たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

エロティックな身体と、みすぼらしい身体と、おかしなおかしな鳥籠荘。「鳥籠荘の今日も眠たい住人たち」

おすすめされて読んだ「セブンデイズ」が良くてね!
BLっちゃBLなんですが、この不思議にじわじわくる距離感は男でもすごいわかる。これがまた「一週間限定」という、終わりありきの物語だからたまらんす。
もうすぐ(6月?)後半が出ると言うことで楽しみですが、実はこれ一日一日を季刊連載していたため3年近くかかっているという。待っていた人には待ち遠しすぎて死んでしまいそうな話ですな。レイニー止めならぬセブンデイズ止め。
そんなこんなで、壁井ユカコ先生原作、宝井理人先生作画の「鳥籠荘の今日も眠たい住人たち」を読みました。
女の子がいる分、楽しめるだろうナー、しかも女子高生ヌードモデルだぜふひひ、なんて思ってたらえらい目に合いました。いい意味で。
なるほど、心理と身体感覚、現実と浮かれた心のギャップはこうやって絵に表現出来るんだなあと。
 

●私の躰に群がる人と、現実●

表紙と題名がまずファンシーですよね、この作品。原作は読んでないので詳しいところまではわかりませんが、空気は相当独特です。

鳥籠荘の今日も眠たい住人たち 1 (1) (シルフコミックス 9-1)

まだ3人しか住人は明確には出ていません。
一見この表紙だけ見ると、お姫様系というか、ファンタジー色が強そうというか、どこか現実離れしているわけですよ。住んでいる建物も「ホテル・ウィリアムズチャイルドバード」通称鳥籠荘。どこそのヨーロッパ風。
しかしファンタジーにしては何かおかしい。1ページめくって出てくるのがいきなり援助交際ゲームときたもんだ。
そう。入り口が唐突に生々しいんですよ。
 

女子高生達がスリルとお金を求め、援助交際をし、ギリギリのところでお金だけふんだくって戻ってくる。そんなゲームが物語の開始部分です。
だから、この物語のヒロインでもある衛藤キズナや他の女の子達は、最初とてもかわいくエロティックな感じで描かれています。もろくも少女の激しさ、きらびやかさを最初は持っているんです。
 
女の子達にしてみたら「時に何かするわけでもないのに、自分の身体に寄ってくる男ども」なわけですよ。
不思議だけどおいしいもんですわね。へー、こんな身体に興味あるんだ。こっけいだね。
そんなにステキですか私の身体。価値ありますか私の身体。
まあ自分もエロいおっさんなので「はい、価値有ります、見せてください」と土下座するような滑稽な男どもの一人に過ぎないんですが、それは現実の向こうにある性欲フィルターを通した錯覚でもあるんですよね。
他の視線を通じたとき、それが真実とは限らない。
 
キズナは流れで、鳥籠荘に住んでいる画家のヌードモデルになります。

まあ普通はこう思いますよね。だってそういう性欲とスリルの狭間みたいな所で生活してきているんですもの。
そうじゃなくても、女の子が裸をさらす時、自分の身体を男性がどう見るかというのは巨大な重圧だったり、あるいは強烈な武器だったりするわけです。
ましてや「ヌードモデルやって」と言われたら、その身体に興味を持たれている、という期待だってするじゃないですか。
しかし、画家の浅井有生は全然気にも留めないんですよ。

てきとーな感じ。
あくまでも被写体に過ぎないキズナのヌード。それ以上でもそれ以下でもありません。
物語的にも少女の価値観を破壊する重要なシーンですが、キズナの裸描写はその様子を繊細に描いていきます。
たとえば、まだ上記のコマなんかは「興味ある?私の身体?」というキズナの思いがあるので、ちょっとエロティックさがあるわけです。
しかし有生の描く彼女の裸は、全く別物。写真じゃなくて絵という、人の客観視線を通して描かれる「自分」はこんなにも、もろい。
 

●やせぎすなからだ●


じっくり見て欲しい、有生の絵画を描いたコマです。
 
女性像を人が描く時、様々な方向にその視線は向きます。
溢れるほどの自分の中の性欲を叩き付けるかのごとく色っぽく描く人。ふっくらとした肉を強調し丸みを帯びた曲線を描く人。そして、やせぎすで、今にも崩れ落ちそうな不安定な心理を描く人。
有生の絵画は、まさにその不安定さの表れでもありました。
まあ有生という人物が何を考えているかは今の時点ではさっぱり分かりません。しかしこのキズナという少女は、とても不安定で脆いのです。
「女性が感じる自分内部の身体感覚」を描く裸婦画家に、実際こういうふうに過度に骨張った部分を強調する人がいます。ふくよかで、柔らかくて、色っぽくて…というのは男性視線フィルターを通した場合の描き方。精神が落ち着かず不安定な状態の女性…あるいは少女が、自分の身体の感覚を掘り下げていくとき「やせぎす」か「ぽっちゃり」かの両極端になることが多く、それを画家が描写する時、「色っぽさ」とは別次元のヌード絵が誕生します。
 
実際、宝井先生が作画する時一番大変だったのはこのコマだと思うんですよ。
無論「色っぽいヌード」を描くのはとても難しいことですが、それ以上に「色っぽくないヌード」を描くのは至難の業です。特にキズナのぐらぐら綱渡りをするような精神状態の場合ならなおのこと。
そこに加えて援助交際という妙に生々しい現実と、浮世離れした鳥籠荘の様子のアンバランスさがこの絵からびんびん伝わってきます。
腕も、あばらも、華奢で細くて。そして何よりも目が行くのは脚です。

色っぽさのるつぼだった援助交際ゲームグループで喧嘩をした後の彼女の様子は、傷だらけで色っぽさの欠片もありませんでした。
で、足を見てください。特に足の指。もう肌なんてかさかさしてそうで、栄養状態も悪いんじゃないかって様子なわけですよ。血だってきちんと巡っていなさそう。
なんだか骨張っていて、指先は冷たくて、「やせている」じゃなくて「がりがり」で、胸なんかも小さくて、肌も乾燥してがさがさ。
ばかな男達はありがたそうにお金を払うけど、自分の身体はこんなもんじゃないか。そう、人に描かれることで気付くのを、このマンガは実際に絵で表現しているわけです。
 

慣れるってのは不思議なもので、最初は照れもあり、恥じらいもあったものの、こうも興味を示さない画家相手で、淡々と自分の身体を陰湿に描いていくとヌードであることの抵抗がなくなります。先ほどの、援助交際しているコマと比べたらえらい違いです。
この不可思議だけれども妙に安心できる感覚こそが「鳥籠荘」なんだと思います。
 

●摩訶不思議鳥籠荘●

前半、あまりにも生々しいので「日本なんだろうなあ」なんて思っていたら、後半めまいがするくらい一気に転回。
まあ、先ほどの浮世離れした画家と、ヌードモデル生活のせいもあるんですが、日本としか思ってなかったはずの背景が一気に香港チックになるからです。これはマンガならではの面白さですなあ。いずれ説明は入るんだと思いますが。

壊れた町並み、雑多な物品、這い回るケーブル、ひび割れたアスファルト、そしてそこにたたずむオシャレな少女。
この感覚…たまらん!九龍!
後半は怒濤の勢いでこういう背景がばんばん出てくるわけですよ。鳥籠荘まわりが、どうも日本らしくないというのをすこしずつ匂わせていきます。まるで「こっちの世界」と「あっちの世界」の違いみたい。

周囲の店なんかも香港チックですが、鳥籠荘のこういう小物がいちいち気が利いてます。日本じゃないよなー。
香港香港うるさいよ、と思われるかもしれませんが、香港死ぬほど好きなんです。おしゃれなところじゃなくて、雑多なところが。もう何度も飛行機チケットだけ取って、香港の下町を歩き回ったものです。危ない目にあったり盗難にあったりもしましたが、そういうめちゃくちゃな所も含めての香港ラブ。
この鳥籠荘も相当無茶苦茶なもんで。

なんだこのシーン。
キズナは色々物思いにふけっていて、この女性のことはがん無視ですが、この建物はこういう住人だらけなわけです。
カオスだなー。これも今後語られていくんだと思うとぞくぞくします。
 
まだまだ物語的には序盤も序盤なんだと思います。
だからわけの分からないことだらけですが、少なくともキズナの中の価値観がどんどん塗り替えられていく様子はなかなかにリアル。
たまには「エロくないヌード」をじっくり眺めてみるのもいいものです。こういう身体描写はなかなか男性では出来ないですよなあ。

他にももう一人、カギになる人物由起さんがいるんですが、今回はまだ分からない状態なので割愛。
個人的には今後、もっともっと鳥籠荘の怪しげな香港風背景がばんばん登場するのが楽しみでならんないわけですよ!香港雑多の中のやせぎすなヌード!なんという人間臭。いいわー。
…でもほんと香港なのかしら。みんな日本人名だしなあ。やっぱりわからなすぎる。原作読んでみようかな。

鳥籠荘の今日も眠たい住人たち〈1〉
壁井 ユカコ
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