たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

なんだか悶々としたこんな世の中だから今こそ「国民クイズ」だろっ。

最近は職場の近所に大手書店があるので毎日通うようになったのですが、何が違和感あるかって、やたらと小林多喜二の「蟹工船」が置いてあること。
なにごと!?と思って友人に聞いたところ、こういうことだそうで。
蟹工船:今年20万部超す ワーキングプア問題で社会現象
20万部…何事!
いやまあ、話題になるのは悪い事じゃないですが、にしても書店の一部が真っ赤な蟹工船の表紙で埋め尽くされて、マンガ版や読解書まで山のように積んであるのには驚きました。なんとも不思議な。
政治とか社会のことはさっぱりわからんですが、あれですね。悶々としてるのだけはなんとなくわからんではないです。
そんな悶々としたこんな時代だから、あえてここは「国民クイズ」制度を見直そう。
 

●とってもわかりやすい政治●

共産主義は難しい。民主主義は難しい。
しかし民衆は困窮しているぞ。難しいことじゃなく結果がほしいんだぞ。
ならどうするよ?ということで生まれたのが「国民クイズ制度」。
内容は本当にシンプル。「国民クイズ」というクイズ番組で勝利すればどんな望みもかなうという、個人主義の理念です。
ようするに、法律とか善悪とかは不透明なんだから、クイズで勝ち負けを決めたら文句ないでしょ?というお話。
んで勝った人が一つだけ願いを、たとえどんなことであろうとも叶えるために日本が動くなら、文句ないでしょ?というお話。

そんな宴が毎晩行われていきます。
何でもっていったら何でもなんです。「犬を見つけて」という身近なことから、「フランスのエッフェル塔がほしい」というむちゃくちゃなものまで。もちろん人を殺すのだって思うがまま。だって勝者は絶対だから。
ほらなんておいしい。これは幸せ!みんな納得の政治!
…あ!忘れてた!デメリットもあるから!負けたらシベリア送りね!
 
なんとも突拍子もない発想で、最初の部分を読み始めると頭がおかしくなりそうなんです。
しかしこの世界のこのシステム、マンガというフィクションの中で読むと極めて「わかりやすい」のがミソ。
 

●国民が望むものは「カリスマ」●

その「わかりやすさ」を加速させるのがK井K一という司会者。クイズ番組だもん司会者は絶対の上のさらに絶対です。

なんとも見ていてムカつくようなこの描き方がたまらない。
最初の部分では本当に見ていてイライラするキャラなんですが、これが繰り出すテンションとおかしな説得力がこちら側をガンガン引っこ抜いていきます。
にじみ出るカリスマ。そうだ。国民がこの鬱憤だらけの世の中に求めているのは「カリスマ」なんです。
 
カリスマという言葉がなんせよくわからないです。どういう意味を持つか考え始めるとめまいがしますが、確かにこのK井K一という男、その曖昧な「カリスマ」の語を体言しています。
語る言葉で熱狂を奮い立たせる男。落ち込んでいた人間をも狂わんばかりに動かす男。
彼がそこまで宗教めいたカリスマをまとうのにはわけがあります。この「国民クイズ制度」がなんせ「なんでもかなう」という欲望の塊だからです。
目の前にぶら下げられた欲望がページを王ごとに赤裸々にされていきます。クイズが進むにつれて人間の中の欲望への飽くなき思いが、滑稽ながらも壮絶な目でにらみつけるのです。
そんなとんでもない力の矢印がビンビンあちこちから出てるんなら、ちょっとした力を加えればものすごい勢いで一点に収束していきます。
それをまとめあげるのが、このK井K一という男。この彼のまとめあげっぷりと煽りっぷりにはゾクゾクさせられます。
もっとも色々裏事情があるのですが…。
 

●ギラギラした欲望の芽●

1993年に連載されたこの作品。とにかく突飛な設定なのも、バブル期の後であったことを考えれば納得です。
そんな狂乱の空気を皮肉るように、後半は全員の欲望が噴出。世界中の誰が正しいのかさっぱりわからない壮絶な状況が繰り出されていきます。

色々政治体系があってもよくわからない。ならまずは目先の欲望を叶えたい!と思う人間心理。
描かれている事は過激なんですが、妙にしっくりくるのは、そんな欲望の勢いが自分の中にもあるのがわかっているから。
とにかく作品全体を覆う欲望欲望欲望欲望の渦。それを先導するK井K一!
さあ高らかに国民クイズをうたおうじゃないか!自らの欲望と共に!
 
ふっとページから目を離すとクラクラします。
あれ、何が正しいんだっけ。
あなおそろしや欲望の力。目先の夢がすべてに思い、競争をして勝てば納得してしまうこの心。理不尽だろうがなんだろうが「一見の幸せ」に目がくらむ滑稽さよ。
このマンガの中にはありとあらゆる「欲望」が詰まっています。善悪なんてありません。あるのは欲望です。
 

●政府広告の時間です。●

この「国民クイズ」という作品はフィクションです。
世相の皮肉もいっぱい詰まっていますがフィクションです。
そんなフィクションのこの作品、怒涛のストーリーも面白いのですが、もう一つなかなか描けるものではない楽しさがあります。それが政府広告のパロディ。
国民クイズという番組が政府によって作られているため、そこに流れる宣伝は政府が国民をあおる様なものばかり、半ば洗脳に近いわけです。
たとえば例として。

15年たった今読んでも、シャレにならないようなパロディすぎる。うーん、ブラックユーモア、はっはっは。
こんな宣伝がところどころに入るのが面白すぎます。15年という歳月がたっているからこそなのか、あまりにも風刺が効いていて、これらの広告が全部面白い。いや、実際には勘弁ですよ!ほんと。
15年という歳月はマンガの印象を変えるには十分のように思えますが、いやあかえって熟成したワインになるんだなと改めて考えさせられるステキマンガです。
悶々としたときこそ、この突飛すぎるがゆえにリアルな作品に身を任せるのも一興。
あと、これ読んでると自分がいかに政治のこと知らないかも突きつけられるんだよう。この世界にいたらきっとわけもわからず国民クイズ出場してい敗退してんだろうなあ。こえー。
 
国民クイズ (上巻) (Ohta comics) 国民クイズ (下巻) (Ohta comics)
モーニング版は絶版。太田出版から再販されています。
今回はネタバレを避けて一切書いてないのでぜんぜん内容の話ができないのが歯がゆいいいい。とりあえず一度読んだら一生忘れなさそうな作品の一つだと思います。
自分はモーニング連載のことを一切知らなかったので、これを掲示板で教えてくださった人に感謝!一生モノの思い出が出来ました。
 
〜関連リンク〜
「国民クイズ 上下」 杉元伶一 加藤伸吉(ドロップキックアウト)
国民クイズ
国民クイズ(漫画)