たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

「幸せ」と言う名の虚構。「花やしきの住人たち」

最近、桂明日香先生の「ハニカム」が各地で話題です。割と本屋さんでもプッシュしているところもあります。短い話の詰め合わせなため、誰にでもおすすめできるお手軽+めっちゃキュンキュンラブコメです。

マンガを読みなれている人でも、普段マンガ全く読まない人でもすすめられる優秀な作品だと思います。
 
はて、これと並列して刊行された作品が花やしきの住人たち」です。
一巻ではハニカムと同じような、明るくニッコニコなハーレム的な肉マンガが展開されていました。

ね。
肉ヒロイン。
 
男を磨けと言われて女子寮にほうりこまれ、出会った女の子は肉大好きの明るいヒロイン蓮華と影のある美人あやめ。まわりは女だらけで、蓮華とのはじめの出会いは風呂場で全裸。なんだそのすごいラブコメハーレム。ギャルゲ?ギャルゲなの?どんとこいギャルゲ。
あやめの方も前半はとっつきにくいのですが、1巻後半ではデレ期のような雰囲気を出していきます。

これで恋に堕ちない男はいない。ビバ!
あやめと蓮華もなんとなーく百合な雰囲気があるし、こりゃ二巻はうっはうはだね、フラグ立ちまくりだね、なんて、お昼休みはウキウキウォッチングだったわけです。こんなん浮かれないわけいかないじゃないですか。次の選択肢を選んだら、プールで水着か浴衣で祭りかってな勢いすら期待するエロゲ脳ですよ。
んで一巻のラストで「次の巻では話がいろいろ動く予定です」と書いているから希望も膨らみます。わっしょい。
そして開いた二巻の最初のページ。
 

明るく楽しい青春…いや、おかしい。…血?
これは、一巻で満腹なくらいに満たされた「幸せ」というはりぼてが、崩壊していく序曲でした。
 

●あの子の瞳●

確かに一巻をよくみると、なんとも影がありキナくささも漂わせていた、黒髪ショートのヒロインあやめ。
とはいえそれもギャグで昇華されていましたし、主人公との仲もじくじくと近くなっていたため、そりゃあもうハッピーエンド一直線だと思って疑いませんでした。
しかし、その「キナくささ」は予想よりもはるかに深い溝を生んでいきます。

二巻の序盤、物語の巨大なターニングポイントになるコマです。
何を会話しているのかは実際に見ていただくとして、この瞳に注目です。
これをみて「何を考えているか分からない」と思ったら、それは正解。彼女自身もまた「何を考えているか分からない」。そんな物語が、ここから始まっていきます。
 

●蓮華とあやめ●

蓮華は肉好きのアホな子です。それは変わりません。
あやめは影のある美人です。しかしそもそもミステリアスな雰囲気がある時点で「何かある」と考えるのが妥当でしょう。もちろんラブコメでは「影がある」ということ自体がキャラ付け設定として存在することもあります。しかし、きちんと掘り起こしたときには必ず原因が存在します。

二人のヒロイン、蓮華とあやめの過去の話が、とある人物によって語られるのが2巻の大きな流れになっています。
このへんは種明かしをするともったいないので、何も書きません。
ただ、二人の絆はただならぬものだということだけは書いておきます。
紆余曲折を経た上で。
 
しかし、紆余曲折はプラスの効果だけを生むとは限りません。世の中そんなハッピーっぽいものがあるなら、同じバランスで壊れるものがある可能性も秘めています。
この作品の場合、その壊れていくものはあやめの心そのものでした。
 

●感覚が分からない●

あやめはとても冷静沈着で、しっかりした言動を持ち、一人でいることが好きな子です。一見それは「クール」なんていう曖昧な言葉で表現しちゃいたくなります。
しかしね。「クール」ってわりといい加減なわけですよ。何を持ってそう見えているのか、実際相手はめっちゃ怒っていたりするかもしれないじゃないですか、分からないだけで。
彼女はどうかというと、やはり「クール」という言葉の枠を外れていました。
最初にも書いたように、彼女は今「何を考えているか分からない」状態がずっと続いているのです。

自分の今見ているものがなんだかよく分からない。
自分が感じているものが本当かどうか分からない。
自分がやっていることはなんだかよく分からない。
 
精神的な苦痛にあうと、心はおかしな紐付けをすることがあります。それは言葉と結果がちぐはぐになってしまうことだったり、行動と気持ちが逆になることだったりです。
それすらも超えていくと、心と体の間にカベを作ります。
いやだ、気持ち悪い、怖い。
だから、それを「とりあえず切り離そう」とする心理が、あらゆるものを壊していきます。

切り離せば助かる。
それ以外の感覚とか常識とかはもう分からない、分からない、分からないよ。
 
克明に、丁寧に、心が無感覚になっていく状態が記述されていきます。
それを取り巻くもう一人の重要なキャラクターもまた、大きな心の呪いにとらわれているのが描き出されます。
抜け出そうとするほどにがんじがらめになる、心。それを埋めようとするには別の「呪い」が必要なのですが、それがさらに複雑な事態を生んでいきます。
幸せになれると思っていたのに。目の前に広がるのは闇でも光でもない。
 

●はりぼてのしあわせ●

一巻がとにかく明るく元気なだけに、反動で破壊されたような二巻の落ち込みっぷりのギャップがものすごいです。
途中でメーターが吹っ切れたような展開になっていることについては、作者自身も後書きで書いています。しかしこれが予想以上に面白い効果を生んでいます。
 
一巻は、「幸せな空間」であることに多少ムチャすらあるんですよ。
ブコメってその異常さをいかに許容できるかがミソになっています。肉が好きなアホの子ですか?OKどんとこい。女子高にほおりこまれる?よっしゃ引き受けた。こうしてラブコメの世界は成立します。
しかし「それは実はウソだよ」と言われたときに、一気に世界は崩れ去ります。
飛び降りたら地面に埋まっていたトムとジェリーも、「ウソだよ」と言われた瞬間、落ちたら死ぬんです。
その差異によって、幸せであるほどにニセモノ感を強めていきます。
一巻の幸せな世界は、結局微妙なバランスでできた「幸せっぽいなにか」にすぎないのかもしれません。

視野を狭めていれば、幸せな部分しか見えないでしょう?
余計なものをどんどん切り捨てていけばいい。そう「幸せっぽいなにか」だけ残して、汚い部分や臭い部分は全部フタをしてしまえば、ほら、こんなにも幸せ。うれしいね。
 
本当に?

あやめの見ている世界は「虚構」なのか「本物」なのか。彼女には分かりません。主人公にも分かりません。読者にも分かりません。
どうしたら幸せになれるんですか。またフタをかぶせようか?とりあえず切り離せば、「幸せっぽいなにか」で十分幸せになった気分でいられるじゃないか。
 
ある意味、マトリックス的な世界かもしれません。
ほんと、一巻の時にはこんなことになるとは思いもしなかった、って言葉がピッタリだわよ。壊れた心を何が救うのか、全く分からないまま話は三巻に続くので、次の巻が出るまで、そうとう歯がゆい思いをしそうです。救われるのかどうかすらわからない。

あやめと蓮華の仲もなんとも言えないまま続いてしまうこの作品。二巻の二人のシーンの苦さは、百合好きの人には相当重いものがありますが、あえて必見と言っておいてみます。
自分は明るい桂先生しか知らなかったのですが、二巻のはじけっぷりはどうやら本領発揮のようですね。どんどん自分たちを傷つけていくことしかできなくなるようなキャラクターの行動に、ただならぬ熱意を感じます。
救われるのも見たいですが、このままバッドエンドも見たくなるから、困ったものです。