たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

病理服従救済冒涜…共依存ヤンデレサイケデリック。「落下傘ナース」

共依存シンドローム

あなたが好き。
あなたのためにならなんでもできるよ。
あなたが望むことが私の生き甲斐だよ。
だから電話をかけてきて。
私にだけ、ゆだねて。
私が、守るから。

俺を守って。
一人じゃ生きていけない。
あいつがいてくれないと俺は生きていけない。
離れないで、見捨てないで。
電話をかけたらすぐにきて。
俺のことを守って。
 

●すごいヤンデレ入りました。●

ヤンデレ」という言葉がオタ業界で浸透して結構たちました。
ヤンデレの代名詞とも言える「SCHOOL DAYS」の最終回は、今でも強烈な印象とトラウマチックななにかを多くの人に、現在進行形で残し続けています。
ある意味昼ドラチックな楽しみ方を、ある意味耽溺する楽しみ方を、そして拒絶する人には心の底から拒絶したくなるようなオーラを持ったヤンデレ
記号化して軽い萌え要素になった部分もありますが、いかんせん「恋に狂っていく心理」はミステリーの王道の一つでもあります。まだまだ広がるジャンル…いや、すでに開拓されているジャンルでしょう。
 
とはいえさすがにもう落ち着いたかなーなんて思ってたら、すごいのきちゃいましたよ。
厘のミキ先生の「落下傘ナース」
まあヤンデレの楽しみの一つに「グロテスクへのチキンレース」もあるのですが、そこをきっちりマンガ的に楽しませながら、狂気を克明に描いた怪作でびっくりしました。
だってさ、表紙すごいかわいいんですよ。
落下傘ナース 1 (ヤングジャンプコミックス) (ヤングジャンプコミックス)
確かに椎名林檎的なにおいはしますが、まだ「かわいらしい」の範疇です。表紙に「痛快(復)ラブストーリー」とか書いてますし。
痛快?
とんでもない、滅亡型、錯覚ストーリーの極北だよ!
確かに設定と全体の雰囲気はコメディタッチなんですが、さすがに気持ち悪くなりました。こいつはすごい。
 
以下グロあり注意。
 
 

●病理。●

設定はすごくユカイなんです。
たとえば足が折れたとします。それを助けるために自分にその患部を移動させ、自分が骨折することで相手が治る。それがサイボーグナースです。
そのサイボーグナースが少年チトセと少女文子のもとにやってくる…というのがメインのストーリー。これだけだと非常にライトな感じです。
 
しかし問題はこのチトセと文子なわけです。一風変わった設定も、この二人の病みっぷりを描写する一つのパーツ何じゃないかと思えるほどです。
 
文子は、チトセがとてもとても好きな女の子です。
好きで好きでたまらなくて、「チトセくんを守るために生きる」という決意を固めています。いつも、どんな時でもチトセくんを見ていたい。チトセくんのことを守るために看護婦になる。とてもけなげで一生懸命なんです。
一生懸命すぎて、四六時中チトセくんのことしか考えられません。
 
チトセくんは、とにかくトラブルに巻き込まれます。彼が何もしないからです。
しかし、彼は困ると文子の携帯に電話をします。電話をすると、文子はかけつけます。どんなことでもします。ゲームのレベルあげから、いじめっ子の退治までなんでもします。
だから電話をします。
 
この電話が非常に病んでいるんですよ。
全部ボタンがボンドで固定されているんです。
ようするに、着信専用。
チトセは文子に、お前からはかけてくるな、と言っているわけです。
しかし、文子はそれでも満足なのです。なぜなら、「危険」や「困窮」をチトセが感じていたら、それをすぐに分かる手段があるだけで十分だからです。
この奇妙な関係は一番最初からこんな形で表現されています。

文子が死にそうでも、面倒くさいと思うチトセ。
でもここで見捨てると「守ってくれる人がいなくなる」から助けます。
なんというろくでなし…。読んでいてここまで同情をよせられないキャラもなかなかいません。
とことんひどいんですが、文子はチトセにひたすらに尽くします。尽くして尽くして尽くしまくります。
さあ、なんでしょうこの関係は。
 

●あなたがいないとわたしはだめなの●

文子の心理についてみてみましょう。
文子は本当に、極端なまでに自らの身を投げ出します。ある意味献身的と言えるでしょう。
しかしこの献身的というのはくせ者。ひっくり返すと「守らないと私は生きていけない」「私以外の人が守るのは許せない」となっていきます。

今までは、誰も相手にしなかったチトセを自分だけが守ってきたので、「チトセは自分のもの」だったわけです。
しかし、サイボーグナースがあらわれたことで、自分のアイデンティティの危機が訪れます。
チトセがしあわせになればいいんじゃない、チトセを私が幸せにしないとだめなんだ。
そこにあるのは、愛。
ただし、自分の満足のために相手に尽くす、究極の自己愛です。
死んでもいいよ、喜んでくれるなら。
 
彼女のココロの病理は、攻撃性から読み取ることが出来ます。
もちろんチトセには手も出さないのですが、チトセを傷つけるものは全て排除します。ターミネーターみたいに見えますね。でも強くないから、死にかけます。

チトセの全部を知らないと不安になる!
チトセのそばにいないと心配になる!
チトセを傷つけるものがいるとイライラする!
彼女の中の強烈な歪んだ愛情は、感情をどんどんおかしな方向に曲げていきます。とにかく離れるのが不安なんです。そう、それはまるで、自分の体を失った人のように。「ライナスの毛布」が過激になった状態でしょうか。
ようするに、助けることで依存しているわけです。

彼女の目の色の変貌っぷりは一見の価値あり。
最初からかなりイった感じのキャラなんですが、途中でサイボーグナースになることでさらに狂気度に拍車がかかっていきます。
鍵になっている「ボンドでボタンが押せない携帯」のインパクトはなかなかに絶大です。このコマのように、あえてセーラー服が彼女のユニフォームになっているため、少女の持つ不安定さがどんどん浮き彫りになっていきます。
彼女の愛は、決して「愛」ではないんだ。
 

●あいつがいないと俺は生きていけない●

チトセの心理を見てみましょう。
チトセは幼い頃からずっと文子に守られてきました。一言してほしいことを言えば、文子はとんできました。
だから、自分でなにかする、ということを知りません。

もう見ているだけで最低なシーンのオンパレードです。
ようするに、文子を「便利なアイテム」としてみているわけです。しかも彼女はドラえもんではありません。自分よりも下の存在として徹底して見続けています。
特にこのシーンのこのセリフはものすごい後々影響してきます。ものすごいですよね。自分がもう「レベルが上がらない」って言ってしまっているのです。こいつは多分あがらないでしょう。分かってるんです。
でも文子は、自分より高次元の存在であってはならない。
 
わがまま放題のチトセは、文子を「ボンドでボタンが押せない携帯」で呼びます。呼んだら、彼がいらだつ前にチトセが来ます。遅れるといらだちます。
ある時、8分遅れました。たった8分です。しかし彼は激昂しました。
なんで思い通りに動かないんだ!
なんで俺を守らないんだ!
お前は俺の思うとおりに動けばいいんだよ!
 
じっくり通して読むとわかりますが、この傍若無人っぷりは彼の恐怖心の現れでもあります。
文子がいないと怖いんです。
一人でなにもできないのはわかっている。文子は自分を捨てていかないことも分かっている。だからそれを利用し、自分より低い位置においてけなすことで、自分の存在を保っている。
これもまた、強烈なまでの依存です。
 

●この世界の病は、なくならない●

通常であれば、チトセも文子もまともには生きていけないでしょう。
しかしこの世界が不条理であったという幸せと、二人がお互いに依存しあっているというパズルピースの組み合わせが、綱渡りのような人生を言い渡すのです。
ねえ、幸せ?

このマンガの世界は、びっくりするほど簡単に死にます。体の一部もすぐに失います。
自然にさらっとレイプされた後のシーンが描かれますし、巻き込まれて未来を失った若者を見ても「そっか」の一言で済ませてしまいます。死んだあとの処理も適当です。
それが許されるのは「サイボーグナース」という「何でも治せる」という存在があるからに他なりません。その破天荒なルールがあるから、この世界は成り立っています。いや、実際読んでみると成り立っていないからどんどん事態は悪化しているんですが、それすらも世界の一部になっていくわけです。
本来であれば「サイボーグナース」がいかなるもので、どのような闘いを繰り広げるかが物語の中心になるのかもしれませんが、この物語はあくまでもそれはエッセンス。チトセと文子の歪んだ共依存の描写に作者は鬼神がかったものすごい心血を注いでいます。
 

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ヤンデレ」物って、人によっては「女の子が怖い」という印象を持つかも知れません。思い込みが強くて、どんどん恋に狂っていく。主にストーカーとかです。あるいは逆に、「痴情のもつれを産むだめな男」がメインになって、女の子かわいそう、という展開もあるかもしれません。
しかしこの作品は、「恋」とか「愛」に似た何か別なものを使って、ヤンデレを描きます。視点は「怖い女の子」だけではありません。それを産む「自分勝手な男の子」も描きます。どちらかの視点ではなく、どちらも偏っているのです。
この作品ではその共依存関係を「両異存」と呼んでいます。言い得て妙ですね。
彼らがこのまま進んでいって、見えるのは暗い闇だけ。でももう戻れません。
一緒に死ぬ?なんて甘っちょろいことを。だってサイボーグナースですよ。もう、永遠に一緒に死ぬことも出来ない。
もんどりうって二人で転げ落ちるのは、全く下の見えない奈落の底なのです。
 

グロテスクコメディの色も強いので、グロネタ好きなら笑いながら読むことも可能です。が、まかり間違ってもこの世界には入り込みたくないオーラぱんぱんです。
思い浮かぶありとあらゆる「いやなこと」をがつんがつんに詰め込んだヘドロ沼。でもそのスラップスティックさが読んでいて心地よいから不思議なものです。途中脈絡もなく出てくる警官のクレイジーさがなかなか強烈。落ち込んだ気分の時に読んで、さらにいやな気分になれる素敵な作品です。
共依存関係に関しては実際に読んで確かめてみてください。多分人それぞれ、色々な感想がうまれるのではないかと。
 
こちらで一話と、今の9話が読めます。
一話のナチュラルな狂いっぷりがなんせすごいのでぜひ。
Raw Meal『厘のミキ公式』
 
追記・180Gってなにかと思ったら、ドラクエのうろこの盾の値段だそうです。