たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

理由はないけど、殺してみたかった「彼の殺人計画」

●別に葛藤があるわけじゃない。●

ジャンプ SQ. (スクエア) 2008年 05月号 [雑誌]
ジャンプSQ5月号に掲載されていた、鬼頭莫宏先生の「彼の殺人計画」
題名からして非常にきわきわで、なかなか話題にしずらい部分に直球を挑んできた作品が来ました。
「人を殺してみようと思った」という言葉を聞いて、「最近の若い人は物騒で」というのは簡単ですが、実際その思考の流れや、もたついた感覚が何なのかはよくはわからないわけです。
何をその時考えていたのか?というのは小説などではよく題材として描かれることがあります。もちろん決して許されることのない犯罪なのですが、そこにある独特の生きるけだるさは、考えるべきテーマとして語られることが多いです。そう、決してワカラナイのだけど、なんだか分かるような奇妙な感覚。
そこに、鬼頭流のメスを入れた今作。がっちりと重たく身の詰まった33ページ+インタビューでした。現代版、理想や葛藤や目標のないアメリカン・ニューシネマのような作品です。
 

●自分との対話●

「物語」というのはものすごいもので、実際にそれに共感はできずとも、その主人公のカサカサした感覚を疑似体験させてくれます。
そもそも「人を殺すことに決めた」なんて言われたって納得できる人はいないのですが、あくまで視点は主人公のもの。単調な何もない日々が淡々と描かれる中に、本人の思考ががちがちと盛り込まれていく様は妙にこちらまでけだるくさせてくれます。
人を殺そう。ただそれだけを目標にした彼は、その目標を達成するために一つずつ升目を埋める生活を始めます。
それは明らかに違和感のある光景なんですが、それを特殊な描写で「当たり前」として語られるのがね。めまいしてきますよ。

ひたすら描かれる少年の様子が、すごく特殊なんです。「人を殺すには…」【相手が必要だな】。
主人公の語りが四角の窓で、リアルタイムで考えていることが○の吹き出しで描かれます。
このように「自分の思考」に対して本人が解答していく形式で描写されることで、極めて地味な光景ががらりと世界を変えます。
やさしく明るい世界に対して、殺人計画を脳内で会話する主人公の描写。価値観はぐるぐると捻じ曲がっていきます。捻じ曲がっているのにそれが、思考のやりとりでさも当たり前のように流れていくのが強烈なのですよ。
 

●「そう」するために「こう」する●

「ぼくらの」なるたる」など鬼頭先生の作品は、もう逃げようがないくらい選択肢が狭められて、まるで綱渡りをするような感覚で先に進んでいく感覚に襲われることがあります。
だけど、その綱の向こうに何があるか分からないんですよ。どこに連れて行かれるの、その暗闇の中には光があるの、それとも絶望なの。
それはページをめくらないと分からない。
だから「怖い」感覚が芽生えることがあります。向かう先にあるのが暗闇なのは、わかっている。なのにその綱を渡っていかなければならない上に、その闇の中になにかが、いて当然の何者かが存在することに「恐ろしさ」と「見守る気持ち」が同時に襲ってきます。
何とか救われるんじゃないか、という一抹の希望を抱きながら。

四角枠で囲まれた彼の思考は、極めて冷静沈着です。怒りもない、感動もない、喜びも不安も悲しみも絶望もない。でもね、感情がないわけでもないんです。
そんなキャラクターが「殺す」ために取る行動は、こうなるよね、というのをぽつりぽつりと差し出します。次はこう行くよね、その次はこう。
一つの目印(人を殺す)があって、それに向かうためにごく当たり前のこととして、黙々と物語は進んでいきます。
読者はそれを遠くから見ることもできますが、正直自分はずるずるとひきずりまわされました。
ああ、どこにいくの!いや、行く場所はわかってるのだけど!
 
彼が殺すために「誰(何)を選んだのか」「どのようなシチュエーションを作るのか」「どういう準備をするのか」は、読んでみてください。
あらゆるものをそぎ落としていけば、間違いなく「そう」するために「こう」する、んですよ。
極端な話、この物語での「人を殺す」という行為は、形式としての目標でしかないです。殺人の重みはこの世界では手順の一つでしかないのです。
 

●「普通はこんなもんだよな」●

ジャンプSQの面白いところは、短編の掲載にあわせてインタビューも載せられていること。しかも本編の前にインタビュー載せるという変則形式。
しかしこの作品に関しては、インタビューを読んでから作品を読むと倍楽しめると思います。
実際今回もかなり暗い方向の作品ではあるのですが、特にその「鬱マンガ」「暗いマンガ」という風に捕らえられる作風に関しての本人の言葉が非常に興味深いのです。
特に目を引くのは「普通はこんなもんだよな」という言葉。普通をどこに置くかで変わってくるとは思いますが、他の鬼頭作品を読む上でも手がかりになるのではないかと思います。
 
それにしても、鬼頭先生にも連載の話を振るジャンプSQ編集部はすごいなあ、と心のそこから思いましたですよ。
大胆だなあ。
 
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