たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

未来が明るいほどに、広がる少女の闇。ジャンプSQ「TISTA」

マンガの中で、少年少女たちは夢を見ます。
それは、正義、勝利、友情、恋愛…色々あります。それに憧れ、主人公たちがそれを手にし、歯を食いしばって涙を流して努力するところに激しい共感と感動を覚えます。
しかし、それは同時に「得ることができなかった」時、猛烈な喪失感と、得られたとき以上の激しい憧れの気持ちに責めさいなまれ、主人公とともに読者も苦しみもだえます。
つらいよね。だから重い話は読まない、という人も多いでしょう。
逆に、だからこそそこに、さらに深い表現を求めることのできる作品も生まれるんですよね。
 
今回、ジャンプSQが創刊されて、そのラインナップの統一性のなさにある意味感動しました。それぞれは面白い作品ぞろいなんですが、とにかく層がばらけていてカオスな感じ。
全体で見ると確かにバラバラ感満載なのですが、だからこそ新連載の中に輝くものも生まれました。
そんなわけで、個人的にものすごいツボで60強ページを一気に読まされて電車の中でやばいことになってしまったのが、遠藤達哉先生の「TISTA」です。
なんせ表紙があまりにも素晴らしいんだよ。

ちょっぴり内気で、ちょっぴり目が悪くて、そして何を夢見ればいいのかわからない。
一人の凄腕スナイパー少女が、暗闇へと脚を踏み入れていくそんな物語の幕開けなのです。
 

●内気な少女と、明るい少年と。●

ヒロインのティスタはとにかく内気で、人と話すのが苦手な少女。軽い口を聞くこともなく、世を恨んで語るでもない、周囲の人に言わせれば「相変わらず変な娘」です。

常に伏目がちで、なるべく人との接触を避け、でも人のすてたゴミはきちんとゴミ箱に入れる。
根暗というよりは、本当に「変な娘」という表現がぴったりだと思います。いや、それはもちろん差別的に言っているのではなくて、周囲の人からあえて距離をおこうとしている挙動不審さにおいてです。
ここの描き方がうまいもので、本当に後ろ向きでおどおどしているわけではなく、愛想笑いはするし、周囲を気にかけたりもできているのですよ。
それに、話しかけられたらそこそこの応対もできる。だからこそその下向きの視線が何を見ているかさっぱりわかりません。
 
ならそれをこじ開けて彼女の感情を引き出せるのはどんなやつ?
うん、バカなやつですよ。

ひょんなことで出会ったアーティ少年。
いやね、女の子だから声かけるよオレカッコイイ的なDQNだったら、そんなにでもなかったのですよ。しかし、この言葉は気取っていっているのではなくて、本当にバカだから言っているのが好感度高し!

そういう少年だからこそ、ティスタの硬い表情にもするっと入り込めます。
確かに見た目はヤンキーっぽいし、チャラチャラしてそうなんですが、ほんっとに心のそこからこいつがバカなんです。いい意味で。最高にいい意味で。
大好きなものがあって、それを全力でやっていて、そして堂々と高らかに夢をうたう。ある意味何も考えていないで一直線に進んでいるからこそでもあるんですが、そのさっぱりとしたバカさは気づかぬうちにヒロインだけではなく、読んでいる側の心も溶かしていきます。
本当に、本当にいいやつなんですよ。

少年マンガとしては、とてもしっかりとした、心をオープンにしてくれる言葉じゃないですか。
 
マンガの中の「夢」は、それぞれおおいにベクトルが違うけれども、そこが作者が描きこみ、そしてこちらが見たいと思うものの一つです。(時々夢がないことが売りなのもありますが。それも面白い。)
でかければでかいほど、それを必死につかもうとする姿が愛しくて。
壁があるほどその希望や恋愛が成就するのが愛しくて。
まずは夢を語ろう。そう言葉にできる彼が本当に愛しくて。
 

●彼女の、メガネ。●

未来が明るくて、救い出してくれそうであればあるほど、失っていくものは大きくなります。
光が強ければ、影もまた濃くなるんですよね。

ティスタのもっているもうひとつの顔は、それを物語るような視線をしています。
カギになっているアイテムに、彼女のメガネがあります。
 
普段はものすごく目が悪く、かなり度のきついメガネをしています。
それが壊れたときにアーティがメガネを買って渡すのですが、それはふちが白く、明るいメガネなんです。
そして、彼女が仕事に向かうとき。色の濃いサングラスをかけます。
 
キャラクターのかける「メガネ」は、時として特徴の役割を果たしますが、ティスタのメガネは1話で3回も変わり、彼女の心情の向かう方向を見事に表しだしているんですよ。
以前も書いたことがあるのですが、メガネはチャームポイントや身体的特徴だけではなく、心のバリアーを表現することもあります。最初の無骨なメガネは、まさに心のカベ。一度はバカのアーティによって開かれるのも、またメガネであらわされています。
そして、本当の自分は。彼女はさらに深い色のサングラスで瞳も心も覆うんです。
それをさらりと描き、読者に一発で伝えることのできるこの作者は、すごいと思う。
 

●拒絶する体、考えられない心。●

話はどんどん加速し、60ページ強という量の多さを感じさせないまま一気に暴走を始めます。

特にティスタの心の変化と追い詰められようは尋常ではない。だけど、確かに「何があるか」「努力して抜け出せるか」といったら、できないんです。そんな行き場のなさが全編に漂っていて、明るく元気な絵柄なのにこちらの心までどんどん追い詰めていく描写が圧巻なんです。
アクションシーンのコマの疾走感。会話シーンのセリフと絵の密度。それがいかにティスタを取り巻く世界が開かれていないものかを物語っていきます。

それが狂気なのか、冷静なのかはまだわかりません。
ただ、猛烈にそれを拒絶する体と、死んだままの心がぶつかりあって、圧倒的な迫力を見せ付けてくれます。
同時に、夢とか、希望とか、情とか…何もかもが一瞬で失われていく喪失感。死ぬよりもつらい光景。
もうどうやっても、戻ることのないもの。
 

●ホントのオマエ?●

続き物ですが、この一話での世界観と話の完成度が半端じゃなくて、きっちりこれだけで楽しめます。
遠藤達哉先生は2000年デビューで、これが初連載。いやあ、今後この路線で少女の追い詰められた環境を描き続けてくれるとしたら、ものすごいですよこれ。初連載とは思えない。
今後これが、ティスタという少女の救いの物語になるのか、あるいはさらに追い詰め続けて彼女は人を殺し続けるのか、それはわかりません。しかしどちらにしても、今後おおいに期待できる作品に出会えて、すごくワクワクしています。
さらなる喪失感でもいい、希望への命がけの憧憬でもいい、もっと楽しませてください遠藤達哉先生!
 
ジャンプ SQ. (スクエア) 2007年 12月号 [雑誌]
 
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メガネは時として、人の心そのものを映し出すと思うのです。