「唐傘の才媛」に見る、「殺され萌え」のときめきの原理

posted with amazlet at 09.05.04

普段はコミックLOでマンガを描いておられた緋鍵先生の一般作「唐傘の才媛」が発売になりました。
表紙と「女将さんは着物が似合う和風魔女！？」のキャッチコピーだけだといまいちピンとこないと思いますが、このマンガは核爆弾ですよ。
もちろん女将であるヒロインの紅もかわいくて仕方ないのですが、大問題なのは先輩六助君を執拗に愛するヤンデル少女乙女の存在です。
好きなものはおもちゃもぬいぐるみも動物も人間も、みんなメスで解体してしまう性癖の持ち主。
それゆえに六助先輩をも殺してしまいそうになってしまったため、愛するが故に離れなければ！と身を引く、そんなけなげな子であります。
ストーカーじゃないんです。
「ヤンデレ」のジャンルに属するかというと結構微妙。
愛に病んで解体してしまう猟奇性癖じゃなく、元々が猟奇性癖なので「愛することが辛い」キャラなわけですよ。
ちょーっと、ちょーっとだけ普通と違うだけ。スタートラインがちょーっと違うだけの、普通の恋愛です。普通です！普通！

ほらかわいい！
　
っつったってなあ。
お断りしますよ。
むり、だって受け入れた瞬間に待っているのは死しかないという有様。
ああ、これがマンガでよかった。
だって、「殺され萌え」なんていうニッチな趣味を存分に満たすことが出来るんだもの。
　

●「殺され萌え」●

何かを破壊するのが究極のサディスティックだとしたら、「殺され萌え」はある意味究極のマゾヒスティックです。
といっても、当然殺されてしまったらうれしくも何ともないので、あくまでも二次元の世界の妄想の話です。
　
「何を言ってるんだね？」という人もいると思うので簡単に説明します。
「殺され萌え」というのは、「自分のことが好きで好きでたまらない女の子（男の子）に、自分が殺されるシーンにたまらなく快感を感じる」、というニッチな趣味のことです。
人によっては「別に好かれてなくてもかまわない」らしいです。
心中萌えではありません、一方的に理不尽に殺されるのがいいのです。
　
「そんなの理解できない！」という人が９７％だと思います。
当たり前です。殺されたくありません。
かといって「死にたい願望がある」わけじゃないんですよ。あくまでも二次元遊技の中で、笑顔の女の子にぶっすりやられるのがいいわけです。ぐちゃぐちゃに殺されるか、縛られて鞭でたたかれるかの違い、程度の話ではありますが、やっぱり受け入れるっつったって無理があります。
かなりニッチでアングラな趣味、程度に押さえておくのがいいと思います。
理解しようとして理解できる快感ではありません。
　
しかしね、一度その「理不尽に体も命もすべてをもてあそばれる」という描写に対してスイッチが入ってしまうと、「殺され萌え」が分かってしまうから怖いんだなー。
実際、mixiのコミュニティなどでも「殺され萌え」は存在しますし、意図的に「サディスティックで殺す女キャラ」に萌える人はたくさんいます。口にしては言わないけどね。だって変な目で見られちゃうもん。
いいんです、理解は出来なくても。
　
でもですよ。
もし「何回殺しても死なない」という条件がついていたら・・・どうでしょう。しかも相手はものすごく自分を愛して愛して愛している。何をされても死なない。殺すとその女の子が・・・喜んでくれる！

紅が魔女であるため、乙女は六助に魔方陣の上で「どんなことをしても死なない」「意識も失わない」という究極のプレイを行うことが可能になりました。
意識失わないまま、内臓引き出されるのか・・・それはまた・・・。

だが乙女は一途なんですなあ。
彼女にとっての解体行為は、セックスと何ら変わりありません。むしろそれよりエロティック。
しかもそれによって失われる物はありません。命は無事です。むしろ彼女の中の性癖は満たされ、「受け入れてくれた！」という愛が充足するというすぐれもの。
こりゃあっぱれですね。素敵なことじゃないですか。
六助は地獄を見ることになるけどな！
　
えーと。やっぱり二次元だけでいいです。
　

●第三者として見る「殺され萌え」●

とりあえず「ねーよ！」という突っ込み９割だと思いますが、それでもその中に「ただそこにあるドキドキはわからんでもない」という「萌え」スイッチが入る人は多いのではないかと信じつつ、話を進めます。
実際、命の危険すらあるのに六助も意外とまんざらじゃないんですよね。

そもそも乙女は「性癖」さえ除けば、一途で、一生懸命で、家事全般も立派にこなし、とてもたおやかで優しく、愛した人に尽くす素敵な女の子です。
問題は「殺すこと」だけ。
　
・・・大問題すぎだけどもさ。
とはいえ、六助の「なんかもったいない」というのは読者にも伝わってきます。
これは緋鍵先生の描写力のたまものなんですが、とにかく乙女がかわいいわけですよ。
それがたとえメスを持って血まみれな有様だとしても。

乙女が、六助に「結婚」のOKをもらったときのリアクションです。
元々、自分の性癖がいかに忌むべき物かは本人も分かっています。だから自分は死ななければいけないと六助を避けていたほどです。
そのくらい一途だけど押さえきれない性癖を、先輩は受け入れてくれた！（なかば強制的に）。愛は深まる一方です。
かわいいでしょう。かわいいんです。
このように、作品全体で「女の子としてのかわいらしさ」が他のどのキャラよりも前面に押し出されています。
もう見ていて、「確かにもったいない」と思わせるだけの女の子らしさがあるんですよ。
　
しかし、それだけなら普通のキャラと変わらない。
やっぱり乙女の真骨頂は「殺され萌え」です。
ここがこの本を楽しむ上での大きな分かれ道になります。

乙女の父が乙女の性癖について説明するシーンです。
もう完全にホラーの世界です。さすがに「これだけ」を見てドキドキする人はレアかもしれません（いないとはいわない！）。
まあ関係性がない状態だと、端から見たらただの殺人鬼ですからね。
　
しかし、そこに「愛」という関係性ができた場合どうでしょう。

上段の、顔中からあふれる愛と喜びと悲しみとにあふれた複雑な表情、そしてそのまま、大絶叫のはずなのにサイレントな解体のシーン。
血に染まった白無垢が、コミカルながらも猟奇趣味をどんどん引き出します。
　
こちらだと、意外と「ときめく人」っているんじゃないかと思うんですよ。
理由の一つは、吊り橋効果。
異常な状態での、異常な出来事が続くと、絵のショッキングさもあいまって胸が高鳴ります。そこにたくみにかわいい少女の顔が挿入されるもんだから、サブリミナル状態で*1脳内で「殺される」と「かわいい」がひも付いちゃうんです。
これはまったくもって描写力がないと出来ないテクニックの一つだと思います。絵がかわいくきれいだからこそ、です。
　
もう一つは「そこにある思考にドキドキする」というもの。
下段の解体シーンも確かにすごいのですが、上段の表情をもう一度見てください。
明らかに「狂っている」のですが、その狂うまでに至る過程、狂いを理解し苦悩してきた様、その狂いを受け止めてくれる相手ができたこと、もういろいろな思考がぐるっぐる渦巻くわけですよ。
こちらの記事なんかが的確にそのへん述べていますね
HELLSINGの少佐に惚れ惚れするのはなぜか、とか。CYNTHIA_THE_MISSIONの中塚やブリギットがなぜああも人を簡単に殺すのか、とか。
やはりなんからの心の動きがそのキャラごとにあるわけです。そのキャラごとの機微に触れることで、魅力がぐんぐんわいてくるんです。
　
そして最後。やっぱりここに戻って来ちゃうんですが。
かわいい女の子に、何のリスクも無しに二次元の中でめちゃくちゃにされたい。
はい、ニッチ趣味。まあこのへんはアングラなままの方がいいので「好きな人は好き」で十分だと思います。はやりもでもないですし。
　

●ドMの本懐●

以前友人とも話していたんですが、最近「ドM趣味」の人権？魅力？がかなり力強く語られるようになったなあと。
たとえばエロマンガなんかにおける足コキ。エロマンガじゃないのでも最近多いですね。足を差し出している女の子の図。
あとは、気の強いお嬢様に使える男の子の図とか。暴君に振り回されまくる青年の図とか。
それ自体が幸せでハッピーエンドに向かうから、端から見ていてニヤニヤできるわけですが。
　
緋鍵先生はそんな中でも、「女の子達にめちゃくちゃにされる快楽」をエロマンガで描く達人でした。愛もある。快楽もある。
それが一般誌でさらにヒートアップして、「殺し」に発展。
いやあ。我々の業界ではご褒美であります。
自分はお断りだけどね！
見てるだけー見てるだけー。
　

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ネタバレ気味なヒントを一つだけ。

このコマ。さあなんでしょう。読んでのお楽しみに。
今回は乙女さんの話で終始しましたが、女将である魔女紅や、使いっ走りの猫又九重など魅力的なキャラは満載。
しかし妖怪たちより怖い人間の乙女のインパクトが強すぎてもうもう。「ヤンデレ」とはちょっと別ジャンルな「殺され萌え」。乙女のかわいさと一緒に楽しんでみるのもよいのではないかと思います。絵がとことんまできれいなので、後味もさっぱりです。死なないし。
ちなみに一番興奮したのは、災害時におしっこをしている乙女でした。
いやん変態！
緋鍵先生。乙女がメインのエロマンガを是非！是非お願いします！