たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

ダメで滅茶苦茶な彼女たちに、小さく火が付いた。「演劇部5分前」

表紙買いだったんですよ! 最初は。
だって見てくださいよ。

演劇部5分前 1巻 (BEAM COMIX)
ね!?
真ん中にいる黒髪セミロングの子がヒロインで、しかも青空背景にジャンプで演劇部ですよ。
しかもヘソチラですよ。
そりゃ買うよ、買いますよ。
どんだけ素敵な青春模様とキュートな女子高生風景を見せてくれるのかと。期待もしましたよ。
 
ところがどっこい、開けてみてびっくり。


え?
一瞬「すすめ!!パイレーツ」みたいな昔のマンガかと思った。
空気の読めていない感じのキャラクター、極端に崩されて太いラインで描かれるギャグ顔、色気のいの字もない頭の悪さ。どう見ても「バカさ>爽やかさ」じゃないか。
騙された!
そう、かわいい女の子たちが出てきてわいのわいのしてくれるんじゃないかと期待していた僕は激しく裏切られました。
90年代チックな顔ギャグとかいらない…明るい色気と「演劇大好きだよ」のテンションを見せてよ! そう思いました。
しかし、それはさらに物語に裏切られる序曲でしかありませんでした。
ええそうです。きちんと紹介しておきたいと思うくらい、面白かった。面白かったんですよ。ギャグじゃなくてキャラクターの生き方が。
 

●役立たずと罵られて最低と人に言われて●

先程90年代チックだと書きましたが、全くもって中身は90年代のマンガのノリそのものです。
舞台になっている世界も90年代的ですし(スーファミやってたり、駄菓子屋に通ってたり)、絵柄も垢抜けてはいなく、非常に泥臭い。コマ割りやギャグ描写も目新しさはあまりないので、表紙のPOPさに目を取られているとすごいびっくりします。
泥臭いという表現だとあまりいい響きではないですが、逆を返せば極めて素朴で剥き出しだと言うことです。
 
部員は3人、顧問もおらず、実績も0の演劇部が這い上がろうとしてはいるけど、ちょっとゆるい練習の繰り返し。と書くとそのまま4コマのネタに使えそうですが、そんな笑える生やさしいものではありませんでした。意図されたかわいらしさからは遥か遠くに逸脱しています。
もうね。
自分最初読み始めたとき、ものすごい、イラっと来たんですよ。
特に上の表紙の左端、引用したコマだとギャグ顔のショートカット少女ワシさん。
部活やる気なし。面倒くさがり。怒られるのはいや。サボリ魔。通分すら出来ない。秩序を乱す。言っていることが理解できない。
もう猿なんですよ。モンキーなんですよ。
ことあるごとにポイントでその猿っぷりを発揮されると、読んでいてイラッっとなります。正直最初の二話くらいはこのワシさんに耐えられるかどうかが乗り越える一線だと思うくらいです。
それにあわせて、ヒロインのアッコ(表紙のジャンプしてる子)もとんでもないことを次々しでかします。
アッコ、キュートな美少女キャラじゃなかったよ!暴走バカキャラだよ!
これまともに付き合ってたらほんと胃が痛くなるよ!そもそも道理が通じないじゃん!
 
しかし1巻を読み終えたあとに考えてみたら、…女子高生の頃って確かにこういうムチャクチャなテンションで突っ切ることあるなあ、とふと理解にスイッチが入ります。
言うことは聞かず反抗してみたり、一つの話題話していたら全然違う話にワープしたり、怒っていたかと思ったらゲラゲラ笑ったり。
ワシさんは多少大げさなところがありますが、確かにアッコの後先かえりみないバカっぷりは、若さの証だと言う事が、物語後半になってジワジワと分かり始めるようになるんです。そこまでの助走が長いんですが、ちょっと「イラッ」となってもそこは押さえて読んでみて欲しいんです。
彼女たちの暴走への「イライラ」は、周囲の反応や彼女たちの本心が描かれることでみるみるうちに緩和されていくのです。
 

●通りを歩いたら陰口叩かれて●

最初は彼女たち演劇部3人を中心に視点が広がるため、この滅茶苦茶さに読者も振り回される事になります。
アッコが「ずっと今が続けばいいのに」と一人で練習しながら語るシーンが1話にあります。
この時、読者側としてはすごい「?」が浮かぶんですよ。
なんで?あんた一人しか練習してないじゃん。みんなさぼってるじゃん。少なくとも幸せそうに見えないのだけども!?
しかしながら、実はそのコマの少し前にヒントが隠されています。
 
後半になってくると、なぜ彼女が「ずっと今が続けばいいのに」と呟くのかがどんどん明確になっていきます。

中盤から入部することになる美人で演劇に詳しい少女矢野さんに届いたメール。
「評判悪いよ。」
 
この作品、ガキンチョのように幼い演劇部面々と、人の噂話と悪口でつながっている周囲の人間の間に、ものすごい深い溝があるんです。
一生懸命だけどすぐ暴走してしまう演劇部三人。
生徒にも先生たちにも認められない新任教師。
性格がきつすぎるが故にクラスで浮いている矢野さん。
実はこの作品、はみだしもの達の物語なんじゃなかろうか?
 
はみだしもの、なんて書くと失礼かもしれませんが、このマンガを読んでいるとむしろはみだしたくなります。
というのも、周囲の人間関係には悪意が満ち満ちているからです。

陰口、裏口、憎まれ口。
人の反論出来ないところを執拗に攻め立てて、笑いながら友達の輪を形成して行きます。
右のコマにいるアッコの視線を見ると、はみだしている自分と「友達の輪」を作っている子達の温度差がよくわかると思います。

これはもう一人の、人前に出るのが苦手な演劇部、トモが失敗したときの様子。
弱みにつけ込むクスクス笑い。世界がみんな敵にすら思えるようなトゲトゲしい悪意の笑いです。
 
こういう描写がこの作品頻繁に出てきます。
バカばっかりやってる演劇部面々ではありますが、それは実は居場所が無くて苦しんでいることの裏返しであることが台詞などから分かります。
しかし居場所が無くて寂しいとか苦しいとかの描写は、ほとんどないのです。
 

●劣等生で十分だ●


物語は本当に前半進みません。やる気が無いわけじゃないし演劇は好きだけど、全くもって気合が足りない。実はそれも「分かっていないから」なのが後半になって描かれますが、それまでは同じところで足踏みし続けます。
新しく入ったやる気満々の少女矢野さんは、そんな彼女たちに対して「イラッ」とするわけです。読者の気持ちの代弁者として、ループする坩堝の中に斬り込んで行きます。
ここからが、本当の意味での物語の始まり。
 
先程も書いたように、3人組も、先生も、矢野さんも、はみだしものです。
でも決して悪口を言ってつながる輪の中には入ろうと思っていません。だからアッコは「ずっと今が続けばいいのに」と言ったのです。
アホで、マヌケで、感情がむき出しで。
視点を変えればそれは裏表が無く真っ正直だということ。
矢野さんは気が強く、指摘もズバズバ言うため評判が悪いです。しかしこの子たちは真正面から受け止めます。嫌味も何も無く、単純に、幼子のように。
実は矢野さんもまた、裏表がなく感情を出すため「気が強い」と見られているだけ。おそらく彼女のようなキャラが入り込んできたらケンカなどのトラブルを余儀なくされるであろうものの、彼女たちは「アホ」であるが故にすんなりと受け入れます。
アホアホと言ってますが、最初はイラッとさせられる彼女たちの「アホ」が、いかにかけがえの無いものかが、視点の切り替えによってジワジワしみ出してくるから面白い。

もう裏も表もあったもんじゃない。思ったままに行動し、思ったままに口にするから、後半はアッコを見ていて全く不安がありません。むしろ演劇部以外の周囲のキャラがとげとげしい針の山に見えるため、この混沌とした演劇部がオアシスのように映ります。
受け入れてくれるとか、居場所がほしいとか、そういうの以前のもっと幼い根源的な感覚です。
子供の時に遊ぶ場所があったかどうか、好きなものをぶつけることができたかどうか、感情をそのまま出すことができたかどうか。全然立派でもないし、正義感に満ちてもいません。ただひたすらに直球。
女子高生になっても彼女たちはそれを忘れず、どんどん体の奥底から感情を噴出して行きます。行動原理はすっごいシンプル。ある面幼すぎるのですが、彼女たちの気持ちがきちんと分かったときにその幼さは安心感へどどんどん変化していきます。

嘘と偽りの中で戦ってきた人間にとって、この笑顔は余りにもまぶしすぎる。
 
この作品、序盤はほんと滅茶苦茶です、彼女たちの行動が。
しかし中盤で矢野さんが入り、5話で彼女が演劇を通じて人を救い、しっかり地面に足をつけて歩き始めたとき、一気に物語が展開していきます。
悪口を言う人の輪に入れなくても、要領が悪くても、シンプルに生きてやる。

ここは「明るく楽しい安全地帯」ではないけど、長いものに巻かれるくらいならはみだしながらでもそのまま進んじゃえばいい。
 

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序盤と後半で、マンガのクオリティも物語の展開もがらっと変わるのでかなりびっくりする作品でした。序盤何が起きたのか本当にわけがわからない状態からのスタートになるのですごく不安になりますが、それが後半、陰口や張り詰めた空気の中で「開けて」いくのがえらい面白いです。「萌え」とか期待して買ったらそこには「萌え」が無くてびっくりし、さらに物語の重みにいい意味で騙された感じです。結果オーライ。ワシさんのカオスっぷりが今後どう作用するのかがちょっと気になります。現時点ではまだカオスのまま。
適当だったり、滅茶苦茶だったり、無邪気に悪意を持っていたり。そんな女子高生の、開けたようで非常にクローズドな世界を描いた作品です。
それにしても1巻のラストで、折角積み上がり始めたものがひっくり返りそうな展開になって、続きが気になって仕方ないんですが。どうすんだこれ??