たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

上から見下ろす。

友達とメッセで、今話題のゆりしーの話してました。
あ、気づいたらすっかり「ゆりしー」って覚えちゃったヨ。
旅立ち(ゆり花日和)
落合裕里香wiki
声優についてあまり興味のない方もいると思うので、簡単にまとめてみます。
貧乏伝説・不幸伝説が神話級にふくれあがるほどのエピソードの持ち主で、つい先日やったオフ会も「高い!」「渋谷は怖い!」との意見に追いやられ、伝説の1000円オフをやったという、涙なくして語れないような苦労の塊みたいな人。
声優とか別にして、あんまりだなーと思うエピソード満載。とりあえず説明抜きで一発でそれがわかるのはこの画像。それって、ほんとに止められるものなんだ・・・。もう生きていけるのかどうか不安でしかたない^^;
また1000円オフやるみたいですネ。
本人の書くところによると、やはりここしばらくでかなり心身ボロボロになっていたようで、今回のが転機になればなーと応援したい次第です。
 
はて、そこらへんはあらゆるところで書かれていると思うので、別の切り口で。
友人と話していて、ふと大槻ケンヂのエッセイを思い出したんですよ。
大槻ケンヂは「リンダリンダラバーソール」など、青春時代の思い出やバンド時代の苦労を赤裸々に、しかも軽快にエッセイを書く人です。もうどれもこれも、軽快なんだけど痛々しくて、読んでいて「あっはっは、でも切ない」となる巧みな文章力。
んで、それに対してファンレターもたくさんきているようですが、その中にいくつか珍妙なものも。
「大変なんですね、いいバイト紹介しますよ。」
「今度会いましょう、コーヒーくらいおごりますよ。」

あー、みんなありがとー。・・・なわけあるか!
もう作家としてもミュージシャンとしても十二分なくらい儲けているわけで、いくら冗談でも失礼極まりないですネこれ。「おごる」の意味がもうなにがなんだか。もっとも彼のことなので、「対抗してやる!」とポルシェ買ったそうですが。あー、そういうとこ大好き。
んじゃなんでそんな手紙が来ちゃうかと言うと、「苦労話」を読むことで、自分と同等あるいはそれ以下と錯覚してしまったからじゃないかと思うわけです。
 
んで、ゆりしーの一連の出来事や1000円オフの顛末が事実であるならば、なんかそれと似たようなものを感じたりするんですよネ。
wikiも虚虚実実入り混じっている感があるのでどれが真実かわからないですが、これを鵜呑みにしてしまうと「ゆりしーカワイソス」ってなるじゃないですか。自分はもうかわいそうでかわいそうでならないッスよ。
でもそうやって「かわいそうにー」となってる時点で、「ゆりしーは自分よりも貧しい」「自分よりも苦労している」と上から見下ろしちゃってるんじゃないかな?って。
 
「上から見下ろす」と割と楽に政治や経済や娯楽やアイドルやアニメや云々かんぬん、見ることができるわけです。
自分のことを見返してみても、確かにあらゆる方面でドベの素人のくせに口をはさむクセはあるなあと思います。でもそれが悪いかっていうとそうではないと思います。じゃないとその道のプロ以外なにも見ることできなくなっちゃいますしね。
しかし、「対象を低め、自分の視線を上げ」ても、実質なにも視線はあがってないんですよネ。
先ほどのオーケンの話もそうですが、いきなり同レベル以下だと思い込んでしまうとおかしなギャップが生じてしまいます。ゆりしーのオフ会の一件も、その辺絡んでるんじゃないかなあ?なんて話してたわけです。
自分が「苦しい人を見てあげてる」「その人に恵んであげてる」という優越感でしょうか。
 
もちろん「見てあげてる」というのは事実かもしれないですが、そういう見下ろす視線で芸能人や事件を見ているだけでは、自分のためにもあんまならないと思いました。自分のレベル上げてるわけじゃないですしね。相対的にあげてるように見えてるだけ。
たまに軽口で言うのはいいですが、それを言い続けると奥さんたちの井戸端会議状態になって、しまいにはゆりしー事件での「高い!」「渋谷怖い!」発言になっていくんかなあ?なんて思いにまで発展しました。いや、推測ですよあくまでも。
 
こっから話は飛翔します。
アフリカの難民のために、支援物資の寄付をすることがあるじゃないですか。
ああいうのをやると、時々ものすごいどうしようもないものが大量に送られてくるそうです。あくまで伝聞なので、見に行ったわけではないです念のため。
たとえば、ボロ雑巾とか、クタクタに使い古した服とか。日本人だったらこれは使わないだろう?!っていうものがごっそりくるそうな。へたするとゴミ寸前とか。
また、ものすごい善意だとは思うんですが、インスタントラーメンの山。一見よさそうに見えるアイテムですが、水がないわけですヨ、向こうは。
日本人の善意なんです。ものすごく親切なことなんです。でも、気が付いたら向こうの人に「恵んであげてる」立場だと思い込んじゃってる実態があったりするんだなーと思いました。
 
さらに話は飛躍して、工業の話へ。
日本は工業先進国ー、なんて言う神話が少なからず自分らにはまだ残っているなー、と。気が付いたら韓国台湾中国の生産ラインに、様々な面で、負けてはいないけどいつしか追い越されそうになってるんじゃないか?
「中国製品だからなあ」なんて笑ってられないかもしれないと本気で思い始めました。
 
いやはや話とんだとんだ。
「見下ろす」視線が今の自分にないか?というと、多分あるんだろうなーと思ってちょっとヒヤヒヤしてきました。きっとあると思います。たとえば半島の北の人たちへの感覚とか。最近のいじめ問題の加害者批判とか。本当にただ指差して見てていいのカナ?
日本という国が裕福だからこそ、自分の尻叩いてそのレベルに追いつくか、あるいは一歩ゆずって客観的に見るか、という視点が必要だなーと思いました。
 
ところで、仮にアフリカに救援物資送る寄付を要請されたら、どんなもの送るのが一番いいのかなあ。やっぱ現金が一番なんでしょうかネ?