たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

居場所を求める少女たちよ、君の好きなものはなんだ?「書道ガールズ!! わたしたちの甲子園」

書道ガールズ!!わたしたちの甲子園 オフィシャルサイト
 
見てきました。
先に言わせて。
すげーよかった!!!!!
めちゃめちゃ泣きました。あれです、気づいたらボロボロに泣いていてわけわからんあの感覚。
こんなに映画で泣いたの「マイマイ新子と千年の魔法」以来だわ。
 
あのね、あのね。
こんなこと言うとアレなんですが、リンク先のトレーラーは見ない方がいいです。
この映画の広報さんごめんなさい!
ただ、そもそも割と致命的なネタバレがありますし。
それに「感動したあの出来事が」とか「素晴らしい少女たちの感動の」とか「廃部寸前の書道部が蘇る」とか「町おこし」とか、そういうキーワードじゃないと思うんですよこの作品のすごさって。
「感動」させるために云々という仕組みはもちろん無くはないんですが、そこじゃない、そこじゃないんだ!
もっと根源的な魂を揺さぶる力の部分。
人間の居場所探しの物語なんですよ。
 
とめはねっ!」や「ばらかもん」好きな人には当然オススメ。先に読んでおくと倍楽しめるはず(知識量的に)。

ですが、うちのサイト的に言うと。*1
みつどもえ」でひとはが「ガチレンが好きなんです」と打ち明けたシーンで泣きそうになった人には絶対見てもらいたい。
けいおん!」でムギの笑顔を見ると泣きそうになる人は絶対見てもらいたい。
あるいは、隠れオタクな人。自分の趣味に戸惑いを持っている人。
自分の好きなものや好きな仲間に対してなんとなく後ろめたさを感じていたり、人付き合いが苦手だったり、自分の居場所に行きまどっている人。
是非見てください。きっと損はしない。
 

●明るく、前向きに……そんな言葉はまだ見えないよ●

少しでも多くの人に見てもらいたいので、ネタバレ無しで、出来る限りのへたっぴな言葉を使って書いてみます。
まず、この映画を見た自分のスペックを書いておきます。

・少女の出てくる映画は大好き。
・日本映画はそこまであんまり見ない。
・「感動の」と言われると斜に構えるひねくれ中二病

正直、この映画見に行くかすげー悩みました。
「泣かせるぞー、感動するぞー」みたいな煽りが予告にあるから。うーん、そういうのはちょっと、と二の足を踏むのが天邪鬼な自分です。
しかし、スウィングガールズ」や「リンダリンダリンダ」大好きだから外さないだろうという打算で見に行きました。
 
「楽しいことをしたい」
そこは「スウィングガールズ」と同じベクトルでした。
しかし、その先が真っ二つに、むしろ真逆に分かれていて度肝を抜かれました。
「楽しいことをするためにがんばろう!」というポジティブなのが「スウィングガールズ」のよさだとしたら、「書道ガールズ!!」のよさは「絶望がすぐ側にあること」です。
 
最初は「廃部寸前で云々かんぬんなんだろうなー」程度に思っていたんですよ。
違う違う、そんなんじゃない。
町そのものがやばいから、何もかも無くなる可能性すらある。
明日すら、危ういんです。
 
まあこう書くと「それを復興させるって物語だもんね」と思われると思いますが、町のやばさは直接的に描かれないんですよ。
ヒロインの少女が自転車で学校に通うシーンがあるんですが、その背景に流れる町の風景がもう痛々しいんです。
シャッターが降りて、閉店してしまった店の数々。活気のない商店街。人通りの少ない道。
やばいね、大変だね、というのを前面に押し出すわけじゃありません。それはあくまでも背景であって、重要なのは少女たちがそこにいることです。
つまり、「町を救う」とかは重要なポイントじゃないんです。
むしろ大事なのはその背景の中に、残酷な現実が存在しているということ。
 
じゃあ抗うのか?
違う、それも違うんだ。
抗って、戦って勝ち取るとか、そういうのは結果的な問題であって、少女たちの大事にしているものじゃない。
少女たちが大事にしているものは、わざわざ派手なパフォーマンスをするまでに至った経緯は一体なんなんだ?
 
おそらく文章で物語としてこの作品をそのままあらすじを書いても、たとえそれが100%正確でも、きっと映画の真意は伝わらないと思います。
町おこしのための書道パフォーマンス?  違う。
現実に抗うための戦い?  違う。
ライバル校との戦いに勝ちたい?  違う。
好きなことや楽しいことを極めたい?  
違うんだ。
そうじゃないんだ。
もっともっと曖昧で、だけどもっともっと人間の心の根源に訴えかけてくる、アレなんだよ。

 

●敵なんていない●

私の好きなもの。
真っ青な空。
海へと続く坂道。
自転車のペダルを漕ぐ音。
町のどこにおっても見える、
紙工場の煙突の煙。
そして……
学校の行き帰りに聞こえてくる、
紙漉きの音。
小さく静かに時を刻んで行く、
町の大切な守り神。
(「書道ガールズ!!」セリフ)

枕草子」のようないいセリフ。
紙漉き産業が行われていた愛媛を愛する少女のセリフです。
これ、実はとても不思議なんですよ。
紙漉きをやっている製紙工場は、もう売れなくて破産寸前なんです。でも少女はそれを愛している。これはわかる。
しかし、紙工場の煙突も好きなんですよ。
これ、要するに「紙漉き工場」も、「その紙漉き工場をおびやかしている製紙工場」も両方好きってことです。
すごい矛盾しているんです。紙漉き工場が好きなら製紙工場が嫌いになって当然なはずなんです。
 
この作品のすごいところは、徹底して悪役がいないところ。
もしくはライバルも敵もいないところ。
本当ならば、書道パフォーマンス甲子園のライバル校もいるし、製紙工場のせいで紙が売れないから煙突が憎くたっていい。
しかし憎まないんです。
だって、人間同士憎み合ってる暇ないもの。
なんせ現実はもっと過酷ですから。
 
町のシャッターが降りる度に、悲しい顔をするはずなのに、商店街のおじさんたちは優しく笑います。
そして作中で、もっと抗うことの出来ない残酷すぎる現実も登場します。
たくさん。
何かを憎む暇なんてない。
「受け入れる」しかない状態が山ほど続きます。
そこに「抗う」ことができるなら、どんなに格好がいいだろうか。
しかし抗う以前に彼女たちには重い荷が山ほどあります。
町も大切。楽しいことも大切。だから「好き」がいっぱいあるこの感情、不思議だし説明しづらいけど、理解はできるんですよ。
それよりも。
自分の居場所は、どこなんだ?
 

●好きなもの、そして私の居場所●

ヒロイン5人がなかなかいい具合に、個性豊かながらも「ありそう」なリアリティをはなっています。
主人公の書道部部長の里子は、書道家の娘で賞を沢山取っている極めて真面目な少女。
その相棒であり、喧嘩友達、ムードメーカーで、ある意味今回のエンジン役の香奈。
ダイナミックで力強い文字を描きながらも、なぜか部室にあまり来ず、里子と喧嘩別れしてしまった美央。
後先考えず、時々テンションがハイになってパンクしてしまうメガネマイペースKY少女の清美。
そして、中学校の時いじめられっ子で不登校になり、書道部に入ってからもごっついヘッドフォンをしていてほとんど会話をしない小春。
 
この少女たちがじわじわと歩みを進めて、クライマックスに向かっていくんですが……ものの見事にバラバラなんです。
それってすごくリアルじゃないですか。
そうだよ。「よしやるぞ!」と言ったって、上手くいかないんですよ!
 
僕がこの映画を高く評価したいのは、感動も何もそれどころじゃなくて、徹底的に彼女たち失敗ばっかりなことです。
ほんとうまくいかない。これでなにもかもが大成功だったらどんなにカタルシスがあるだろうか。
しかしそれは無いんです。がっかりするくらいに。
そうだよ、それでいい。失敗すればいい!
 
視点は二つあります。
ひとつは、足掻いて足掻いて苦しんでもがいて、それでも何かをつかめずに迷走するヒロインの里子。
もうひとつは、彼女たちなりの「秩序」を破壊しに来た、臨時教員の池澤視点。
 
この池澤が見事なまでにイラっとするキャラなんですが、最後までイラッとするのがいいですね。
ただし、最初は「うぜえ」なんですが、後半は「うぜえけど、いいじゃん」になる。
いいキャラだから、というのもありますが、どちらかと言うと自分とシンクロしていくから。
前半はヒロインの苛立、絶望感、虚無感で画面中がいっぱいなんです。
しかしヒロイン達の中に何かのスイッチが入り、破壊者の池澤によって彼女たちの「秩序」が打ち破られてからは、教員の池澤視点でヒロイン達を見守ることになります。
 
彼女たちは一体何と戦っているのか?
先程も書きましたが、町おこしとか、パフォーマンス甲子園で勝つこととか、そういうのは二の次なんですよ。
じゃあなんだ?
「己との戦い」「楽しさへの追求」「仲間との絆」
うん、たぶんこのへんが惜しい気がする。
でも違う。それだけじゃない。
そもそも、人間が何かをする時に答えって一つじゃないじゃないですか。
いろんな人間がいる群像劇なんだから、当然全員思いが同じにはならない。
一人の人間の中にだって、数えきれないほどの沢山の感情があるからこそ、一歩踏み出す。「AだからB」なんてそんな単純じゃないんです。
それをこの作品は描こうとしています。
 
この思いの描写こそが言葉で表現できない、映画ならではの力だと、僕は思うんです。
 
ある意味、彼女たちの行動の副産物でもあるのですが、この映画で彼女たちが頑張ることで、それぞれに居場所が出来るようになります。
特にヒロイン里子といじめられっ子の小春の居場所探しの様子は、特に焦点を置いて描かれるわけではなく匂わせる程度のかすりかたに意図的にされていますが、どうしようもなく心に残りまくります。超絶KYな清美が居場所をつかみとろうとして出来ない有様も素晴らしい。
あがくんだよ、あがいてあがいて、それでも出来ないから誰かに力を借りたいんだよ。
特に小春なんかはコミュニケーション自体が極端に苦手で、ヘッドフォンで耳を覆っているため会話を拒絶すらしています。
もう自然とどうにかなるものじゃないんです。
自力で居場所を見つけるか、だめなら誰かの力を借りるか。
 
教師の池澤は、力を貸しません。
里子視点だとそこがイラッとくるんですが、大人視点だと池澤の行動の意図がわかるので……これがいいんだなあ。
あがけばあがいた分、失敗したり嫌なことあったりしまくるけれども、絶望的なこともあるけれども、自分に居場所はあると信じたい。
 
彼女たちに居場所があったかどうかは映画で確かめてください。
書道が「自分探し」だと言う人もいますが、もっと単純で、だけど複雑でいい。
何かを書き、何かを伝え、仲間といることで自分の居場所をつかむんだ。
この映画は、それがうまく行かず失敗することを描く作品なんです。
 

●ドラマチック●

物語の構造が、失敗と挫折がメインなため、あらゆる局面で「お約束」的な成功がとことんありません。
すごいですよ。
気分は空振り三振した後の、やりきれなさ。
しかしですよ。
その空振り三振が全力を出し切った結果だったらどうだろう。
この物語の盛り上がりは「結論」にありません。「過程」にあります。
ぶっちゃけ、結論なんてどうでもいいんですよ。
人間関係とか、自分の居場所とか、苦しみとか、失敗とか、そういうのって「何かをしている」から起きることであって、その「何かをしている」事自体が一番ドラマチックなんだと、監督は捉えたんじゃないかと思います。
確かにドラマチックで、クライマックスらしきものもありますが、それは思ったほどドラマチックではありません。むしろスカされる事の方が多いです。
なぜスカされるのか、スカされるという残酷な現実の中で自分は何処に立てばいいのか。
それを考え、動く様子の方がよっぽどドラマチックじゃないか。
 
自分が泣いていたのは、結果が出るシーンではありませんでした。
わいわい練習しているシーンとか、他の学校が演舞をしているシーンとか、書道のための紙の準備をしているシーンとか……どうでもいいシーンばっかりでした。
そしてもう一つ。少女たちガチで喧嘩するんですよね。手抜きなし、本気で言い争うんです。あと先生のこと嫌いだから悪口言ったりあかんべしたり。そんなアタリマエのことがものすごく泣けて仕方ない。
なんで喧嘩シーンで泣くんだよ、って言われそうですが、喧嘩出来るってことは居場所があるってことなんですよ。
泣くよ、ああ、泣くさ。
 
逆に「ここで泣け!」というシーン、ほとんどないです。
あえていえばあそこか……でもあそこも失敗だからなあ。成功してないもんなあ。
だけど、少女たちが今この瞬間ここにいて、全力を尽くした結果で空振りするなら、全力を尽くしている部分で泣いても、いいと思うんだ。あ、これは自己正当化です。だって劇場で泣くの恥ずかしいし!
 
日本映画の「いかにもな泣かせ」がちょっと苦手な人にこそオススメしたいです。
失敗した思い出、居場所が分からなくて行きまどった人、漠然とした「好き」に自信が持てない人には本当にオススメしたい。
若さゆえに無謀にも挑める……というのもあるけれど、人間どんな理由があろうとも「好き」があれば、絶望的な局面でも、結果がわかっていても、ふんばる。結果じゃない、過程なんだ。
たぶんそれを見て自分は、泣いていたんだと思う。
 

                                                                                                                                          • -

 
アニメ・漫画好き視点から見ても、実は元気なムードメーカー役の喧嘩仲間の香奈役を演じているのが「サマーウォーズ」の夏希先輩役の桜庭ななみだったりするところをプッシュしたいです。
そして内にこもってしまった少女小春役を演じているのが「とめはねっ」のドラマに出ている小島藤子だというところも。
生真面目なヒロイン里子役の成海璃子と、謎多き少女美央役の山下リオが「武士道シックスティーン」に出演しているというのもプッシュ。
よくわかりすぎている布陣に拍手喝采。
 
あとこれ重要なところなんですが、
幼馴染の青年、金子ノブアキ演じる池澤先生、とイケメンぞろいなのに恋愛要素一切ありません!
恋愛模様を見たい人には残念かもしれませんが、ぼくはこれには恋愛はいらないと思う。あっても別の話だもの。
あわせて、下級生の男の子書道部員三人組がえらい地味な扱いになっているんですが、地味ながらもいかに裏方が大事かを最後まで演じきっていて、そこで泣いた。ほんと裏方なんだよ、最後の最後まで。つか最後なんて出てきすらしないよ! でもそれでいい。裏方は裏方であるがゆえに、大切な居場所があるんだ。
あと、書いている書道の文字は全部、演じている本人たちのものです。
あの筆、20kgとかあるんだぜ。すごいよ。
 

                                                                                                                                          • -

 
ちょっとどうでもいい自分語り。
 
わたくしすげー字が下手なんです。お手本どおりになんて描けません。何度やり直しと称されて、見本をなぞらされたかわかりません。
小・中学校の時は、書道の時間は拷問でしかありませんでした。しかも貼り出されるとか、なにこれ、いじめ?とか本気で思ってました。そのくらいイヤだったんですって。マジで。
先生からは中学校で、字が汚いからと小学1年生用の平仮名の練習ドリルみたいなのをもらいました。
先生なりの思いやりだったと今なら思いますが、もう屈辱的すぎて、自分は反抗して絶対に提出しませんでした。いいよ、国語はその分テストで満点とってやるよ、書道は捨てますからと。
しかし大学に入って、国語科の授業の時ものすごい褒められたんです。
すっげー下手な字なんですよ。
でも「これは君だね、それがきちんと現れているいい字だ」と。
嬉しかった!
自分字がでかいので、はみ出すくらいでした。形もめちゃくちゃ、間違っても賞なんてとらないような字です。
でもホメられた。これだけでトラウマ級だった「書道嫌い」が大逆転サヨナラホームランです。
誤解のないように書いておきますが、「基本を学ぶこと」はとても大事です。映画の中でも「永」の字にすべての要素が詰まっている、なんて話が出てきますが、とめ、はね、はらい、きちんと覚えることに損はないどころか絶対プラスになります。
しかし、「文字を書きたい!」と感じるかどうかは別次元です。
自分は今、別に書道に関わる仕事も何もしていませんが、あの時の一言が人生を変えたのも間違いないと思っています。
「これでいいんだ」と思えるようになった、居場所を見つけられた。
そして、他人には見えない悩める人へのたった一言のほめ言葉が、大きく作用することも知りました。
 
個人的に映画の中で、ヘッドフォンかけて相手との世界を断絶していた小春への感情移入度が半端じゃなかったです。
なぜ不登校だったのに、人間関係を自分から断絶しているのに、毎日書道部に来ているのか。それを考えるともう……さ。
小春が「ここにいてもいい」と感じたんです。
そして後半彼女はほとんどセリフはないけれども、メインの目立つ子たちの後ろで一緒に、笑ってるんですよ!
泣くだろ! バカッ! そんなの泣くよ!
けいおん!」で最初居場所が分からなかったムギが。最近笑顔になると泣きそうになる自分には、この映画は強烈すぎました。
そして、ラスト。ああ、言いたいけどこれは、見てもらおう。
ありがとう、いい映画見させていただきました。
 

映画「書道ガールズ!!わたしたちの甲子園」 オリジナル・サウンドトラック
岩代太郎 東京都立板橋高等学校有志
バップ (2010-04-28)
売り上げランキング: 5363
 
サントラには、劇中でパフォーマンスに使われる曲ははいっていません。注意!
そして、あの曲(主題歌ではない)最高にいいんだけど……はいっていません。そしてそれは強烈なネタバレになるので、ナイショ。
 
WEB拍手より。

不躾で恐縮ですが、「書道ガールズ!!」はご覧になられましたでしょうか。内容も素晴らしいのですが、ガール・ミーツ・ガール要素もあり、きっと気に入っていただけるかと。是非。 by 100SHIKI

とそういうわけで、ちょうどジャストタイミングで見ていました。
個人的に小春に入れ込んでしまいましたが、里子と美央のぶつかりあい、里子と香奈の喧嘩っぷり、小春を思いやる清美と盛りだくさんでしたね。
本当に、本当にいい映画だった。もう一度見に行きます。
正直、タイミングがずれていなかったら「文化部少女だいすき!」に絶対入れたかったです。
ああもう、映画を見た人とこの映画について語り合いたくて仕方ない。
 
関連・「書道パフォーマンス甲子園」公式ホームページ ::
 
 
 
超ネタバレ。映画見ていない人はクリックしたらだめ。絶対だめだよ。見た人だけ見てください。
この曲が、この曲こそが、この作品の一番の主題歌だったと、思う。
 

*1:普段うちのサイト見ていない人にはわけわからん例かもしれません、すいません!