たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

まんねりノベルゲームだってゲームだと思うんだ

美少女ゲームは「ゲーム」なのか

 PCのスペックは向上し続け、表現力が増しているにも関わらず、低スペックで動作可能な極めてプリミティブなゲームが受ける。「プレイヤーは、美少女ゲームのインタフェースに強い思い入れを持っているようだ」。キャラクターを動かしたり、グラフィックスをち密に描き込んだり、プレイヤーの自由度を高めたりすると、かえってプレイヤーからの反発を買うという。

おそらくさまざまなとこで話題になってると思うのですが、やっぱり自分も気になるのでネタにします。
 
そもそも「ゲーム性」ってなんだろうね?
自分の思いでしかないですが、読むだけで楽しませるものも、へたしたら見るだけで楽しいものも、ゲームたりうるんじゃないかなあ。
なにもペコペコ動き回るのだけが、ゲームではないですよね。
以前も書いた「自由度」や「制限」がこの辺結構かかわってくる気がします。自由なシステムなのもすばらしいものだし、ただ読むだけで面白いものアリだと思うし。
あと、ノベルゲーのライターさんの文章力のすばらしさも忘れちゃいけない。小説ではなくて「ゲーム」だから書く、という文章だと思います。しかも分量が普通の小説の比じゃないらしいですね、選択肢があるので。

加えて、自分の中の意見ですが、「現実逃避できる」というのがゲームの重要なファクターだと思っています。
途中で我に帰らされなくてはいけないもの(操作性が最悪・ロード時間が長すぎるなど)はゲームとしては失格。
観光旅行のように、日ごろの疲れをいやしてもらいたいんですよ、それがテトリスだろうが音ゲーだろうがギャルゲーだろうが。その旅行をうまくナビゲートしてくれるものは、立派にゲームだと思うのです。
 
ここまで書いてますがあんまりギャルゲーやってないので、実はえらそうなことはいう資格ありません。えへ。
しかし、今ではかなり自由度の高いギャルゲーも増えているみたいですね。
たとえば友人が教えてくれた「キミキス」のマッチング会話(相手キャラの好む会話を、高感度とあわせながらものすごく多数の選択肢をうまく組み合わせて選んでいくシステム)なんかは、「これは思考パズルだ!」と思いました。
逆に選択肢をほとんど選ばなくてもすすんだり、ルートがすべて表示されるユーザーにやさしいゲームもありますね。ぶっちゃけアダルトゲームってお仕事してる世代の人(18歳以上やもんな)がやるわけで、時間そうそうないじゃないですか。
だから、ストーリーを追うのが目的なら、そこまでの道のり(個々で言われているゲーム性)は自分でやるか、はたまたまかせきりにするか選べる今のシステムって、どちらにも対応していてよくできているんじゃないかな?なんておもいます。
外っつらだけみたら「昔とかわってないじゃん」といいますが、その「昔とかわってない」スタイルを洗練しているのはひとつの方向性だと思うのでした。
つまりギャルゲーは水戸黄門なんだ。いやどうかな。
 
色々書きましたが、一本筋ものゲームはやはりキャラが命というのは、かわらないでしょうし、これからもそうであってほしいと願うのは、帰って落ち着く場所を求めるサガなのかもしれません。
その中で、色々プレイスタイルみつけてのびのびすごせばいい。やっぱり、ゲームをゲームたらしめるのは、プレイヤー次第。

その結果プレイヤーは、2次創作やコミュニティーもひっくるめたゲームの“外”の世界に手軽に触れることができるようになり、そこに新たなゲーム性を見い出しているのではなかと東さんはこう分析する。

ここにものすごく感心しました。ギャルゲーやノベルゲー、RPGシミュレーションその他もろもろ含めて、妄想したり想像したり2次創作するのも、ゲームのうちだと思います。
こと、ノベルゲーは自分たちでキャラいじくるの面白いですしね。
また、「月姫」はしらないけど「メルティブラッド」のキャラ大好き!とか、「ひぐらしのなく頃に」怖くてやってないけど「ひぐらしデイブレイク」おもしれえ!とかもありだと思いました。いやはやふとどきものですねまったく失礼な。
自分のことなんですけどね。
 
関連
PCゲームと恋愛シミュレーションと、そのコンシューマー化について考えてみた (1/2)
ゲーム業界関係者が考える美少女ゲームの現状と今後の展望
恋愛シムを通して,ゲーム性やクリエイター/パブリッシャ関係を再考する