たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

すがっていないと生きていけない、弱い男のラプソディー「MO'SOME STING」

●弱い男の唄●

よっわい男がいたもんだ
女とばったり出会ったら
「死にたい」と途方に暮れる。
 

4人の裏世界に生きる男と、1人のどこにでもいる女子学生。
通常であれば恐れられるタイプの男達が、いかに弱く脆いかが女の子一人によってボロボロと見えてくるんだからこりゃ気持ちいいわけですわ。
側に寄りたくないタイプのやっかいな人間だらけの漫画ですが、紙越しに見ているとなんだか愛おしく見えるから不思議でならない、強くて弱い男達の群像劇です。
 

●欠けた奴らのロンド●

キャラクターが動物の名前のもじりなんですが、イタチ、タヌキ、キツネ、サギ、と人をだまくらかすやつらばかり。…ん? サギは詐欺師と名前の響きが同じだけで、だまさないですね。そのへんがちょっとトリック。
4人の男達の強さと弱さのコントラストが面白くて仕方ないので、少し紹介してみます。
 

田貫将義。
法律相談所勤務。そして、自殺志願者。強烈なドMです。
最初から彼がいかに変態的か描かれていて、読者はヒロイン同様ヒかされるわけですが、読んでいくとどんどん「何故彼が死にたがりなのか」が分かってきます。
そもそも、死にたがりの人がドMっておかしいんですよ。本当に死にたい人はいくらでもすぐ死ねるでしょうが、彼は生きています。本当に死にたいわけじゃないんです。
生きている証として、痛い時に実感を感じ、興奮する。なるほど、その理論は非常に分かります。
そんなわけで彼はものすごい危険な命に関わる間違いなくケガはする仕事もひょいひょいと引き受けます。怖い、というのが欠落し、感情の起伏が感じられません。まずはその人間味のなさが恐ろしい。
加えて彼を見ていると最初はイライラさせられるのですが、そのうちどんどん無気力無感動さに飲み込まれるから恐ろしい。ほんと、世の中どうなっても、自分がどうなっても、どうでもいいんです。生きているかどうかなんて正直どうでもいい。
ただ、痛みを感じているときに「ああ、生きているんだ」と感じられる。それにすがって生きていく彼の姿は最初は違和感がありますが、人の心に芽生えやすいトラップなのもじわじわ分かってきます。
 

のらりくらりとずる賢く生き、お金のためにだけ動く保険屋の射立弘輝。
要領のよさと図々しさは天下一品、ある意味もっとも現代人らしいキャラでもあります。
彼の人のムカつかせっぷりもまた天下一品。
ようは自分のためにならないことはしない、本気なんて出す気にならない、自分のためなら相手なんて平気で蹴落とす、そんな図太い男です。裏切られるのが分かっているようなヤツです、友達になりたくもない。人助けなんて、絶対してくれない。
まあそれでも「仕事」はこなすので人とのつながりはあるようですが、信頼の置ける相手ではありません。そういうヤツだから、危ないことにもすいすいと手を染めてしまうわけですが。
とはいえ、ズルいだけで他に何もありません。何にもないんです。
あんた、何で生きてるの? ただ生きているだけなんじゃないの?

そんな彼も、ヒロインによってさっくり一刀両断。
人をへらへら笑って生きてきた彼は、自分に鏡が突きつけられたときにぐうの音も出ません。
俺…何が欲しくて生きているんだろう。
 

ドSのヤクザの息子、王狐文。めがねサディスト君。
つねにイライラして、人に暴力を振るうことで少しでも満たされようとしています。病んでます。確実に病んでます。
しかし、満ちるわけがないんです。たとえ相手が死ぬほどに痛めつけたとしても、それで本当に満足かといえば、一瞬嬉しいだけ。心は何も満たされません。
だから彼は、あらゆる人に恐れられているにも関わらず、実は死にたいと必死にもがいています。うん、病的なのは自分も分かっているのです。

「生きる意味」が分からない。分からないからあがいて苦しんで、人を傷つけてはまた空虚さにうちひしがれる。
彼の乱暴性はとても扱いづらく犯罪だらけの人生なのですが、そのもろさは田貫以上です。もう攻撃性に依存していないと、自我がなんなのかすらわからないんです。
最初は笑顔で暴力を払う恐ろしいキャラとして出てきますが、彼がいかに幼く純粋なのかがじわじわと分かってきます。
彼の暴力への依存と固執は、子供の曖昧な自我の状態、そのものなのです。
 

●ピュアな男のセレナーデ●

もう一人、裏でヤクザな稼業をやっているヤツがいます。

浅黄圭治。
裏社会でこそこそと便利屋をやっている、やっぱり困った男です。
しかし彼、他の3人と違ってしっかりと一つのことを見据えています。
少なくとも、生きてるか死んでるか分からないような境界線上でぐらぐらしている3人と異なっています。
 
彼は、田貫が好きなんです。
よりによって、死にたがりのヤツを! まあこりゃ、苦難のはじまりですわな。田貫は別にゲイでもなんでもない上に、自分への痛み以外に興味がさらさらないので、浅黄の恋の報われないことといったらありません。ましてや「殺して欲しい」と願うやつの幸せってなんですか? 殺すことですか?
惚れた弱みでいつもしかめっつらな浅黄さん。そもそもヤクザなので人に怖がられるタイプの人間ですが、実はこの人相当に真面目。
こつこつ、一つ一つこなしながら日々を生きている。なぜそっちの道に行ってしまったのか問いたいくらいに優等生なおじさんです。
もっとも、他のキャラと比べて、非日常の中で、の「優等生」なので、実際は色々テキトウなんだとは思いますが。
しかし彼の一生懸命な姿がもうかわいくてならないわけですよ。41歳。明らかに他のキャラよりおじさんなんですが、とにかく必死。まるで恋する乙女そのものです。
 
というか、彼の立ち位置が実は少女漫画の「恋する乙女」の位置、ヒロインの位置だと思います。
彼の一途さと懸命な姿は、女性も男性も共感しやすいと思います。また読者の視点はこの浅黄を通して見ることになるので、前に絶望しかなくとも生きようとしている、少なくとも死のうとせず「生きる意味」をもって他のキャラの虚ろさを見ることが出来ます。
彼の純真な思いがなければ、こっちまで3人の歪んだ価値観に飲み込まれて、わけがわからなくなりそうです。
 

●強い娘の行進曲●

それでも浅黄は救いきれないんですよ、もういっぱいいっぱい過ぎて。
おじさんだし、色々上部との関係もあるし。パンク寸前です。
 
それを猛烈な勢いでぶちやぶりながら行軍するのが、実はさらわれた側の16歳の少女、久未十和子だというのが爽快です。
でも言われてみれば確かに、何かを信じて突進できるのって、このくらい若くないと出来ないかもしれないですね。

彼女は、男4人に比べて全く強くありません。
誰にも恐れられる存在ではないですし、それどころか命を狙われているくらいです。いわばお姫様役です。
しかし男達がそれぞれの歯車がきしむ中で身動きが取れず、「生きるってなんだ」とかややこしいことを考えている上を猛スピードで駆け抜けていくわけですよ。
もちろん、怖くないわけがない。脚はがくがく膝はガタガタ、心臓は怯えて破裂寸前ですよ。
でも彼女は歯を食いしばりながら、ぐいぐい進んでいきます。おっかねー男達を蹴散らしながら、がんがん前に進んでいきます。

一応ヒロイン役としてでていますが、むしろ立ち位置は物語の進行役。
彼女は大げさで青臭いこともガンガン言います。相手が誰であろうと、ヤクザの親分であろうと言います。背負っているものがないから、というのもありますが、それ以上に彼女ががむしゃらに進もうと立ち向かう姿そのものが「生きる人」の姿になっています。
彼女のセリフと行動は、弱い男達に捧げられた愛のビンタです。
お前らもっと生きろよ、と。
 
生きるってなんだろうね。
わからん、わかりません。
色々な言葉が飛びかいますが、きっと誰も分かっていないでしょう。分かってそうにみえる十和子にすらも。
分からないから、日々をこつこつ生きるんだけどもね。
描かれていることはどうしようもないくらい非日常な出来事ばかりですが、彼らの抱えている問題はそんなに遠い世界の話ではないはずです
どのキャラに自分を当てはめてもかまいません。うじうじしている大人の側に立って少女にぶったたかれるか、少女になってうじうじした大人を蹴り飛ばすか。
最後には、全員なんだか愛しくなります。
愛しく感じるってことは…生きるようになったってこと、じゃないかな?
ほんとなんでしょうね生きるって。答えはそれぞれのものだから、自分で見つけるしかないんだな。
 

一応BLの枠ですが、BLがメインの物語ではないです。というかゲイの人の恋愛も描かれているだけ、あくまでも恋愛の一つの情になっているので、BL苦手な人でもすんなり入り込めると思います。とはいえ一応ほのめかすシーンはあるので注意。
自分は浅黄の一途さに悲しみすら覚えたのですが、共感度が高かったのは射立。なんかこう要領よくやってはぐらかそうとしているのを女の子にばかにされて、言い返せないヘタレっぷりがもうね!こいつきっと十和子のこと追いかけ回しながら怒られては尻込みするんだろうなと思うと、何とも言えず自分のことのようでもう。弱くて駄目な人間ほど…なんか気になっちゃうんですよね。
田貫や狐文のグダグダした理屈なんて犬に喰わせてしまえ!という人は十和子ラブなんではないかと。
しかしここまできっちりといい具合にキャラが揃っていると、1巻で終わるのが惜しい!問題の解決は永遠に出来ないとしても、もっとこいつらがもめたり怒ったり吹っ切ったりするのを見たかった! 無いとは思いますが続編を希望。