爪を切る、と並んで)、それが人体の一部を切断する行為だと考えたら、なかなか重いものはあります。病子の注射器にいたっては、今は代償行為で成り立っているモノの、惨劇だってありました。だって惨劇が基準値ですもの。
しかし惨劇すら快楽に変えていく緋鍵先生の感覚はとてもユニークだと言っていいと思います。すごく痛い(体が)のに、あまり痛くない(心が)。不思議なバランスで駆け抜けていくこの作品や「唐傘の才媛」の中に置いては、「人の命」というモノは「二人の間に産まれる絆」を飾るための快楽発生装置のようなものなのかもしれません。
 

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ロリマンガの頃もサディスティック・マゾヒスティックな快楽を描いている緋鍵先生ですが、コミックLOでは暴力による流血シーンが描けなかったところを、一般誌で存分に腕をふるっている感じがします。うーんすてき。とはいえ一般誌なのでロリエロがないのは残念本当に残念残念です。切と祝が髪の毛切りながらエロいことするのを見たいの!
とはいえロリコンの魂を満たしてくれるカットは存分に盛り込まれています。一番強烈なのはやはり初登校のシーンかなと。あれはもうね。悶えました。1ページぶち抜きなんだものなあ。
あとうちのサイト的に一点絶対欠かせない点があります。

中学校の体操着が、スパッツなんですよ!
スパッツなんですよ!中学校の体操着が。
ちなみにこれは髪の毛を切ってもらった後のヒロイン祝。一人だけ発達が遅いです。それでこそヒロリイン。
すばらしい。なんてすばらしい造型。発達した子の中に一人紛れる、発達途上の女の子がスパッツですよ。どうするのこれ。完璧じゃないですか。
慣れない運動で汗にまみれたスパッツ姿の祝を抱きかかえながら長い髪を切る光景とか、考えるだけでぞくぞくするよ!
 

髪型がころころ変わるのでヒロイン見つけづらくなるはずなんですが、きちんと画面構成でヒロインが浮かび上がって見えるのは、切にとって祝がとても輝いているから。カップルを見てニヤニヤする意味でももってこいな作品だと思います。君がいれば僕は何も怖くない!
しかし殺人器具が散髪ばさみって、普通のハサミより痛そうで仕方ないんですが。そこがいい。
 
関連・「唐傘の才媛」に見る、「殺され萌え」のときめきの原理
こっちはほんとに殺しまくり。