たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

乙ひよりの描く、少女たちのリアルとゆるやかのスキマ。

●最近の百合姫

最近、百合姫がめちゃめちゃ面白くなっています。
確かに森永みるく先生がいなくなり、ひびき玲音先生が表紙じゃなくなり、と「どうなっちゃうのおおお」とか思ったこともありました。しかし最近は方向性が少しずつ明確化してきたためか、非常に「安心して読める」どころか、間違いなく「面白いマンガがここにあるよ!」と個人的に言える雑誌になってきた感があります。
タカハシマコ先生の作品はあいかわらず斜め撃ちだし、林家志弦先生は蒸気機関車だし、金田一蓮十郎先生はポジティブにエグいし。
ほかにもいい作家だらけです。
 
はて、その中でもとりわけ百合作品の形をしっかり描いていて、個人的に大好きな作家がいます。
それは乙ひより先生です。
特に百合にまったく興味がない人でも楽しめるくらいしっかりしたマンガを描かれる方です。実際はどうも4年以上前くらいから?活動されておられる作家さんだそうですが、いろいろ調べてみて見つからず、百合姫に連載しているところからしかわかりません。しかし第一回目の掲載作から異常なほど良質な作品を描いていてど肝を抜かれたものです。いや、おおげさではなく。
乙ひより先生の描かれる百合マンガって、どリアルでもなく、ドリームでもないんですよネ。そのバランスが本当に見事なんです。少し作品とあわせて自分なりに感想を書いてみたいと思います。
 

●初掲載「かわいいあなた」のリアル●

百合姫シリーズに初めて掲載された作品は、百合姫vol.5の「かわいいあなた」という読みきりでした。本の一番最後に新人的に掲載されていました。

主人公は「かわいくなりたいのにかわいくなれない」長身のりりしい少女まりあ。それは憧れられる存在でもあるのですが、同時にあざけりの対象にもなります。
しかしなんというか…残酷なコマじゃないですか。ジェンダーとかそういう問題ではなく、少女たちはただ思ったまま反応しているだけなのが余計にキツいです。
マリみて令ちゃんみたいにそれらを受け止められるだけの安定感があればいいのですが、彼女はお姫様のような存在に憧れているのです。
でも、無邪気な周りはそれをせせら笑い、あるいは「かっこいいよ」と毛糸でくるんだナイフのような言葉を差し出します。自分がなれないのが分かってしまい、だからこそなお、まりあは憧憬の視線で少女らしい少女性に憧れます。
どんなに手を伸ばしても届かないんですよ。そのじれったさが短い中に込められているからよんでいてギリギリきます。

そこに現れたのは、逆にお姫様のような少女あかね。しかしこんなノリで毒々しい言葉をはくので周りから嫌われまくり。どのくらい嫌われているかと言うと、彼女が困っているときの反応がこうなるくらいに。

嫌われすぎ。
 
実際、この子かなり変化球な子なのですが、ゆえに妙にリアルなんですよ。
物語のキャラクターの中には、その性格が極端なほど印象に残ったり、リアルな心情を背負ってくれたりるすることがあるんじゃないかなあ、なんて思うのですが、彼女はまさにそういうのを一挙に担ぎ上げるだけのパワーのあるキャラです。
 
あかねのしたたかさは、まりあの苦悩を見事に引き上げます。その話の展開は本当に爽快。確かにあかねはイヤな子なんですが、彼女はリアルと虚構の間をするりと軽快にすべりぬけ、まりあのことをお姫様だっこで駆け抜けていくようにすら見えちゃうんですよ。最後のコマは必見。
これが初の百合姫掲載作だというのだから本当に乙ひより先生のバランス感はすごい。
 

●「Maple Love」の、人間の距離感。●


百合姫vol.8に掲載されているMaple Love」では、非常に軽快に女性同士の距離感を描いていました。
 
乙ひより先生の描く女の子って、主人公と相手の描き方がちょっと違うんですよ。多分これみてパッと気づかれると思いますが、左が主人公。右が慕ってくる相手のエリカ。
とにかく相手側の女の子がめちゃめちゃかわいらしく描かれています。先ほどのあかねも、まりあから見て「お姫様みたい」だったのが伝わるくらい「ふわふわきらきら」しています。
だから、最初のうちはどこなく、相手側がふわふわ漂っているように見えて、なんだかつかみずらいんですヨ。

なんだか分からないうちにキスされて、最も至極当然な反応をする主人公の楓。
マンガだと、ドギマギしたり「女の子同士でキスはうんぬん!」と言ったり「どーしよー!」とか言っちゃったりするのはよくあるパターンですが、冷静に考えたら急なキスされたらビンタはりますよね。当たり前だのう。
でもその当たり前をきちんと描いてくれるからこそリアル。

突然また告白してくるもんだからあっけにとられもします。
そこでドギマギしたり「女の子(ry ですが、ごく当たり前の人間同士の距離感をきちんととらえています。
 
この主人公楓の感覚が非常にしっかりしているんですよ。何の色眼鏡もなく、人間同士の距離感を見計らって徹頭徹尾冷静に動くから、安心して読者は彼女に身をゆだねることができます。そこには男女とか知人かそうでないかとか、そういうのも全部排除して「個人対個人」の関係があります。
これがまた、激しいときめきがあるわけでもなく、淡々とその距離感を描くのが乙ひより先生のうまいところ。

だからこそ急に距離を縮めたときの感覚に、なんともいえない安心感と戸惑いがあるのです。
これが恋のようなときめきに近いかと言うと、そうでもないんですよ。どちらかというと手探りで人間同士の距離感の中でくっついてみたり離れてみたりの試行錯誤に近いんじゃないかと思います。だからこそ、急に近づいた後にはキャラクター達の中にも葛藤があるし、現実を見ながらも自分の価値観にちゃんと向かい合って、冷静に考えていきます。
 
この冷静さと、ゆっくりした時間の感覚がほんと落ち着かせてくれます。二人の出会いがまたノンキだし、オチもまたのんびりしています。そして「ああ、これでいいんだよなあ」とゆったりしています。
 

●ゆったりした服装と、ゆったりした顔。●


同じく百合姫vol.8「Maple Love」より。
基本的に乙先生の描く女の子たちはみんな、鼻と口の距離が広めです。だからものすごくキリキリ激昂したりしても、すぐのほほんと戻る感覚があります。「かわいいあなた」でもかなりのコンプレックスやしたたかさを含んでいるのに、この絵柄のおかげかあまりイヤミがないんですよ。むしろ「そんなにあせらないでゆっくりいこうよ」という温かい視線すら感じます。

加えて、体型も非常にゆったりしています。少女マンガ的、といえばそうですが、さらにもっそりさせた感じ。
百合作品って、「女性であることを武器にしているか」「そうでないか」でも大きく分けることが出来るんじゃないかなー、なんて思うんですが、これは後者。攻撃的な女性らしさはありません。しかし時間の流れの中で包含してくれるような少女らしさを持っている、そんなやさしい絵柄です。時間がゆったり流れる感覚をつついてくれる服装のガーリーっぽさもいいですよネ!私服の描き方のうまい百合作家にはずれはない、と思います。

百合姫vol.7「冬色思い」より。
これも、主人公がどっちかすぐわかるのがいいですよね。もっそりしてるんです。
 
乙先生の描く少女の「自分の感覚」って、「みんなのほうがきれいだなあ」というコンプレックスを持っている気がします。と言ってもそんな激しいものではなく「なんとなく」です。
しかしだからこそ、ほっとして見られるし、生き急ぐ関係を築かなくてもいいんだな、と感じさせてくれるんですヨ。
 

●前向きに、ポジティブに。●

百合作品には、少女期の終わりを見つめた上で「その瞬間の輝きをとらえたい」という一瞬の少女性をカメラにおさめる姿勢が面白い作品もあります。またいつまでも終わらないサザエさん空間的な楽しみ方をする作品もあります。
そして「ハッピーになろうよ。」と、描かれていないその後の幸福を見つめた作品もたくさんあります。

百合姫vol.6「星空サイクリング」より。
離れ離れになるだって?だったら「LOVE定額よ!」
超ポジティブ。時にはさびしいこともあるかもしれないけれど、幸せは自分たちでつかもうよ、のんびりとね。
そんな前向きさに満ちているから乙ひより先生作品はどこまでもやさしい。
 
百合作品の中には、美化を強調することで少女たちの中のどろどろしたリアルを隠すこともあります。それはそれで面白いんですヨ。物語だから、憧れの視点で楽しむのもまたありですし。
また逆にリアルを強調し、そのトゲトゲしさや苦悩や、時には性的な部分のピックアップを行う作品もあります。それもまた面白いです。魚喃キリコ先生の「blue」なんかこっちでしょうか。
乙ひより先生はその間をころころと通り抜けて、自分のペースで歩んでくれます。だからとても心に残ります。衝撃的な足跡を残すわけでも、萌えやときめきを刻むわけでもないけど、気づけばひなたのネコのように入り込んできてくれるんですよ。
 
6月に「かわいいあなた(仮)」という単行本が出るそうです。まだ百合姫では4回しか連載していないので、おそらく結構な量の描きおろしがあるのではないかと期待しています。それに単行本出るのがめちゃめちゃ早いあたりからも、その注目度がうかがえます。
ああっ、百合姫が季刊なのが歯がゆい!せめて隔月なら…乙ひより作品の新作がもっと見れるのに!と思いながら、次の号を待ちます。
 
コミック 百合姫 2007年 06月号 [雑誌]
マンガはかなり充実していますが、ちょっとだけ百合姫のあおり文には違和感を感じる今日この頃。
 
〜関連リンク〜
一迅社 コミック百合姫
6月にはタカハシマコ先生の百合作品集も。た、楽しみだ…。
君鳥翠
乙ひより先生のオフィシャルサイト。