欲情系変態マンガ「しまいずむ」が、一歩ずつ描きだす少女達の本当の感情
昨日に続いて「つぼみ」の話です。
「つぼみ」シリーズは看板作家さんとして、吉富昭仁先生が参戦しています。
この作家さんのカラーがある意味、他の百合アンソロジーと一線を画しているというか。
「なんでもあり」な空気を前提にしながら、感情の機微を描いたり描かなかったりしている、その加減具合が全く持って面白い。この強弱の付け方、緩急の持たせ方がまさに「つぼみ」らしさだと思います。
こんな作品が一号目から毎回、少しずつ変化を遂げたり遂げなかったりしながらショートショートで連載されているのは「つぼみ」しかあり得ない、です。
●変態姉二人組●
この連載、基本は主人公二人とその妹二人を軸にして話が進みます。
とにかく姉二人は変態。変態の権化。男の妄想をそのまま女の子の口から垂れ流しにした、そんな変態です。
変態っぷりと人間関係がよくわかる一コマ。
ショートカットの遙と、メガネの芳子は幼馴染み。
芳子は舞のお姉さん。遙は桜のお姉さん。
桜と舞は大親友。
芳子は桜が好きで欲情しまくり。遙は舞が好きで、欲情しまくり。
「欲情」って書くと語弊があるように聞こえるかも知れませんが、この作品に関しては「欲情」としか言えません。もう心ムラムラですよ。眼ギラギラですよ。
ある意味お姉ちゃんズの環境は恵まれています。だってお互い仲良しで、妹同士も仲良しってことは家に無防備に遊びに来るわけですよ。
無防備。ここポイント。
加えて、それぞれの姉であるがゆえに、自分もまた相手の家に遊びに行けます。
よって、「お互いの妹同士がイチャイチャする様を鑑賞する会」を開くことが可能なわけだよ!
見るだけ。見るだけなのぜ。
触れたらだめなのだぜ。
それが淑女の掟ってものなのだぜ。
かなりアレな感じのお姉ちゃんズですが、彼女たちの妄想力はとどまるところを知りません。
毎回毎回、変態的な台詞と行動を取りまくる二人。変態っぷりは加速する一方です。
舞と桜が入っているプールにそうめんを入れてしまって、それを食したいと夢見る二人の淑女の図。
吉富先生の百合漫画は「百合姫S」でも変態度が異常な領域でしたが(スイカ風呂とか)、こちらはストッパーをかけることを拒絶するかのように暴走しっぱなしです。
分かるよ! かわいい女の子の入っていたプールの中にそうめんいれて食べたいその気持ち分かるよ!
あくまでも、男として、ですが。
●男性的視点から女性的視点へ●
このお姉ちゃんズの変態っぷりって、ようは「男性視点で見た、百合っぽい状態へのニヤニヤ」なんですよね。
もちろん女の子が変態的思考にならないとは言いませんが、この作品はやはり異質。女の子が女の子に持つストレートな感情ではないです。男の欲望が女の子の皮を被っているんですよ。「なめたい」とか「クンクンしたい」とか。「エッチしたい」とかとは次元が別。もっと鑑賞的な。
そのくせ絶対に触れないあたり、二次元少女崇拝な男性そのものです。
吉富先生、そんな心理をわかってわざと描いてます。
女の子が変態的な思考を持っている状態って、見ていてすごくかわいいんですよね。
かわいいと同時に自分の性癖を男性が重ね合わせて読むことが出来るというすぐれもの。あるポイントまでは「ありえない」とどん引きされると思いますが、そこを超えてしまったらもうギャグなわけですよ。特にメガネの芳子の変態思考は、男性でも到達し得ないレベルにあります。
変態な女の子って、いいじゃない。ねえ。
ある意味、ひっくり返せば「女の子になって百合百合したいけどできない男の子願望」を叶えてくれるのが変態少女だったりします。変身願望に近いです。自分もかわいい女の子になってエロいこと考えたいんです。
しかし、それだけだったらこの「しまいずむ」はただのギャグマンガで終わったでしょう。
ある一点を境目に、変態お姉ちゃんズの中に別の感情が芽生え始めてからが、本当に面白いところ。
お互いそれぞれ「相手の妹」を見てニヤニヤしていれば満足だったんですが、「触れたい」「でも触れたらだめ!」という葛藤の中で、姉同士でバーチャルを試そうとしたあたりから色々な感情がほどけていきます。
メガネをとった芳子と髪の毛パインにしてる遙。ようはお互いの妹だと思ってチュッチュしあえば割とキモチイイんじゃないの、というやっぱり変態的発想。
そもそも違う人間(姉妹とはいえ)を本人に見立ててエロいことしよう、という時点で変態的発想ではありますが、そもそも相手はいくら変態だとしても一個人なわけじゃないですか。そうしたらやっぱり色々な感情が芽生えてしまうわけですよ。そりゃ芽生えるよ。相手は体温もった人間なんだ。
「好きだったけど触れられなかった」。妹達のことを「好き」だと思っていた気持ちは嘘じゃないけど、欲情しているだけだったんじゃないだろうか?
それって本当に好きなの?
詳しくはネタバレになるのでここには書きませんが、姉同士でふざけているうちに少しずつ、ほんの少しずつ「自分達は何が好きなんだろう?」と開けてくる視界が、本当にちょっとずつ光差してくるから目が離せない。
本当に、本当にちょっとずつなんだけども。
まあ、変態性の前ではそれすらもかすむんですがー。
当然これは「相手を妹の脚に見立ててなめたくなったの図」です。それが当然なのがすごい。
百合脚(百合描写で脚をたくみに、繊細に描く描写方法・命名オレ)といえば吉富先生。とにかく陶器のようになめらかで、ちょっと硬質で、そしてきらきら輝く女の子の脚を描きます。なめたくなるのも仕方ない。
…いや、だからと言ってそうそう舐めませんが。
変態的だから素直にゲラゲラ笑ってエロ楽しめるわけですが、その隙を突いて「女の子の心理」をこそっと流し込むんだもの、ぎょっとしますわ。
この「男の子から見た分かりやすい百合っぽさ」と「言葉に出来ないけれどもモヤモヤする思い」のバランスが、「つぼみ」というアンソロジーそのものである気もします。
女の子視点、男の子視点。双方を入れてミックスしながら「百合ってなんだろう?」と開拓していく。ショートショートの連続掲載(しかも一冊に二回!)という形で最初と最後に載っているこの作品が、「つぼみ」のムードメーカーになっていくのは間違いなさそうです。
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
にしても、妹二人の心理が全く描かれていないのがすごいです。ほんっとに何を考えているかさっぱり分からないし、分からせようともしていません。今後描かれるのかもしれませんが…。
あくまでもこれは、お姉ちゃん二人の物語です。
わっかんないよねー、わっかんないよ。頭が魚類だから。
でもわかんないから、気づくこともあるんよね。
しかし毎号レベルあがりまくりのつぼみ、どこまで登り詰めるんだろう?
エロ漫画家さんがその手腕を存分に発揮しまくり、イキイキと活躍しまくりなのが個人的には嬉しいところ。