たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「カポーん。」の、銭湯で紡がれる、兄と妹と友人との人間模様がなかなか複雑で面白いじゃないか。

カポーん。(1) (アヴァルスコミックス)

騙された!
だってさー、表紙が細っこい女の子で、しかも銭湯って言ったらあんた、女の子の入浴シーン期待するだろ!?
(注・たまごまごは無類の入浴シーン好きです)
なのに、なのにっ。
男の入浴シーンしかねえ!
くやしい! と思って読んでいたら……あれ、これなんかガチで面白いんですけど。
騙された!(いい意味で)
 

●「変わる」ということ●

この作品で銭湯を切り盛りしているのは少女白。
白ちゃんが黙々とこの銭湯を管理し運営しているんですが、そこに突然兄の紅が帰ってきてびっくり。
昔はもうー、かっこよくて頭が良くて完璧なお兄ちゃんで、白はそんなお兄ちゃんが大好きだったのに、突然大学やめて帰ってきたその姿がひどいのなんの。もう服はボロボロでひげまみれの髪伸びまくり。痴漢と間違われ通報される始末。実際めちゃくちゃ汚い。
しかも帰ってきた後、昔のかっこよさの面影はどこへやら、日がな一日パソコンの前で遊んでいるニートな歴史オタクにジョブチェンジ
私の! 大好きだった! お兄ちゃんはどこへいったーーー!
 
変わり果てすぎにもほどがある。
けれどそれだけだったら単なるコメディ作品なんですよね。この作品のキモはそこじゃない。
帰ってきた紅はこう言います。

「俺が嫌いなのは、昔の自分の方だよ…」

白が好きだったのは、かっこよくて立派だった昔のお兄ちゃん。
しかし紅自身は昔の自分がいやで、こうして帰ってきた(ボロボロになって)というのはどういう事だ?
 

●妹として好き。恋人として好き?●

もう一人この作品を引っ掻き回すキャラに、はかなぎくんという少年がいます。
この子がもんのすごい美少年。告白されまくりな子なんですが、白ちゃんが好きでいつもべたべたついてまわります。
当然そんなだから、白ちゃんが好きな「お兄ちゃん」が帰ってくるのがいやなんですよ。
 
ここで一つ重要なのは、白にとって、紅にとっての「好き」は恋愛感情として描かれていないということです。
今後どうなるかはわからないですが、白のお兄ちゃん好き描写は、幼い子が「世界のすべてがお兄ちゃんしか見えない」という視野の狭さであるのを明言しているんですよ。この描き方は本当に秀逸。
子供の時って、お兄ちゃんお姉ちゃんや父母がすっごい好きじゃないですか。それはもちろん大人になってからも好きこともたくさんあると思いますが、他の世界を知らないがゆえに、視野のすべてが家族しかいない状態の「好き」なんです。

四つ上の兄は、小さな私の世界の中心だった

面白い表現だなあと思います。これがこのマンガの一番最初の文章。
彼女は今でもお兄ちゃんが好きです。でもその好きがなんなのか、というのは分かっていると同時に、区分分けしないんですよね。
幼いのもよく分かっている上での「好き」はとても重い。
 
付きまとってくるはかなぎくんにも、作中で変化が訪れます。
最初は本当にうざったいくらいなんですが、この変化でがらっと彼の存在価値が変わるのも見物。
その事件自体がこの作品における「相手をどう自分の中で位置付けるか」というテーマに沿っており、非常に面白いんですわ。
 

●相手を私はどう思っているんだろう。●

基本的に白、紅、はかなぎくんの3人を軸に物語は動きますが、白から見た紅兄は未知なんですよ。未知の塊。
今までは一緒にいたから、紅のことを白をほとんど理解していたんですが、全く理解出来ない存在になって戻ってきた上に、自分の知らない世界での経験を知っている。これは白の心をがんがんに動かします。
 
自分の中での紅は一体どういう存在なんだろう?
自分にとって「誰か」とはどういう位置にあるんだろう?
非常にこの部分を繊細に描き上げています。
分かんないんですよ、この「好き」ってどういう好きなのか、紅兄ちゃんに何を求めたいのか。
お兄ちゃんは一体何を考えているのか。私の知らないことだらけで私には何も教えてくれない。
しかも途中出てくる父親の存在がまた「兄も知らない世界」を運んできます。
 
もう、白はこの一連の出来事で、自分の矮小さを思い知りまくるんです。
白自身がそれでへこむ子じゃないのも面白いんですよね。結構器でかいです。
でかいですが、手を伸ばしたところになにがあるかわからない不安はがっちがちに描写されています。
あれ、私は一体今何を見ているんだろう。
せめてお兄ちゃんがこの手を握って離さないでいてくれたらいいのに、お兄ちゃん自体どこに行くか分からないじゃないか。
 
これは……ああもう、女の子の入浴シーンとかどうでもいいですわ(あったら見たいけど)。
それより、兄が何を考えどこに向かうのかの方が気になって仕方ない。
二巻が楽しみすぎる作品です。
恋の行方、なんて言葉でくくれない。人が人を見る視点の行方が知りたい。